第9話 女三人寄れば姦しいですか?姦しいですよね?
まったく、大砂漠の上空に巨大な岩の城が突然現れた等と、世迷言をぬかしおって。
神話の巨獣やらなにやらが出たと言うものも居るらしいが、どいつもこいつも、生き残ったものは怪我ひとつ無いというのに、幻覚でも見たのではないのかと。
そんなものはおとぎ話の中にのこるだけだ。
天に城を浮かばせるなどという、古の業は既に絶えた。
もしそのような力を持つ者が現れたというのが事実ならば、何故今この国は平穏無事なのだ。
魔獣を倒したというその者の力が本物ならば、返す刀で一番近いこの国をなぎ払う事など造作も無いはず。
少なくとも、その浮かぶ城とやらがこの国に姿を現さぬ理由がわからぬ。
力を誇示したのならば、次はそれをもって交渉のテーブルに着くのが自然だ。
もしや、こちらから動くのを待っておるのだろうか。
だが、そのような者が、こちらを考慮してくれるのだろうか。
古の力持つものは、ありとあらゆる魔法を駆使して魔物を駆逐し、その剣は山をも断つといわれていた。
確かにそのような力を持つ者が現れ、もしその力を我が物に出来るのならば。
何物にも変えて手に入れなければならない、と思う国が出るのは必然。
一国が手に入れれば、他国は蹂躙されるやも知れぬ。
それを恐れる国々は、間違いなく我先にとその力を求めるであろう。
しかし…それは王の意思に反する。
戦など、身を守るためだけでよいのだと言うあの王の。
故にそれは、こちらから触れてはならないものなのだ。
触れれば恐らくは火傷程度では済むまい。
王には戦果のみの報告を済ませてはいるが、いずれ戦場に立った者達直々に詳細を聞きたがるであろう。
そのような者たちがいると知れば、王は必ず興味を示す。
そうなれば触れぬという事など不可能だ。
筆頭騎士が何度も謁見を求めていたが、恐らくは王に先の戦の模様を伝えたいのであろう。
まったく、筆頭騎士ともあろう者が目先の事しか考えられん馬鹿正直者とは。
国の舵取りを少しは学んで欲しいものだ。
今のところは後始末に忙殺されて手が空かないという事で、そういった案件は後回しにしているが。
まあ、そういう建前さえあれば、強く言ってはこれまい。
民を大事になさる方々であるからな、あの王も、騎士殿も。
とはいえ、冒険者が一人残らず戦場から姿を消すとは、はて?
騎士や兵士らは、奴らの奮戦を声高に言っておったが、ならば、その戦績をもって何か褒美を、とでも言ってきそうなものだが、さて。
もしや、冒険者なる者たちは、浮かぶ城と何か縁でもあるのだろうか。
いやいや、それは流石に穿ちすぎか。
まあそちらの方はどうとでもなろう。
今回の奴らの参戦は、無償と言うことだ。
姿を消したからといって、戦の後では罪にも問えぬ。
暇になれば城下にある冒険者ギルドの支部にでも人をやって、責任者を呼び出せば済む事だ。
さて、そろそろ執務に戻らねば。
他の国々はどう動くやら…。
☆
シアの部屋にて3人は、倉庫に放り込んでいた自分のアイテムやらを担いで戻り、手入れをしていた。
他の者達にも使い方がわかるようにと、利用方法をメモして机の上に貼り付けて置いたので、適当に持っていくだろう。
倉庫の制限もギルマス権限で「自分の持ち物は開放」と限定的解除を施しておいた。
「これが避け装備、これが逃げ装備、これは侵入装備っと」
「あんたは気楽そうに見えて、結構大変よね。戦闘スタイルチョコチョコ変えないといけないし」
スカウト職スキルで固めた熊子は、その時々に応じた装備を用意しており、必要に応じて使いわけるという事を行っていた。
基本は何でも出来る標準装備と言う名の普段着だが、いざと言うときにはこれと決めた装備に変えるのだ。
「こうっちゃアレだけど、スカウトは馬鹿だとすぐ死ぬからね?色々と考えてるんだよ。あと、ちっさい女の子だと、もし見つかってもけっこう相手がナメてくれちゃって、ちょろいよ?相手が人間なら、だけど」
相手によっては、手篭めにしようとしてくる奴までいたとか。
まあ、相手が魔獣だの魔物だのだと話は別だが。
「舐めるだなんていやらしい。このロリコンロリ女め」
「物理的な意味じゃなくてね?それにウチは前の世界でもロリだったけど実物には手を出す気なんて毛頭なかったよ?ていうか、知り合いのロリコン紳士達はみんな二次ロリ派だったし。三次ロリなんて邪道だっていってた」
「ふーんそうなんだー」
「これっぽっちも興味なさそうだね、ねーちん」
「あるわけ無いじゃん、今も昔も変わりなくおんなのこだもの」
「アラサーでも女の“子”とか。ふしぎ!」
「ころすわよ」
「じょせいはいつまでもおんなのこですよね、わかります」
「おっさんでも“少年”ジャプン読んでるじゃん。一緒よ一緒」
「オカマの場合、小さい女の子を可愛いと思うのは、ロリなんでしょうか。純粋に愛でたいだけなんですけど」
なでなでしたい。
気持ちはわかる。
「黒ねーちん位ちゃんと化けられるんなら、社会的にはだいじょぶなんじゃない?」
「まあ、そうね。私、声かけられるまでわかんなかったし」
「正直すいませんでした。全力で気合入れていったもので」
「黒ねーちんの化けっぷりはすごかったもんねぇ。ウチもニューハーフって最初に聞いてなかったら、口説きそうだったもん」
「口説く度胸なんて無いくせに。しかもロリなのに」
「そうです、冗談は前世だけにしてください。不快です」
「いや確かに口説く度胸なんかなかったよ?っていうか黒ねーちん!俺の前世、冗談扱い!?」
「すいません、冗談に失礼ですね」
「いや、もう冗談でいいから!」
「いえいえ、そんな恐れ多い」
「冗談ですら恐れ多いの!?」
なんだかんだと時間とアイテムの手入れを忘れ、ぐだぐだと語らいは続くのであった。
「しかし、女三人寄れば姦しいとはよく言ったもんだ」
「正直すいません」
「謝罪はいたしますが、賠償はいたしません。女の嗜みです」
「喋るって言うか、ウチの前世いじるのが嗜みなの!?地味に酷いよね?」
結局、アマクニとカレアシンの手合わせが終わり、二人が入ってくるまで無駄話は続いたのであった。
「まあ、積もる話もあるわけだしの。しょうがあるまいて」
「で、これからなんだが」
手合いを終えた後、再び入浴でもしたのかさっぱりした顔で言う二人に、シアは数秒悩んだ後、こう言った。
「と言うわけで、本部に行こうと思いますが。誰か転移魔法でつれてってくれない?」
場所知らないからよろしく!と言う感じに片手を立てるシアに、熊子がすまなそうに頬をかく。
「んー。転移魔法かぁ。あのさ、ねーちん。実はいま、ギルメンで魔法使える奴居ないのよ」
「え、と言うわけでの部分には突っ込みなし?じゃなくて魔法使えないの?なんで?」
「知らん。なんでか魔法使おうとすると杖が爆発する」
「なに?リア充爆発しろ的な呪いとか?」
「魔法使いにリア充は居ません。正直リア充羨ましいです。ってちゃう。30超えてたけど魔法使いだったけど」
「熊子が非リア充で神聖魔法使いの童帝だったのは置いておきましょう」
「どどどっ童帝ちゃうわ」
「すいません、素人童帝でしたか」
「…はい、すいません童帝でいいです生きててごめんなさい」
「でじゃな、あやつはどうでもいいとしてじゃ。魔法を使おうと杖に魔力を込めると、杖が砕け散るんじゃ。正確に言うなら魔法の杖に使っておる魔法結晶石がな」
「はぁ…」
この世界では魔法は3種に大別される。
神から力を授かる神聖魔法と、精霊の力を借りる精霊魔法、そして、空間に満ちる魔素や自身の魔力をもちいる詠唱魔法である。
そのうち、ただ単に魔法と呼ぶ場合は、詠唱魔法を指す。
これは、神の力を授かる神聖魔法や、精霊の力を借りる精霊魔法を略して呼ぶのは失礼じゃないだろうか、という冗談が始まりだったといわれているが真実は定かでは無い。
「で、どうもこの世界の魔道具の質が、超低品質なんじゃ。そのせいで、わしら転生者の魔力放出に耐えられんのじゃないか、と仮説を立てておる」
「自作したやつは無いの?それなら使えそうじゃない」
「そもそもの素材自体が低品質っぽいんだよね。狩りまくって素材に加工しようとしたら、芥子粒くらいの大きさにしかならなかったって、魔法結晶石集めてた人が嘆いてた」
「ふむん」
シアはその言葉を聴くと、先ほどまで手入れしていた自分の杖を手に、呟いた。
「“シアハートアタック”」
「ちょ!?」
窓の外に向けて、であったが、杖の先で収束された魔力の密度は凄まじく、何処を狙ったのか通常の追尾魔法攻撃とは比べ物にならない勢いで移動し…、
「たーまやー」
はるか上空で巨大な火球を発生させた。
「…使えるじゃん」
「使えるじゃんじゃねーよ、ねーちん出鱈目すぎ。何あの魔力。って言うか何狙ったの?無辜の野鳥とか?」
あごが外れる勢いで口を開けっ放しにしていた熊子が、驚きもそのままにシアに食って掛かる。
「いや、普通にあそこに浮いてた雲。あと、どうも、私転生だけどレベル1じゃ無いっぽい」
「…転生前に育てきったってキャラそのマンマ?もしかしてぇ」
その言葉に、熊子は一転して呆れ顔で嘆息する。
「相変わらず出鱈目だな」
「面白いので許します。全面的に」
「まあ、シアの嬢ちゃんじゃからの」
他の三人は、熊子が変わりに驚いてくれたおかげで、それほど大層なリアクションは取れなかった。
いや、十分固まってはいたのだが。
「そ、それはともかく。以前装備していたものでならば使用可能と言うことだな」
「んじゃ、ねーちんつれて本部行く?黒ねーちん」
「そうですね、他の皆も連れてきてあげましょう。みんな首を長くして待っていましたから」
シアは遅れる事二十有余年。謝り倒しても謝りきれないだろう。
「本当に。ギルマスはいつになったら来るんだと、何度ギルメンに尋ねられた事か」
「ええ、いつも対応に困っている代行を見ては、私は胸のすく思いでしたって代行!?」
そんな事を話しているうちに、いつの間にか人数が一人増え、ヘスペリスの横で目尻にハンカチを当てて泣いてるふりをしている女性が立っていた。
「え、と?」
「お久しぶりです、シア」
戸惑うシアに対し、優雅に挨拶するのは———両側頭部から螺旋を描く山羊のような角を生やした、魔人族の―――若い女性であった。
そんな彼女に対し、シアの放った言葉は、と言うと。
「だれだっけ」
魔人族の女性は固まった。




