第11話 おるすばんやくはようじょですよね?そうはおもいません?
跨がっていたヒポグリフから降り、ギルドハウスの上面に建造されているギルドハウスの正門前で、独りの女性兵士が周囲を伺いながら途方に暮れていた。
先ほどまではこの浮かぶ巨岩に、ある程度近寄る事は出来ても、見えない壁のような物でやんわりと押し返されて進む事が出来なかったのだが、もう戻ってそう報告しようと思っていた矢先に、なぜか急に壁が取り払われたかのように接近出来るようになってしまったため、一番目立つ建物の前に降りたはいいが、どうすればよいのか迷っているのである。
というよりも、この場に立てている事自体に当惑しているのだ。
地上から見上げていた時は、その大きさ故にその形状すら把握出来なかったが、愛馬に跨がり空に上がればその全貌が見えてくる。
上空から見たところ、いびつな細長い凧型のような尖った四角形をしており、長対角はおよそ5レウガ、短対角は2レウガほどと見受けられた。
そしてその上面は意外なほどに平らで、しかも緑の濃い木々に覆われている。
森とも言えそうなその中に、円形に城壁が築かれその中心には幾つかの塔で構成された白亜の城とも言うべき建物が存在して、この威容が人為によるものだという事を如実に示していた。
彼女は、導かれるかのようにその城壁の内部、真っ白な城の正面に位置する巨大な門の前に降り立ったのだ。
人っ子一人居ないように思えたそこは、実際はギルドメンバーにより城の内部から挙って覗いかれているのだが、外部からは伺い知る事は出来ない。
しばらくの逡巡の後、ようやく意を決したのか居住まいを整えて声を張り上げて、開門を願おうとした。
しかし、その気配を見計らったかのように、目の前の扉がゆっくりと静かに開き始め、独りの女性が姿を現し、こう声をかけてきたのだ。
「どちらさまですか?いまおとうさんもおかあさんもいないのですけど」
いかにも純真無垢そうな表情をした熊子が、黒ゴスロリ仕様のミニドレス姿で、応対に現れたのである。
たとえ中の人がアレでも、外見は元の世界でも最高峰のロリコン紳士が集う、日本のヲタクがデザインした美幼女である。
こんな場所にいる時点で、相対する人物が対応に苦慮するであろう事は明白であった。
「う、え?あ?」
どのような相手が出てこようが、慌てず騒がず冷静に対処しようと気合いを入れていたところに、思ってもいない相手が現れたために、さすがのヒポグリフ使いもまともに返事が出来なかった。
「あの、ごようがないなら…」
「あるっ!ありますっ!!実はですね…」
気が動転したためか、思わず小さな娘に向かって敬語で声をかけてしまったのに気付き、更に焦りが募ってしまう。
とにかく何でもいいからこの城の責任者と話がしたいのだという事を捲し立てるように話す。
「えっと、むずかしいおはなしはわかりません」
が、しかし、熊子は華麗にスルー。
何を言ってるのか私小さいからわかりません状態を維持していた。
「ああ、もうっ!こんな小さな子を一人にして城を開けるなんて!ココの人たちは何を考えてるんだ!」
もうわけのわからない状態に陥っている彼女は、およそ本来の目的とは違う方向に思考が飛んでいってしまっていた。
「まあ、いっか。合格、って事で」
「あなたのお父さんとお母さんは、いったい何をしているの…って何?合格?」
次の瞬間、彼女の周囲に突然様々な種族の人々が現れ、彼女を取り囲むようにして立っていた。
「な!いつの間に!」
囲まれたと理解した瞬間、彼女は慌てて腰に下げた剣を抜こうとして、そこにいつもの重さが無い事に気がついた。
「ふーん、ウチらのギルド謹製のブロードソードじゃん。しかも手入れも十分。大事にされてるね」
「!」
気がつけば、目の前にいた幼女の手に、自身の剣が奪われていた。
その事に愕然としている自分に気がついた彼女は、大きすぎる隙を見せてしまった事に、己の死を覚悟した。
そうして次にくるであろう衝撃に耐えようと身体をこわばらせたが。
パンパン、と。
予想外の音が、彼女の耳を打った。
拍手の音。
それが彼女の脳裏にコダマしたのだ。
「おめでとう」
猫種の獣人女性が、そう呟く。
「は?」
わけが分からんという表情しか出来ない彼女は。もう困惑するしか無かった。
「おめでとう」
龍人の男性が、続けて口を開く。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「めでたいなぁ」
「おめでとさん」
ドワーフの男性が、普通人の女性が、水棲人の女性が、魔人族の男性が、有翼人の女性が口々にそう告げる。
「はい?え?」
どう見ても敵対するという感じではないのを感じながら、更に困惑は深くなる。
「おめでとう」
先ほどの幼女が。
「おめでとう」
黒エルフの女性が。
「おめでとう」
そして、魔人族の女性と、一際存在感が溢れたエルフの女性が、同時に口を開いて。
「は、はあ。ありがとうございます」
そして彼女は思わずそう言ってしまった。
「よっしゃ。合格!」
「うーん、そこはただ単にありがとうだけってのがよかったんだけどなぁ」
「いやいや、それは贅沢すぎるだろう。何の仕込みも無く、あの台詞が出ただけ奇跡だわ」
「あの、もしもし?」
何やらわけのわからない状況に陥っているのだけは理解した彼女は、取りあえず説明を要求したいのだが、あまりにも相手の一挙手一投足に無駄が無いのを察し、自分では手も足もでないのだけは理解したため、もう成り行きに任せるしかないと達観した。
そんな中、ふと自分の乗騎は?と見ると、先ほどの一人だけ気配が段違いだったエルフ女性が、傍に寄ろうとしていた。
「いけない!その子は私以外じゃ!」
主と認めた者以外には決して懐かず、近寄るだけでも危険を伴うのが多くの幻獣に共通する注意点である。
しかも、ヒポグリフはグリフォンの性質を受け継ぎ、人肉を好むのだ。
まさかそんな基本的な事すらも知らないのかと駆け寄ろうとした彼女は。
「あはっ!この子可愛い〜。もふもふ〜」
鷲の姿をした上半身、羽毛に覆われた胸に顔を埋め、悦に入っているエルフ女性を見て、あっけに取られてしまった。
おまけにヒポグリフは、危害を加えるどころか自分にすらろくにした事が無い、くちばしでの甘噛みすら行っていたのだ。
「え、うそ。なんで?」
「あー、ねーちん流石だねぇ」
「幻獣殺し、また出ましたか」
いつの間にか自分の両脇に立っていた幼女と黒エルフとが、自分と同じ光景を見ながら苦笑していた。
「何それ…」
やけに楽しそうな自分の乗騎と、よくわからない人たちに囲まれて、自分はいったいどうなってしまうのかと、よくまわらない頭でこの状況からの脱出方法を考えるのであった。
「あはははは。もふもふー」