佐藤 絵里編 第二話:麻痺
一日の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響き、周りが騒がしくなっていく。
私は必要最低限の荷物をカバンに詰め込むと足早に教室から離れる。
この学校には私の友達などいない。
この学校には私の敵しかいない。
「ねえ~、佐藤さぁ~ん。これから友達とカラオケに行こうって話になったんだけど、もし良かったら佐藤さんも一緒に行かない~。」
後ろから甘ったるい声が聞こえてきたが、私は無視してさらに足を速く動かす。
ドアを勢いよく閉めると中から笑い声とともに『何あれ~。せっかく誘ってあげたのにぃ~。』と聞こえてきた。半年前なら私の性格上突っかかっていっただろ。
玄関へと続く昇降口を降りると女の子と一人すれ違った。
名前は覚えていないけど、たしか同じクラスだったと思う。
女の子は私の顔を見て、なんとも言えない表情をしていた。
上履きを靴箱に片付けて校門を出ると桜並木の続く坂を下っていく。
毎年、胸に期待と不安を詰め込んだ新入生がこの桜並木を通ると誰もが驚いていた。
アスファルトは桜の花びらによって覆い隠される。
黒く薄汚れた道路を薄紅色のカーペットを敷いているにもかかわらず、見渡せば周りには同色の木々が毅然と立ち並んでいる。
生徒たちに少しばかり遅い入学記念として、必ず記憶の片隅を陣取るほどの想い出を贈る。
私はその光景を後、何度焼き付けることができるのだろうか。
そう考えると淀んだ笑みがボロボロと歳月を浴び過ぎた塗料のように崩れ落ちた。
本当ならばそんなことを考える必要もなかったのに。
自分の顔が歪んでいくのが鏡を見なくても分かった。
―はぁ、あの男のせいで遣りそびれちゃった…。次は一月後くらいかな…。
次の算段を軽く立てると家の前に着いた。
重く重い鉄製のドアを開けると靴を脱いでからそれを整える。
壁にひっつけるとスリッパを出してからそれを履く。
カバンを持ち直して部屋に続く階段に足を掛けて一言。
「…ただいま。」
舌打ちのように小さく吐き出すとなるべく音が立たないように階段を駆け上がっていく。
『絵里』とパステルカラーで塗装された木製のプレートをひっくり返してから部屋に入る。
カバンを机の上に載せてブレザーに手を掛ける。
皺にならないようにハンガーにかけて小学生の入学祝としてもらった勉強机の前に腰を据えた。
筆箱と教科書、授業で板書したノートとルーズリーフを机の上に並べる。
いつもは自動的に動き出すというのに手は石のように重くて動かせそうな気配すらない。
十分ほど手を動かしてみたけど、今日はこれ以上動きそうな気配はない。
仕方なく私は散らかしてしまったシャーペンや消しゴムを片付けるとベッドの上に身を落とす。
畜光性のある塗料によって描かれた嘘塗れの夜空。
それから目を背けると目を瞑った。
どれくらいの時間がたったのかは分からない。でも私はいつの間にか眠っていた。
ベッドの上で横になるといつの間にか日付が変わる…なんてのはよくあることですね、はい。
それのせいで何度喉を痛めて、何度風邪を引いたことか……