第17話 いい歳したおっさんほどたちの悪いのはいませんよね?そう思うのは私だけじゃありませんよね?
「で、カレアシン。いったいどう言った話なんだ?事と次第によっちゃあ、如何にお前さんでも容赦できねえぞ?」
地面に転がった、この部隊の指揮官である辺境伯公子とその側近らを見て、わざわざやって来た将軍が、顔見知りである所のカレアシンに声をかけた。
「そう尖がるなよ、将軍閣下。まあこれを見てくれ、こいつをどう思う」
「なんだ?やけに小さいな」
「…チッ。使えねえ」
胸元から出したデジカメを将軍に見せるが、カレアシンの望むリアクションは当然の事ながら得られず、彼は舌打ちした。
「お前は何を言ってるんだ」
そんなカレアシンに、将軍はそう言って訝しげに睨むが竜人は意にも介さず言い返した。
「あー、どうもすいませんでした。このおでぶちゃんが俺らと何ぞ交渉したいって言うから来てみたら、いきなり支配魔法かけてきたんで反撃したらこうなりました!以上!」
どん!と胸を張り、あった事をそのまま語るカレアシン。
確かに受け答えとしては間違ってはいないが、組織の代表としての対応と考えるとかなり間違っている。
それは彼自身も理解しているし、それが良い事とは思っていないのも事実である。
なのだが、それにも理由があり、実際のところ、彼的には自分ではなくシアか呉羽が来ていたとしたら、と思うと非常に心が痛むのだ。
精神支配を受けてしまった見目麗しい女性の先行きを考えてしまう…という事ではない。
彼女らの魔法耐性は尋常ではなく高い。
TRPG風に例えるならば、平均的な魔法資質を持つ人物が精神支配の魔法を掛けようとした場合、|10D6《目が6つのサイコロ10回振り》でクリティカルを出さなければ駄目なレベルである。
そんなことは毛ほども考える必要が無いのだ。
カレアシンの胸に到来したのは、問答無用で支配魔法などという行為に対し、自分のところのお姫様方がどう反応するか、である。
二人とも、優しいのだ。
シアはともかく、呉羽を優しいと言うのは意外に思われるかもしれないが、カレアシンはそう思っている。
でなければ、手間のかかる貧民窟出身の小僧や小娘のギルド員への徴用など、行わなかったであろう。
そして、そういう彼女らだからこそ、人の精神を支配するなどという魔法、そしてそれをなんら痛痒を感じずに用いる人物になど。
手加減など、するはずが無い。
そんな事は、本人がどう思っていたとしてもやらせたくは無かった。
下手をするとこの陣地は、跡形どころか地面すら抉り取られてクレーターになっていたかもしれないのだ。
それに巻き込まれる者もいないとは言い切れない。
ギルドハウスに収められていた魔導アイテムを手にし、リミッター解除の上怒りの呉羽など、カレアシンですら恐ろしくて傍に居たくないほどだ。
きっと、熊子辺りに言わせれば「呉羽が本気で怒ってる時は、近くに居たくない。少なくとも200マイル以内には」というだろう。
それが起こっていたとしたら。
彼女らにいらぬモノを背負わせる事になる。
それは彼としては望まぬ事だ。
故にカレアシンは、己が心の中身をぶちまけたような態度をとっているわけである。
「貴様、閣下に向かってなんと言う口の利き方を!」
無論、その態度は傍目から見ても相当にふて腐れている様にしか見えず、将軍に付き従っているものたちの逆鱗に触れた。
「かまわん、いつものことだ」
剣の柄に手を掛ける従者達を片手で押さえ、将軍は顎に手をやり訝しげにカレアシンの言動の裏にある何かを把握しようとしていた。
彼にとって目の前にいる竜人自体は、個人的な知己でもあり、表向きは彼らの商売上の顧客であるが、実のところ古い戦友でもあった。
その昔、とある貴族の家に生まれた彼は、長子ではなかったため家を出て、傭兵として生計を立てていた。
騎士として出仕する道もあったが、性に合わぬと成人してすぐに傭兵となったのだ。
幸いにして腕には覚えがあり、雇われる際に縁故を頼れたために、程なく仕事も評価されそれなりの稼ぎを得るに至った。
その際に、未だギルドを興せておらず、傭兵団的な活動をしていたカレアシンら冒険者たちと知り合ったのである。
その後、一人で、あるいはカレアシンらといくつかの大仕事をこなし、一流の傭兵として名を挙げた頃、実家を継いでいた兄の訃報が知らされた。
跡継ぎを得ぬままに息を引き取った兄の後を継ぐために出戻った彼に、周りの貴族たちは苦役を強いた。
守護の砦への配属を命ぜられたのだ。
彼の家は、小さいながらも軍閥貴族として古い家系であった。
それ故に、軍内部で重要な席を賜るはずであったが、彼本人に軍歴が無いのが災いした。
せめて騎士として一度でも宮廷に入っていれば良かったのだが、それも後の祭り、先ずは実績をつけてくるべきだと、実戦の機会が多い…要するに死に易い職をあてがわれてしまったのだ。
幸いにしてその程度では彼の心は折れず、実力も備わっていたために守護の砦での職務も文句が出ないほどに勤め上げる事になるのだが。
流石に砦の守護騎士の面々にまで、非協力な態度を取られてしまったのには困り果て、手が足りないときにはカレアシンらに支援を求めたりもしたのだ。
故に彼はカレアシン自身は信用しているし、頼りになる男だとも思っている。
ではあるものの、その所属するコミュニティは不可解極まりない存在だとも感じていた。
これまでに類を見ない魔法薬を持ち込んできたり、恐ろしいほどの剣技や技術を持ちながら、それをひた隠しにするなど。
今現在は、それらも各国に対して友好的であるが、これからもそうであるとは限らない。
冒険者ギルドは、主な国の王都に支部と言う名の出先機関を作り、表向きは商店や酒場、宿などを兼業しており、まさしく便利屋としての顔しか見せていない。
だが、彼らがその力をそうでない方向に向けたら?
小さくない混乱が、あちこちで起こってしまえば、その対応は?
もしもそれが今水面下で動いていたとすれば、自分達の手に負えるような事態で収まるのか?
もちろんそんな事が起こって欲しくもないし、そんな事を起こすような連中にも見えないが、そう危惧するものも少なからずいる。
そして、そう思う者は、すべからく現場で動く、冒険者達の実力を知るものである。
だがそれがゆえに、上層部の政治的な舵取りをする者とは意見が食い違い、冒険者に対する対応は混迷を極める事となるのだが、それは別の話である。
「カレアシン。お前さんたちの腕は知ってるし、お前さんらが無能で自意識過剰で権力を振り回すだけの間抜けな貴族連中の事を小馬鹿にする気持ちもわからんでもない。むしろ俺も同感だが、ココはまだ戦場で、そいつは一応ココの責任者だ。何にもありませんでした、って事には出来ん。すまんが、ただで済ますわけにはいかんのだ」
「『ただで済ますわけにはいかんのだ(キリッ』って冗談じゃねえ。こっちだって唯で済ます気なんざねぇ。きちっと落とし前、つけてもらおうじゃねえか」
厳しい視線で見つめられたカレアシンは、それを真似たあと、泰然とした態度で目の前の将軍とにらみ合った。
そんな連中をさておいて、場違いだなと感じ、じりじりとその場から離れていた女二人組みは、遠巻きに出来る距離を確保しつつ、色々囁きあっていた。
「いつもの事…って。彼、どんな商売してんのさ」
「押し売り、とか?」
冒険者ギルドの店は知っているが、店舗以外での商売など、一般の客には知るよしも無い。
憶測が飛び交うのも仕方の無いところであった。
「っていうか、よくもまあ、あの剣戟将軍と対等に渡り合えるもんさね」
「え、あの方そんなにすごい人なんですか?」
そうこうしているうちに、カレアシンと会話している偉丈夫の男に関心が向けられた。
ハイジは相手の男を、将軍なんだから偉い人なんだろうな、程度にしか考えていなかったが、クリスはその人となりをある程度は知っているようだった。
「あんら、勉強不足だねぇ。剣戟のジョフルといやあ、若いころは魔獣退治や盗賊の殲滅なんかで名を上げた、伝説の傭兵さ」
「ああ、その名前なら知ってます。一人でラウール盗賊団を壊滅させたって話、昔育ての親から聞いた覚えが」
目を輝かせて言うハイジに、苦笑しながら
「ああ、そいつは有名だねぇ。確か盗賊団の隠れ家を急襲して、そいつらを全滅させたんだったね。でも頭目には逃げられちまったって奴だろう?」
「はい、子供心にすごい人もいるもんだなぁって思ったもんですよ。その人、まだご存命だったんですねぇ。驚きです」
「勝手に殺しちゃかわいそうさ。あと有名なのは、そこの守護の砦に詰めてた時の話。一人で10体の魔獣を撃退したとか。ま、今回の魔獣侵攻で、それくらいの数を屠った手合いは増えただろうねぇ」
言いつつカレアシンに視線を送ると、その背中がやけに頼もしく見える。
それはそうだろう、聞けば彼ら冒険者ギルドはおよそ被害らしい被害も無かったのだ。
それも自分達のような後方ではなく、むしろ被害担当部隊として割り振られた、真正面の位置取りであったにも関わらずだ。
武功は言うに及ばず、その人柄も好ましい上に、貴族連中にも気後れしないとなれば、これほど良い男も中々いない。
種族の差など、些細なものだ。
「やばいね、惚れちゃったかも」
「え?何か言いました?」
「いんや、こっちの話さ」
ぼそりと口をついて出た言葉に、自分でも驚く。
この世界、基本的に人であれば、どんな種族とでも子をなせる。
エルフはもとより、ドワーフやホビット、獣人や水棲人とも人は子をなせる。
人がこの世界の人間種の基本であり、その他は傍系あるいは亜種と主張する者がいるのも肯ける話である。
下卑た話であるが亜人と呼ばれるモンスター扱いの人型生物との間ですら、子を生むことは可能なのだから。
いわんや竜人をや。
「いっちょ気合入れるかね」
そう言って少し熱くなった頬をぺチンと叩いたクリスを、ハイジは不思議そうに見つめる。
「いきなりどうしたんですか?」
「内緒さね」
「教えてくださいよ、気になるじゃないですか」
「秘密♪」
いつの間にか二人の会話が夜のお泊り仲良しパジャマパーティー状態になっている中、おっさん二人はにらみ合いを続けていた。
無言でにらみ合う二人に、将軍の従者らは気が気ではなかった。
その中の一人は、過去の冒険者ギルドの戦闘報告にも目を通していた。
報告された人数で成せる行為ではないと端から信用せずに笑っていた者もいたが、彼はカレアシンを実際に見て、その底知れなさを思い知っていた。
魔獣の巣をわずか6人で屠るなど、と流石に信じていなかった自分を、殴りに行きたい程に。
それにしても目の前のこれはなんだ?
竜人、名をカレアシン。
本当に竜人なのだろうか。
いや、これが竜人なのか。
確かにこれまでに何度か竜人と会い見える事があったが、これほどの存在感を感じた事は無かった。
強いといわれれば、ああそうであろうな、程度だったのだ。
しかし、この男は。
我らが将軍閣下よりも、強い。
恐らくは国で並ぶものはいないと言われている将軍を、さほど苦労せずに相手できるほどに。
自分達では恐らく剣がその身に触れる事さえ出来ずに終わるだろう。
そうでなければこの竜人の余裕が解せない。
いざとなれば、目撃者全てを消してしまうのではないだろうか、という疑心暗鬼にすら囚われる。
いっそココで自分の責に納められるならば、とまで思いつめたところに将軍から声をかけられた。
「少し外せ」
論外の言葉が耳に届いた。
自分達がなぜココに付き従っているのか。
それは自分達が将軍を、我が身に代えてでも守るためである。
呆然とした従者の横で、激昂した同僚が叫ぶように将軍に問う。
その声も彼の耳朶を打つだけで、心にまでは届かなかった。
自然と手が柄に伸びる。
するりと剣を抜き放ち、そのままの勢いで竜人の右の脇に―――鎧の隙間目掛けて―――細身の自分の剣を滑りこませれば、それでいい。
あとは自分の首を以って責任を取ればいい。
将軍閣下に降りかかる障害さえ取り除ければ、他はどうなってもかまわない。
それで閣下の立場が悪くなっても―――
そこまでシミュレートし、指が柄に触れたところで視界が華奢な手のひらで遮られた。
「“ピースフルスピリチア”」
そして、聖なる輝きを纏った、天上の音楽のような神聖魔法の詠唱が、彼の耳を打ったのだ。