第16話 馬鹿につける薬は流石にありませんよ?たぶん馬鹿な人はつける薬を飲んじゃうでしょうし?
アラマンヌ王国シュヴァーベン領が領主、レフィヘルト辺境伯が公子ヴォルフラム・フォン・レフィヘルト。
彼は自身の欲に忠実な男である。
高い自尊心は、己を能力以上に大きく見せたがり、あるいは他人を貶めたがる。
立場の低いものを侮蔑し、それを見て悦に入り、上の者には媚びへつらい、そのくせ影では反感を抱え誹謗中傷で心を埋め尽くす。
気に食わないことや気に触るものに対して常に当り散らし、抑えることを知らない。
他人が己に尽くすことを当然と信じ、自身が行わねばならないことは全て他人が怠けている事によるしわ寄せだといい、出来ることさえやろうとしない。
そのくせ欲しいと思ったものは、それが何であれとにかく手に入れたがる。
必要以上に美食を追い、食いきれなければ吐いて胃を空にしてでもさらに食う。
おまけに自分の容姿を棚に挙げ、見目麗しい女性…に限らず、同性にさえ性欲の捌け口を求める。
前世における、キリスト教的カテキズムによれば、いわゆる七つの大罪全てを網羅しているといえるだろう。
傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲の7つだ。
カレアシンなどは、動きたくても動けない身体であったので、動ける今がなんともありがたいものだと知っている。
最も彼は、こればっかりは、一度寝たきりにならなければわからんか、とも思う。
「さて、アレだけ派手に光の翼を生やしてたんだ。本陣から様子見に位は来る、かねぇ?」
「それは…なんともいえませんが」
「ははっ!おうちに早く帰りたい坊ちゃん連中が多いからねぇ。気の効いた奴の一人や二人は居て欲しいもんだけれどさ」
全力で帰還の準備中、用意出来次第順次撤退の命令が出ている今、忙しい手を割いてわざわざ此方の面倒ごとに首を突っ込むだろうか、と言うことだ。
「うーん、総司令官があの男なら、ちったぁ気が回ると思うんだがなぁ」
「カレアシン殿、本隊の将軍閣下をご存知なので?」
首を傾げて何かを思い返しているカレアシンに、ハイジが驚きつつ声を掛けた。
「ああ、ギルドの関係でな。今はゴール王国の将軍さんだろう?商談に寄せてもらった時にはいつも色々と融通して貰ってるんだが」
ハイジとクリスは、そういえば冒険者ギルドは高品質武具や魔法薬の商いも行っているのだったと、いまさらながらに思い出した。
実のところ、それ以前からの付き合いではあるが、彼女らにしてみれば雲上の人物と知己であるだけでも想定の範囲外である。
「いい客だったぜぇ?魔法軟膏が金貨2枚とか。笑いが止まらんかったわ」
「いや、普通じゃないのかい?魔法の傷薬だろう?あんたらのギルドで売ってる」
ちなみに冒険者ギルドの窓口である支部は、各国の王都にひっそりと建っている、知る人ぞ知る名店扱いである。
なにせ武具にしろその他アイテムにしろ、同価格帯なら確実に品質が上なのである。
その中でも魔法軟膏は、傷口に塗りこむだけで、ほぼ瞬時に傷がくっつく上に痛みも残らないという掘り出し物であった。
怪我をして身動きとれずに休業することを考えれば、多少の出費は目をつぶれる。
なにせ、普通なら全治1~2ヶ月の傷が、塗る時の痛みと薬代さえ我慢すれば、即完治なのだから。
「ああそうだ。いや、いくらで売ったもんか、最初わからなくてなぁ。売り込みに行った先で実演して見せて、いくらで買う?って聞いたら、ひとつ金貨2枚ときた。いや、ホント驚いたね」
使用説明がてら、ガマの油売り的な実演をして見せたカレアシンである。
元の世界で行われているものとは違い、本物の真剣でちゃんと腕を突き刺したと言う違いはあるが。
「…なあ、冒険者ギルド的にはあの魔法軟膏はどういったモンなんだい?」
クリスとしては、ギルド内部における魔法軟膏の重要性を聞いたつもりだったのだが。
傭兵達の間で必携とすら言われ始めている薬を、カレアシンはたかが魔法軟膏的な物言いだからだ。
そして、それに対する答えはやはり多少ずれていた。
「んー、生産加工部門の長のドワーフの親父なら、材料さえそろえればモノの5分で100個分は作りやがるぞ?材料はその辺の山で取ってくる薬草だからロハだしな」
5分で金貨2枚分の軟膏が100…。
その答えを聞いたクリスは、本来聞きたかった意味合いとは違ったが、いろんな意味で彼らがずれているのを理解した。
「あのさ、2金貨あれば、贅沢しなきゃ4人家族が半年は食えるんだよ?その100倍の分量が5分で作れるとか…冗談だろう?」
流石に事実だとしても誇張が入っているだろうというクリスの希望であったが。
「あ?ああ、そりゃまあな」
やはり、半ば冗談だったのだろうと安心しかけた所で追い討ちが来た。
「さすがにそれだけの量作るにゃ、材料探すのに丸一日は掛かるからな。結構な手間だ」
横で聞いていたハイジとしては、まあこの人たちならそれもありなんだろうと、大して驚かずにあきれ返ってしまっているクリスにどう声を掛けようかと思案していた。白パン美味しかったなー、などと思いながらだったが。
天井に穴の開いた陣幕をでて、引きずり出してきた気絶したままの馬鹿とその取り巻きらの、兵士や従者たちを改めて縛り上げた。
もしかすると一人や二人は親である辺境伯の派遣した監視役だったのかもしれないが、現状ではひとまとめにしてあるのでわからない。
一様に白目を向いている連中を外に並べながら、カレアシンはハテサテどうするかと腕を組んだ。
真っ当に交渉してくる気があったのならば、多少の注文は聞いてやるつもりだったが、これはいけない。
交渉する気がなかったどころか危害を加えることが前提だったのであるから。
ハイジとクリスに相談でもしてみるかと様子を伺うが、未だにクリスのほうは何やらブツブツと呟いて虚ろな瞳をしていた。
「一日山で採集して、そのドワーフに頼めば金貨200枚…神金貨で2枚…銀貨だと20,000枚…銅貨だと2,000,000枚…私の数年分の稼ぎが…5分…」
ちなみにこの世界の通貨は、神に賜った神聖金貨を基本に作られている。
1神金貨が100金貨、1金貨は100銀貨そして1銀貨は100銅貨である。
大体、銀貨一枚が1~2000円程度だと考えてもらえばいいかもしれない。
「ああ、クリスの。今は流石に2ロアでは卸してないぞ?量産してるから、その分安くしてる。将軍の所には半値だからな」
それでも十二分によい値段であることには間違いない。
「ね、ねえ私なんかでも、アンタん所のギルドに入れてもらえるのかい?」
「ほ?そう来るかよ。いやいや、予想外だ」
駄目なのかい?と尋ね返すクリスに、そうじゃないとカレアシンは答えた。
「開業からこれまで、何度となく募集はかけてるんだぜ?身分や経歴は問いませんってな」
だが、中々人は集まらなかった。
来たのは食い詰めた流民や、貧民窟の住民だったりした。
一応審査をして、使えそうな者は冒険者として登録し、そうでない者はギルド内での小間使いとして雇っている。
金の持ち逃げや仕事の放棄などを警戒して、神聖魔法を用いた契約を行っているため、不祥事はいまのところ起きていない。
そもそも、そういうことを考える者だと、採用時の質疑応答の際に神聖魔法のピンキープロミスが早速発動して、口の中に針が1000本出現する羽目になるのだが。
なお、ギルドメンバーは、アイテムを用いず自力で治癒する事が多いため、魔法軟膏は余り使用しない。
神聖魔法や精霊魔法を使う者や、治癒スキルを使う者など様々だが、治ればいいのでその時その時でどれかを使っている。
各魔法に関しては、詠唱呪文を変更したりすることが出来るが、スキルはもう一つ自由が利く。
発動時の条件を各個人で自由に決められる上、エフェクトも変えられるのだ。
なので、同じ効果でも違うものの様に見られることがある。
加速スキルなどはその典型で、そのまま使っているものもいれば、ソニックムーブだのフラッシュムーブだのと言う掛け声に変えているものや、中にはわざわざアフロのカツラをかぶってポーズを取らなければ加速できない者もいる。
発動が非常に遅くなるが、自己満足なので構わないそうである。
他にも、自分以外を治すというスキルに狂った金剛石と名付けた者が多かったのは自然な成り行きであろう。
それはともかく。
「ウチは随時募集中、だったんだが」
「だが?何さ、もったいぶらないでおくれ」
カレアシンは、鼻先をこりこりと掻きながら、申し訳なさそうに項垂れた。
「これからちょいと厄介ごと増えそうだろ?だから、入ってもらっても、いきなり面倒ごとを押し付けなきゃならんかもしれんのよ」
硬度6位以下大集合の件である。
彼女くらい使えるなら、採用試験はパスしても大丈夫だろう、とは思う。
魔獣使いなら基本的にスキルが開放されているはずなので、余計に大歓迎なのだが、しかし、それ以前に恐らくは加入しているであろう傭兵ギルドとの関係もあり、即決とはいけない。
「取りあえず、後でウチの親分と話してみてくれ。多分大丈夫だとは思うがな」
「アンタん所の親分?ああ、あの魔人の姐さんかい」
カレアシンだけではなく、呉羽の方も見覚えがあるような口ぶりである。
まあ、一度見たら忘れられない風貌の者が多いのは確かであるが。
「いんや、あいつはあくまで代行だ。見なかったか?あそこから降りて来たのいたろ?」
「私らの待機場所は、戦闘区域から離れてたからねぇ…」
「ですねぇ」
ハイジも横で聞きながら、もし冒険者ギルドに入れるのなら、自分も尻馬に乗ってしまおうかと思っていたが、どうやら暫く待たねばならないようである。
「さて、そんじゃあ話を始めるか。なあ、将軍様?」
視線を動かさずにいうカレアシンに、二人はあわてて背後を振り向いた。
そこには、華美ではないが、十分に装飾された鎧をまとう、壮年の騎士が従者を数名連れて佇んでいた。