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乙女ゲームの侍女に転生したので、モブお嬢様の恋を応援した結果

作者: 福嶋莉佳
掲載日:2026/03/10

キャーーッ!


「ふざけんな!!」


アリサ男爵令嬢が、リシェル伯爵令嬢の髪に掴みかかっていた。


「やめて! やめてください!」


ミレイユが必死に引き剥がそうとするが、勢いが強すぎる。周囲は悲鳴とざわめきで、カオスだった。


「誰か! 助けてください!!」


――どうしてこうなった?



数週間前。


「はぁ……」


紅茶を淹れていたミレイユは、ふと手を止めてリシェルを見る。

常に令嬢の見本のように背筋を伸ばしているが、今日はいつもより肩が落ちている。


「リシェルお嬢様。顔色が……何かありましたか」


「……ちょっとね……なんでもないわ」


リシェルの手元には、恋愛小説。

表紙を伏せて、隠すように抱えている。


「……もしかして。恋のお悩みですか?」


「えっ……そ、そんな事ないわ!」


耳まで真っ赤にして首を振る。


ミレイユは口元を押さえて微笑んだ。


「素敵なことじゃありませんか。旦那様も、お嬢様には気に入った相手との縁談を望まれていますし」


「ええ……そうだけど……」


「お嬢様でしたら、お相手も喜ばれます」


「そうかしら……」


「はい、もちろんです」


リシェルは期待と不安が混ざった目で、さらに言葉をこぼす。


「でも、彼はとても人気者なのよ?」


「そうなのですか?」


「ええ。それに、いつも女生徒に囲まれていて……背が高くて、笑うと片えくぼがあって、黒目が綺麗で……」


具体的すぎる説明に、ミレイユは紅茶を注ぐ手を止めた。


「もしかして……カイル様ですか? 女たらしで有名な」


「!! どうしてわかったの!?」


リシェルは勢いよく顔を上げ、すぐに唇を尖らせる。


「そんなことないわ。優しい方よ」


「優しい……ですか」


「わたくしが困っていた時に、さっと助けてくださったの。何も見返りを求めない感じで……」


ミレイユは、学園で見かけたカイルの姿を思い出す。

美男子で人当たりが良く、誰にでも軽く声をかける。人気が出ないはずがない。


リシェルはおとなしく、積極的な性格ではない。


――でも。


身分の低い侍女相手にさえ、リシェルはいつも丁寧で優しい。

恋に苦しむ主を、見て見ぬふりはできない。


……とりあえず。脈があるか、調べよう。



その翌日、学園の校門にミレイユは立っていた。


貴族の学園には、付添人の出入りが認められている。

荷物の受け渡しや体調対応のため、侍女が来ることは珍しくない。


門番にリシェル家の通行札を見せると、あっさり通された。


「あらミレイユ。どうしたの?」


校舎前でリシェルが振り返る。


「お嬢様、忘れ物をされたと」


「まあ。わざわざありがとう。でも必要ないのよ?」


「え、そうなんですね……失礼しました」


くすっと笑うリシェル。


「それでも来てくれて嬉しいわ」


こうしてミレイユは、自然な顔で学園へ潜り込んだ。


リシェルの後を歩いていると、急にリシェルが足を止める。


視線の先にいたのはカイルだった。


その隣には目立つコサージュを胸につけた令嬢――アリサがいて、親しげに笑っている。


「カイル様。このコサージュ、似合ってますかぁ?」


猫なで声でアリサはカイルの腕に手を添える。


カイルは軽く笑った。


「似合ってるよ。華やかだな。君らしい」


「まあ、嬉しい!」


二人は笑いながら、リシェルの横を通り過ぎる。


リシェルは、目を伏せたまま立ち止まっていた。


ミレイユはアリサの後ろ姿を見送る。


――なるほどね。


帰り道の馬車で、リシェルは窓の外を黙って眺めていた。


「お嬢様。不躾ですが……確かにカイル様は、難易度が高い方です」


リシェルがびくりと肩を揺らす。


「……やっぱり、そうよね」


「ですが、お嬢様の努力次第で可能性はあります」


「えっ……でも彼は他の方と……」


「ええ、ですが。見ている感じ、カイル様は表面上愛想よくしているように見えました」


リシェルが瞬く。


「……たしかに、時々少し遠い目をされてる気が」


「それに気づかれているお嬢様なら大丈夫ですよ」


ミレイユは穏やかに言った。


「カイル様は、自分を思いやる相手を求めているのでは。お嬢様はぴったりかと」


「本当……?」


ミレイユは頷いた。


「お嬢様が挑まれるなら、微力ながらお手伝いさせていただきます」


しばらく考え、リシェルは唇を結んだ。


「……頑張るわ」


よし。


こうしてカイルとリシェルを結ばせるミッションが始まった。


まずは出会いの場を作る。

そして、印象を残す。


学園の旧図書棟の裏、

蔦に覆われた小さな読書室。


カイルはここで一人で過ごすことが多い。


そこにリシェルを待機させる。


読書室の扉が、きい、と鳴った。


「あれ。先約かな?」


リシェルが振り向くと、カイルが立っていた。片手に本を抱えている。


「あ……ご、ごめんなさい……」


「いいよ。俺の専用ってわけじゃないし」


カイルは棚を眺めたあと、

リシェルの持つ本――哲学書に目を留めた。


「……君、それ読むの?」


「はい……興味があって……」


「意外。どういうところが?」


リシェルは少し迷い、静かに言った。


「人は、優しくできない時ほど……本当は優しさを求めている気がして」


カイルの動きが止まる。


「……へえ」


「変ですか?」


「変じゃない。面白い」


カイルは小さく笑った。


「俺、そういう見方……あんまりしないから」


会話は自然と続いた。


ミレイユは壁際で待機していた。


――よし。印象は掴んだ。


敢えて学園での接点は、この程度に留める。

アリサが平時はびこっているからだ。

詰めすぎれば、横槍を入れられる。


その代わり、次の一手は夜会。


「この夜会に出ましょう。ドレスはこれ。髪はこう」


「どうして分かるの……?」


「勘です」


――ではなく、私が転生者だからだ。

カイルは何度も攻略済。好みも網羅している。


夜会にはアリサはいなかった。

しかし、リシェルは令嬢に囲まれたカイルを眺めるだけだ。


「お嬢様チャンスです。今こそ声をかけるのです」


「で、でも……」


「おや? 君も来てたの?」


カイルが先に気づいた。


「ドレス、似合ってる。髪も。いつもより表情が明るいね」


リシェルの頬が染まる。


「……ありがとうございます」


ほらね。


カイルは表面上は軽い。

でも本命ができたら一途。


リシェルは丁寧で、誠実で、嘘をつかない。


相性は悪くない。


一方――


アリサは今日も、チートアイテムのコサージュを揺らしながら男子に囲まれていた。


「クロード様ぁ、この課題がわからなくてぇ」


「ああ、アリサ嬢。 教えてあげるよ」


……相変わらずだ。


でも、誰か一人に絞っている様子はない。


「ミレイユ……今日も、カイル様とアリサ嬢が……」


「大丈夫ですよ。お嬢様」


アイテムのモテは、表面だけ。

自分磨きや、丁寧なコミュニケーションの積み重ねがないと、結ばれない。


アリサは、脅威ではない。


――問題はライバルの公爵令嬢ソフィアだ。


去年の夜会で、

三人の令嬢を泣かせている。


褒めすぎず、媚びすぎず、距離を取りすぎない。

近づきすぎれば腰巾着にされ、遠すぎれば敵扱いされる。


ミレイユは、リシェルにちょうどいい立ち位置を叩き込んだ。


そうしているうちに――


二人は学園で、並んで下校する仲になった。


「今日も楽しかった」


「……はい」


カイルは少し照れたように言う。


「君といると、俺……無理して笑わなくていい気がする」


リシェルは驚き、そして微笑んだ。


好感度が高い時のセリフだ。

いい感じ。あと一歩。



――その矢先だった。


「お前転生者だろ!!」


アリサが発狂したのだ。


「モブのくせに!! でしゃばんな!!」


「誰か! 助けて!」


どよめきの中を割って、カイルが駆けつけた。


「アリサ!? 彼女から離れろ!」


カイルがアリサを引き剥がし、リシェルを抱き寄せる。


「カイル様!?」


アリサがはっとする。


「ち、違うの! その子が……その子が、私の邪魔をして――!」


「邪魔?」


アリサは震えながら叫ぶ。


「だって! 本来は私が――!

皆、私を好きになるはずなのに!

この子のせいでおかしいのよ!」


周囲は困惑していた。


「何を言っている」


カイルは冷たく言う。


「俺の意思を、決まっているものみたいに言うな」


アリサは教師によって連行された。


リシェルは、カイルに庇われた腕の中で息を呑む。


「……怪我は」


「……だ、大丈夫……です……」


ミレイユも引っかかれてボロボロだった。

頬に熱い線が走り、服も乱れている。


よ、よかった……収まった……


二人を見ていると、ふいに隣から、差し出される手があった。


「大丈夫か……?」


振り向くと、男子生徒が手を差し出していた。


「え……あ、はい……ありがとうございます」


その手を取って、ミレイユは立ち上がった。



騒動後、カイルはリシェルの前に立った。


「巻き込んだ責任がある。……いや違うな、それは言い訳だ」


一度息を吸い、言う。


「君は、俺を理解しようとしてくれた。それがとても嬉しかったんだ」


「カイル様……」


「俺は君が好きだ。

婚約を前提に、付き合ってほしい」


リシェルの目に涙が浮かぶ。


「……はい」


こうして、リシェルお嬢様の恋は、

最悪のイベントを経て――


カイルルートを無事攻略した。


私は公爵子息との縁を取り持った事を認められ、

リシェルの推薦で正式に“お付きの侍女”へ昇格。


やれやれ、と頬の傷をさすっていたら――


「ミレイユ」


リシェルが封筒を差し出す。


「あなた宛に手紙を預かったわ」


「……え?」


学園の校章が入った封筒。

筆跡は――男のものだった。


……私にも、フラグが立ったみたい。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
ライバル令嬢はどうしたんだろ。
リシェルさん、ミレイユさん、おめでとうございます。  アリサさんは若干……どころでないレベルで欲張りすぎたようですね(汗)。
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