第14話 魔獣は可愛いですよね?魔獣使いなら可愛いと思うはずですよね?
今回真面目気味
魔獣使い。
それは、生まれながらにして屈強な肉体と魔力を持つ魔獣を捕らえ、飼いならし、支配し、使役する者の総称である。
魔に触れて生まれ出る、異形の生物。
それらを人の身で扱う事は、至難の技と言える。
故に、それを名乗るものはごく僅かである。
そして騎乗可能な飛行魔獣を使う者は、その中でもさらに稀有な存在であり、称する事が出来るだけでも誉れとされる。
魔獣を支配下における者が少ないと言うのもあるが、それ以上に騎乗に耐える飛行魔獣自体がさらに希少なこと、騎乗可能な飛行魔獣は通常の魔獣よりも強大で、尋常な手段では捕らえる事すら困難である事もその理由の一つである。
そんな魔獣使いであるが、捕らえて使役するという以外の方法が、一応手段として4つ上げられる。
一つは魔法による支配。
これは、魔獣本来の能力を発揮できなくなることが多い上、魔法がキャンセルされた場合逆襲を食らう可能性が高いため、行う者はほぼいないと言っていい。
もう一つは魔獣に好かれることだが、これはよほどの幸運が無いかぎり、まず好かれる魔獣に出会うということ自体があり得ない。
そしてもう一つ、圧倒的な力の差を見せ付ける事。
古代の書物によれば、むしろこの方法こそが最短の手段であるが、今やそれは不可能に近い。
それに魔獣に対して圧倒的な力の差があるのならば、別に使役などしなくとも良いとも言える。
最後のもう一つが魔獣使いと共に生活し、その使役獣に認めてもらうことだ。
こうする事で、その魔獣と同属あるいは近隣種であれば、比較的困難な飼いならすと言うところまでは何とか成る。
その後、使役が可能になるまで支配し得るかどうかは、その者の資質であろう。
ハイジの場合がこれである。
幼い頃に住んでいた村が野盗の襲撃を受け、親はもとより親類縁者まで皆殺しにされ、危うく彼女自身も殺されかけたところを一人の女性に助けられたのだが、その人物が魔獣使いだったのである。
使役する魔獣はグリフォン、強大な空の魔獣であった。
身の回りの世話をするならば、口を糊する生活ではあるが、養ってやっても良いと言われ一も二も無く頷いた。
その後彼女は魔獣使いの後ろを付いて周り、いつしかグリフォンにも吼えられる事が無くなる様になっていった。
親代わりとなった女性の経済観念が壊滅的であることも理解し、金銭関係を無理やり預るようになってからは、段違いに生活も楽になったが、感謝はされなかった。
冒険者ギルドの者達のように、気安くハイジと呼ぶようなことも無く、「アーデルハイト!部屋の掃除をなさい」「アーデルハイト!何をやっているのですか!」などと名前を呼び捨てては何かを指示するか叱責するのが常であった。
後にこの事をギルドの面々に話す機会があったが、一様にニヤリとされるだけであったという。
ともかく、それでも成人前には戦う術や傭兵の作法、基本の装備一式に果ては乗騎たるヒポグリフまで、近場の牧場に無理を言って用意してくれるなど、口にしないだけでありがたくは思っていたのだとわかる。
ヒポグリフは、グリフォンが馬を襲って交尾した際に生まれる魔獣である。
そもそも馬はグリフォンの捕食対象であるため、自然に生まれる事はまず無いのだが、このように使役獣による種付けならば、比較的容易に生まれる事となる。
その際母となる馬は、若い馬でなければならず、しかも大抵の場合種付け時に死ぬか、良くて肌馬《母体》としては使い物にならなくなる上、上手く孕んだとしても子を産むときには腹を割かねばならず、牧場側からは嫌悪されるという事である。
グリフォンを使役する魔獣使いが、種付けで儲けられないのは、それが一因であろう。
それに、生まれるヒポグリフは、これまた人と馬を喰らう魔獣である。
魔獣使いになろうとする者も、人食いのグリフォンやヒポグリフを好き好んで選ばない。
飛竜や巨鳥などを使役する者は、孵化時に使役する予定の者が単独で見守っていれば刷り込みにより親と認識するため、比較的ハードルが低いと思われがちである。
それらの巣を見つけ忍び込み、産卵期で常よりも凶暴な時期の魔獣の卵を持ち帰ることが出来るというならば、確かに簡単ではあるのかもしれない。
ともあれグリフォンに慣れていたハイジに取って、新たに生まれたヒポグリフは恐怖する対象ではなかった。
幼いヒポグリフは魔獣ゆえに力は強いが、気を付けさえすれば戦闘訓練をある程度積んだ彼女の手に負えないほどでもなかった。
手ずから馬乳を搾り与え、かいがいしく世話をしてやるうちに次第に慣れ、ついには背を許され乗騎とすることが可能となったのである。
そんな自分の苦労を一瞬で飛び越えたシアに、ハイジが驚愕するのも無理からぬ事であろう。
☆
命令を完遂する。
いつもならば、気分の良い事なのであるが、今回は今ひとつもやもやが残るハイジである。
「ご指示通り、上空に浮かぶ岩の城より、使者殿を連れて戻りました」
自陣の陣幕前で、警備に建つ兵士に礼をし、取次ぎを願う。
さて、これからどうなるのやらと、後ろに佇む巨漢の様子を伺うが、まったく気負いの無い様子でごくごく自然体で、そこに居るのが当たり前と言う雰囲気で立っている。
それもまあ、当然かと、彼女はカレアシンの身につけたその装備を目にしたときの衝撃を思い出していた。
こちらに戻る前、ギルドハウスの建物の前で待たせていたヒポグリフのシュニーホプリの所に戻って待っていると、ギルドハウスの扉を開いて、凄まじい魔力を放つ竜人が姿を現した。
いや、カレアシンなのだが、余りの変わりように、ハイジにはそれが先ほどの竜人とは思えなかったのだ。
ラフなシャツと、青い厚手の生地で作られたパンツ姿だった先ほど――風呂上りだった故の格好だが―――とは違い、煌びやかな装飾を施された、それでいて確かな性能を持つとみただけでわかる、恐らくはオーダーメイドの一揃いであろう、漆黒の竜鱗で作られた白金装飾の美しい、背中を覆うような2枚の楯を背負う形の鎧に、自身の3本の角を外に出すようにデザインされた兜。
そして、左腕の外側、上腕装甲の上に盛り上がるように付いている6角形の小さな板。
聞けば、それが楯なのだという。
ソードストッパーと言う奴だろうか。
左腰には重ねるように佩いた、反りのついた黒い楯鱗で装飾された鞘を持つ長剣と、恐らくは対となる短剣。
そして、右手には、彼の身長を倍する真紅の槍が握られていた。
ハイジが見るに、どれをとっても、一国の王家の秘宝と言われてもおかしくは無い代物ばかりであった。
そして、それを身につけているカレアシンも、それに負けぬ存在感を放っている。
もし自分があのような装備を手に入れたとして、ああも容易く着こなせるであろうか、と思うほどに。
「待たせたか?俺の方はいつでもいいぞ?」
呆然としてその姿に見入るハイジに、カレアシンが声をかけると、あわててヒポグリフに飛び乗り「そ、それでは参りましょう!」と、慌しく飛び立っていった。
ちなみに、ヒポグリフの名前だが、シアに「あのヒポグリフのお名前は?」と尋ねられた際に、特に名前は付けていないといったら、怒られた上に名付け親になってよいかと問われ、満場一致でシュニーホプリと決められてしまった。
飛び跳ねる雪片と言う意味だが、何故それで無ければいけないのかは、教えてもらえなかった。
陣幕の垂れ幕が開かれ、中へ進むように言われるが、入り口で武器を預けるように言われる。
ハイジは使者に対して失礼だと抗議したが聞き入れられず、カレアシンが別に気にせずさっさと腰の剣と槍を渡してしまったので、申し訳ない気持ちで胸が一杯になってしまった。
カレアシンとしては「素手でもこの程度の数なら楽勝」と言う気持ちから、気にしなかっただけなのだが、ハイジにしてみれば、自分の為に気を使ってくれたのだとしか思えず、恐縮するばかりであった。
「よく来られた、使者殿。私がアラマンヌ王国シュヴァーベン領、レフィヘルト辺境伯が公子ヴォルフラム・フォン・レフィヘルトだ。アルブレヒツベルガー、ご苦労だったな。下がってよいぞ」
その言葉に逡巡したハイジだが、ちらりと視線を送った先でカレアシンが小さく口元をゆがめて笑ったのを見て、見た目だけは恭しく礼をし、陣幕を出る事にした。
「ふぅ」
「お疲れさま。無事で何よりだよ」
ようやく一息つけると気を緩めたハイジに、同じく傭兵の女性が声をかけてきた。
「ああ、クリス。んーんっと、なんとかね」
「さっきの竜人、あいつってもしかして冒険者ギルドのカレアシンじゃないかい?」
大きく背伸びして血流を良くしつつ答えると、ハイジよりも若干年上のクリスは腕を組みながら陣幕の方を見てそういった。
「彼を知っているの?」
「知ってるも何も。そこそこ耳の早い傭兵の間じゃ有名さね。私はあんたが知らなかったほうが驚きさ」
聞けば、傭兵として荒事に立つことの多い彼女は、彼と何度か仕事をしたことがあるという。
それは山賊の討伐であったり、魔獣退治であったりだが、そのいずれもが、彼とその仲間達を中心に解決されたというのだ。
「へぇ、彼すごいのね」
「凄いなんてもんじゃないさ。振った剣で空気の刃を飛ばすなんて冗談みたいな技を使うんだよ?私だってそれなりの魔獣使いだと自負してるけどさ。それでもあいつらの、特にあいつにはうちの可愛い子をけしかけたりしたくないってもんだよ」
かく言うクリスも魔獣使いである。
使役するのはジェヴォーダンの獣と呼ばれる魔獣で、大きさは牛程度であるが、動きは素早く、全身を硬い針金のような毛で覆った狼のような風貌をしている。
剣をも受け止める鉤爪と獅子の尾をそなえ、その長い牙は口腔に収まりきれず長く飛び出している。
普通の者に言わせれば、醜悪で巨大なグレイハウンドのような生き物であり、間違っても可愛い子などと言う形容はつかないであろう。
そのような魔獣ですら、カレアシンにかかれば子犬のようにあしらわれるだろうと、ハイジも思う。
「私ゃ、使役獣が100匹居てもあいつに勝てるとは思わないね」
「それに関しては同感。先だっての戦闘を終わらせた、あの3つの魔獣けしかけても、死なないんじゃない?」
「違いない!」
お互いに笑いあいながら陣幕を後にする。
そんな折、いきなり背後からのけたたましい叫び声に振り向くと、陣幕の屋根から二本の光の柱が飛び出し、騒然としている光景が目に入った。