米の消費量は年々減少し続けている
駅弁がはじまったのは明治18年の宇都宮駅という説が有力とされている。
日本で最初に鉄道が開業したのは、1872年10月14日(明治5年9月12日)。新橋(現在の汐留)から横浜(現在の桜木町)でそこから13年での登場となった。
日本最初の駅弁というものがとても気になる。
どんなお弁当なのだろうと思っていたが実はにぎり飯だったみたいだ。
そのおにぎりはというとごま塩のついたにぎり飯2個と、たくあんを竹の皮で包んでいたらしい。
明治のおにぎりはどれも塩のおにぎりだと思っていた私は明治の食文化に感銘を受けた。
この最初の駅弁は5銭で今の価格からしたら0.05円という今ではあり得ないような値段で売り出されたらしい。
彩りあふれる駅弁とは違う、王道の梅干しが入ったおにぎりは懐かしい気持ちになった。
おにぎりといえば 「裸の大将」を思い出した。
真っ白なまんまるい形のそのおにぎりは特大サイズでとてもおいしそうでそんな明治時代でも大きなおにぎりはあったことだろうと思う。
現代を振り返るとコメの消費量は下がる一方である。
日本経済が成長路線を突き進んだ時代。1人当たりのコメの消費量は、年間約120キロだったという
計算すると、1日に茶わん5杯近く食べていたが、現在では茶わん2杯ほどになったという。
令和の米騒動はそんな実情が大きい。米を食べなくなったことで流通量を大きくさせたことで起きたことだとされる
そうなると米農家はいっそ苦しい仕事だと私は思った。
米の値段を上げれば食の多様化により米離れが進む、逆に米の値段が下がれば利益が出ない。
そんな苦しい職業誰もやりたがらないはずだ。
日本でとれたものは日本で消費する、そんな国消国産の概念のもとで日本のお米を食べたいと私は思う。




