第20話 昔話は年寄りのするものですよ?若者は前を向いて突き進んでくださいね?
「よくもまあ、あんなスキル在ったの覚えてたなぁ?」
ジョフルに製菓企業提携アイテム詰め合わせを持たせて帰らせた後、カレアシンは国許に戻った際の国家の重鎮らの反応を思い、口元をゆがめていた。
「スキルに関してはコンプリートしましたし、ネタスキルの有効活用は得意です。えへんぷい」
苦笑いのカレアシンに、シアは凄いでしょうと胸を張る。
ジョフル将軍に向かい起動させたスキル、【遥けき彼方よりの言伝】は、ゲーム内では正直何の役にも立たなかったネタスキルというのものの一つであったからだ。
発動させると予め3Dスカルプターと言うゲーム内アプリで造形しておいたアイテムが形成され、自キャラ周辺の任意の相手の眼前に浮かび上がるのである。
アイテム自体は一度使うと消滅するのだが、受け取った相手が一旦使用すると、中に入っているメッセージが垂れ流されはじめ、キャンセルが出来ないと言う仕様になっていた。
もっとも、長くて5分程度の動画データぐらいしか入らないのだが、不評であった。
アイテムデータを作成するのに手間は掛かるし、貰った方も一旦発動するとキャンセルが出来ない上に貰った内容は残せない。
下手にデータが残ると色々と拙いからとか、サーバが重くなるだろとか色々と言われていたその上で、一回ごとに少額ながらも課金が必要と、なんとも微妙なスキルであったのだ。
であるのだが、シアは全てのスキルをコンプリートすることも目標としていたし、習得自体には課金は不要であったので、ネタであろうがなんであろうが覚えていったのである。
一時はゲーム内でも結構ウケが良く、頻繁に使用されていたが、やはり一過性のものでしかなく、廃れて久しいスキルであったのだ。
「しかも、形状から察するに…アレか」
「そーよー?スキル名もそれ風に変えたしー」
アレである。
ジョフルが国許へ戻り、戦勝報告やら帰還報告などとともに、シアから託されたアイテムを国家の重鎮らの前で発動させるであろうその時が、二人の脳内で妄想される。
カプセル状のアイテムが、ジョフルの手により捻られ起動すると、淡い光を発して映像と音楽が流れ始める。
BGMは言わずもがなの、あ~〜あ~~~~あ~あ~あ~あ~〜〜あ~~~~~的な、無限○広がる○宇宙。
空間に浮かび上がる映像は、ソファーに深く腰を下ろして真っ直ぐに前を見据えるシアの麗しいお姿。
そしてシアのお言葉が始まるのだ。
「この世界だと課金やらデータ容量とかの縛りは無いみたいだったから、凝ってみた。反省はするが後悔はしていない。謝罪と賠償は受け付けるがする気は毛頭ない!」
「ははっ!私は冒険者ギルドの星の金剛石シア、ってか。まったく、視線が飛ばせりゃ見ておきたいぜ、その場面。絶対アホ面晒してるぜ、ジョフルの奴」
「あ、欲しいアイテムがあるなら取りに来いとか言っておいた方が良かったかな?」
「浄水器ぐらいしかねーぞ?それっぽいの」
「ウォータークリーナーDってことで?」
そういって笑いあう。
周囲の者達らも、それを見て笑みを浮かべ、楽しそうに語りあった。
「しかしシアも大胆な事をします」
「そうね、そんなに自己顕示欲旺盛だったかしら?」
ヘスペリスと呉羽が、微妙に眉根を寄せながら首を傾げる。
「へ、何で?」
「ねーちんねーちん。今回の戦はさ、ここいらの国全部の連合軍なの、わかる?」
「うんうん、それで?」
シアの服のすそをくいくいと引っ張って、そう告げる熊子に、シアは続きを促す。
「元ネタ的に今のねーちんだとバッチシはまってるからやりたかった気持ちもわからんでもないけどさ。あのおっちゃん、報告は連合軍の司令本部的なところでやると思うんだけど」
「いいえ、それどころかきっと戦勝報告ですもの。参加各国の代表全てを集めて格式に拘ったそれなりの場所を設けてするでしょうねぇ」
「よかったですね、シア。面倒な各国への挨拶が簡略化できそうです」
「Oh…」
くすくすと笑いながら、熊子の言葉を補足するように呉羽とヘスペリスの二人はシアにそう告げた。
改めて、自身の行動の結果がどう波及するのかを考えて、青ざめるシアであった。
「ところで、元ネタの名前自体は知ってるんだけど、どんなのだったかしら?」
「パチンコで打った事はありますが、本編は見たことがないですね。シアや隊長はご存知なようですが」
「…これがジェネレーションギャップって奴か…」
後に、呉羽とヘスペリスが、某宇宙戦艦についてろくに知識がなかったことに、カレアシンは脱力したとか。
☆
空に浮かぶ、巨大な岩。
冒険者ギルドの者たちが集う、ギルドハウスと呼ばれていた場所から帰還した剣戟将軍———ジョセフ・ジョフル———は、撤収作業の続く部隊の様子を眺めながら、託されたアイテムを手に思案に耽っていた。
「一度使うと消えてしまう伝言用のスキルで生み出されたアイテム、ねぇ」
スキル―――古の、天に届く力を誇った自分達の先祖が編み出した、人の力。
神や精霊、世に満ちた魔力に頼らず、我が身一つで行う奇跡。
「桁が違うとは判っちゃいたが、多少は追いつけたと思ったんだがなぁ」
手元から視線を上げ、頭上を覆う岩塊を見上げる。
と、先ほどまで微動だにしていなかったソレが、徐々にではあるが移動を始めているのに気がついた。
巨大さゆえに今ひとつ判り辛いが、恐らくは飛行型魔獣と同等か、それ以上の速度が出ているだろう。
何しろ最大長が5レウガ程もあるのだから、端から端まで移動するだけでも、歩けば一刻は掛かろう。
それが今、目に見えて移動しているとわかるのであるから、その速度は推して知るべしだ。
ジョフルは、頭上の岩塊と、その上に建つ屋敷に入った冒険者らを思う。
たった数刻前に現れた空の城に、彼らは遥かな昔からそこに居たかのように馴染んでいた。
まるで、彼らごとこの場に現れたのではないかと思うほどに。
彼が昔から知る冒険者たちは、気のいい連中であった。
それは今も変わらないと思っているし、変わって欲しく無いとも思っている。
武人としてはおそらく彼の知る中で最強と言っていいだろう、貴族嫌いの竜人カレアシン。
気難しく男嫌いではあるが、身寄りの無い孤児らの行く末を気にしてか、文字を学ばせ職を与えるなどという世間一般からみれば有り得ない行為を粛々と行った、魔人女性の呉羽。
頑固一徹、武具を打たせれば右に出る者はいないドワーフのアマクニに、近接戦闘から弓、神聖魔法まで使いこなし、聞けば精霊魔法に詠唱魔法も嗜んでいるという、ダークエルフ女性のヘスペリス。
見かけは小さな娘にしか思えないが、侵入作戦等には自称A級ライセンスというだけあって比類無い腕前を見せる熊子…ああ、魔法も少しなら使えるらしい。
他にも出鱈目な能力を持つ奴らばかりの、改めて考えてみるに、とんでもない連中の集まりである。
だが、彼等が非道を働いた事は一切耳にした記憶が無く、逆に慈善事業でもしているのかと思えるほどの行為を目にした事の方が多い。
そも自身が出会ったのもそんな時であった。
★
「まったく、下手打ったもんだ」
深い森の中、彼は半ばから折れた剣を手にしたまま、巨大な木の洞に潜んでいた。
「さて、これからどうするかねぇ」
手にしているのは、伝家の宝刀…とまではいかないが、家を出る時に兄から貰ったそれなりに高級な剣だったものである。
一角の貴族である実家の跡継ぎである兄とは其れなりに仲が良かったが、体力、知力、人柄と、全般的に非の打ち所がない自分と比べて、彼は能力的に凡庸であった
しかしながら長子相続が基本である母国の貴族社会において、自身の存在はその兄の身を脅かすものと考え、また自分自身そういった貴族社会が肌に合わないと感じていたために、家を出たのである。
その際に兄から送られた剣であったのだが…。
「こういう場面でガタが来るとはなぁ。日頃の行いは悪くないと思うんだが」
傭兵ギルドからの討伐依頼を受けての魔獣退治の最中、あと僅かと言うところで、剣に寿命が来たのである。
手入れも欠かさなかったし、これといった前兆も無かったために、今日の相手が悪かったのかと思い至る。
「流石にグランド・トルテュ相手に剣一本でってのは無謀だったか」
グランド・トルテュと言うのは、深い森に覆われる山々に住み着く大型の陸棲亀型魔獣の事である。
肉食ではないので、積極的に人を襲うと言う事は無いのだが、いかんせんその食料が問題になるのだ。
平均的なグランド・トルテュは、一日に自分と同等の重さの餌を取る。
その餌と言うのが、土を食らうのである。
大きさは様々で、小さくとも大人が一抱えするほどのサイズで、最大の物はこれまで記録や伝承に残されている中では1レウガを超える巨体を誇っていたと言う。
それらが自分と同じ重さの分、大地を食らっていくのだ。その被害が甚大なものとなるのは目に見えている。
流石に伝承に残るサイズの物は眉唾物であると思っているが、1チェインを超える物はしばしば見つかっており、その度に討伐の対象となっていた。
そこまで大きくなる前に殲滅すればいいと思うだろうが、逆にそこまでの大きさにならなければ発見できないというのが悩みの種とも言える。
彼の隠れる木の洞は、樹高2チェイン《40m》ほどの広葉樹の根元、大きな根の分かれ目に穿たれているモノで、巨大な亀からは確実に死角となっているため、見つかる事は無いだろう。
しかし、相手の巨体を考えれば、攻撃を受けて怒り狂っている奴が普通に暴れまわればそのうち隠れ場所ごと粉砕されてもおかしくは無かった。
彼が相手にしていたグランド・トルテュは、およそ半チェインほどの比較的小型と言われる大きさのものであった。
普通ならば、小隊規模を率いて落とし穴などの罠にはめ、火攻め水攻めで倒すのが常套手段の比較的相手取りやすいものだ。
しかし彼は、いわゆる一匹狼的な生き方を通していたので、仲間と呼べる者は居なかった。
それは、自身の能力故の自信と過信、その両方と足手まといとまでは言わないが、他人の命を背負う踏ん切りがつかなかったためである。
どこかの傭兵団に入れば、すぐさま頭角を現すだろう事は傭兵ギルドからも言われており、知己であるベテラン傭兵からも所属している傭兵団へと誘われたりもした。
しかし、どこかの傭兵団に入れば、母国と敵対する勢力と組する可能性もあり、そういった誘いは出来るだけ避けていたため、いつしか群れるのを好まない孤高の傭兵と言われはじめていた。
であるが実のところ、冒険者ギルドの前身である異世界転移組ご一行傭兵団様のメンバーには、手も足も出なかったりしたのだが。
ソレほどまでに、転生者として生を受けた者と、この世界で生きてきた者との基本スペックに差があったのである。
そして、その片鱗を彼が知るのは、グランド・トルテュが自分の潜む大木のすぐ側まで、周囲の木をなぎ倒しながら突進してきてもはやこれまでと覚悟を決め、せめて折れた剣を奴の額に突き立ててやらんと飛び出そうとして腰を上げた、そのときであった。
「おいおい、物騒な奴が来やがったぞ?」
「亀かぁ。焼いたら食えるかにゃ~?」
いつの間にそこに居たのか、何人もの男女入り混じった集団が自分の潜む木の反対側に立ち、大亀の接近を見ながら口々にしゃべくりあっていた。
今の今まで、そんな大人数の接近にすら気がつかなかった彼は、驚愕し、立ち上がった勢いのまま再び木の影に身を潜めた。
「ガラパゴスゾウガメは美味だったと記憶してます。そのせいで、ガラパゴスに立ち寄った航海者の恰好の糧食と化して絶滅寸前にまで追いやられましたが 」
「美味いのか」
「美味しいのね?」
ダークエルフの女性が、聞いた事も無い亀を例に挙げて、グランド・トルテュの肉の味に対して推測していた。
ソレを受けて、巨躯を誇る竜人と、側頭部の捩れた双角がよく目立つ魔人の女性が、目を光らせていた。
「だったら狩るにゃ~!」
「硬そうだから任せた。ウチの攻撃力じゃ装甲抜けないし。にゅう」
「偉く傷だらけじゃが、横取りにはならんかのう?」
「気にすんな。横叩き、絶対駄目!何てのは日本サバ位だ。ココなら感謝されるんじゃね?あの状態見るに討伐途中で逃がしたか何かだろうし」
猫の獣人女性が意気軒昂に雄たけびをあげる中、軽装のホビット少女が後方に回ると宣言して下がってゆき、自身の身長より長大なハルバードを肩に担いだドワーフの男と、有翼人の男性とが首をコキコキと慣らしながら片や前に、片や翼を広げて木立の中を縫うように飛び上がった。
「それじゃあ、どうしましょうか?」
「あれ一匹だけみたいだし、物理的消費の無い技で削り倒すか」
魔人女性の問いかけに、竜人は事も無げに言いのける。
「んー、そうね。私が足止めするから、あんた達適当にスキルぶちかましなさいな。そうね、カレアシンは…武器今無いのよね?じゃあ、拳で」
「はいよー」
魔人女性が両手をプラプラと振り、周囲に声をかけると、ソレに応じて皆の雰囲気が変わる。
「じゃあ、動けなくするから。スキル、いくわよ【スーパーエレクトロマグネティズムトルネード】!!」
魔人の象徴とも言える、頭部の角から放電が始まる。
ソレを両手で絡めとるようにして腕に纏い、そのまま突進を続ける大亀へとぶち当てた。
亀が全身を痙攣させるようにしてその場で固まったのを見て、周囲に散っていた者達が個々に動き出した。
「【ダブルブリザード】」
そこで彼は、この後もはや数え切れなくなる驚愕の最初の一回目を実感した。
ダークエルフ女性が、両の手が消えたように見えるほどの速度で動かすや、二つの小さな竜巻が生まれ、大亀へと突き進み、あの巨体を空高く打ち上げたのだ。
「た~まや~っと。この辺かね?」
「止めを頼みます」
無手のままの竜人が、空を見上げて屈伸を始め、ダークエルフ女性へと確認を行った。
何がだ?と思う間もなく、竜人は叫びを上げて飛び上がった。
「【デッドリーヴァイオレントウインドブロウ】!」
叫ぶと同時に跳びあがった竜人は、その拳を落下してくる大亀の甲羅に突き立て、絶命させたのだった。
☆
「甲羅を割ったから値が落ちた、か。くっくっく」
過去を思い浮かべ、ジョフルは思わず苦笑した。
生き延びただけで重畳、ああもたやすく倒すなど、まずありえない事であるのに、それを意識させないほどの実力者ぞろい。
あの時も、他の冒険者からは、倒して当然という雰囲気しかなかったが。
亀が倒された後、姿を現した自分に大して驚かず、獲物の横取りを逆に謝られたりした事も思い出す。
彼らが居なければ自分はそこで死んでいただろうといっても、それでもお前の獲物だと言って、討伐自体は自分が行ったと言う事にするよう頼まれた上で、口止めもされた。
スキルが使えることを、できれば秘密にしておいてくれと。
彼らほどではないが、自分も使えるとやって見せた上で、秘密にしておくのは吝かではないと告げ、その代わりと言ってはなんだが、手ほどきをお願いしたいと言うと、大いに驚かれた。
それ以来、時に無理やり、時には成り行きで同行しては、腕を磨き、一端の腕前になったころ…。
兄の死が伝えられ、彼らと別れる事となる。
まさかその後もとんだ腐れ縁が続くとは思いもしなかったが、それもまた世の縁と言う奴かと、将軍は視線を去ってゆくギルドハウスに敬礼をし、撤収の最後の号令をかけたのだった。
次から冒険者ギルド大立回り編に入る…はず…




