乙女ゲームの侍女に転生したので、モブお嬢様の恋を応援した結果
キャーーッ!
「ふざけんな!!」
アリサ男爵令嬢が、リシェル伯爵令嬢の髪に掴みかかっていた。
「やめて! やめてください!」
ミレイユが必死に引き剥がそうとするが、勢いが強すぎる。周囲は悲鳴とざわめきで、カオスだった。
「誰か! 助けてください!!」
――どうしてこうなった?
◆
数週間前。
「はぁ……」
紅茶を淹れていたミレイユは、ふと手を止めてリシェルを見る。
常に令嬢の見本のように背筋を伸ばしているが、今日はいつもより肩が落ちている。
「リシェルお嬢様。顔色が……何かありましたか」
「……ちょっとね……なんでもないわ」
リシェルの手元には、恋愛小説。
表紙を伏せて、隠すように抱えている。
「……もしかして。恋のお悩みですか?」
「えっ……そ、そんな事ないわ!」
耳まで真っ赤にして首を振る。
ミレイユは口元を押さえて微笑んだ。
「素敵なことじゃありませんか。旦那様も、お嬢様には気に入った相手との縁談を望まれていますし」
「ええ……そうだけど……」
「お嬢様でしたら、お相手も喜ばれます」
「そうかしら……」
「はい、もちろんです」
リシェルは期待と不安が混ざった目で、さらに言葉をこぼす。
「でも、彼はとても人気者なのよ?」
「そうなのですか?」
「ええ。それに、いつも女生徒に囲まれていて……背が高くて、笑うと片えくぼがあって、黒目が綺麗で……」
具体的すぎる説明に、ミレイユは紅茶を注ぐ手を止めた。
「もしかして……カイル様ですか? 女たらしで有名な」
「!! どうしてわかったの!?」
リシェルは勢いよく顔を上げ、すぐに唇を尖らせる。
「そんなことないわ。優しい方よ」
「優しい……ですか」
「わたくしが困っていた時に、さっと助けてくださったの。何も見返りを求めない感じで……」
ミレイユは、学園で見かけたカイルの姿を思い出す。
美男子で人当たりが良く、誰にでも軽く声をかける。人気が出ないはずがない。
リシェルはおとなしく、積極的な性格ではない。
――でも。
身分の低い侍女相手にさえ、リシェルはいつも丁寧で優しい。
恋に苦しむ主を、見て見ぬふりはできない。
……とりあえず。脈があるか、調べよう。
◆
その翌日、学園の校門にミレイユは立っていた。
貴族の学園には、付添人の出入りが認められている。
荷物の受け渡しや体調対応のため、侍女が来ることは珍しくない。
門番にリシェル家の通行札を見せると、あっさり通された。
「あらミレイユ。どうしたの?」
校舎前でリシェルが振り返る。
「お嬢様、忘れ物をされたと」
「まあ。わざわざありがとう。でも必要ないのよ?」
「え、そうなんですね……失礼しました」
くすっと笑うリシェル。
「それでも来てくれて嬉しいわ」
こうしてミレイユは、自然な顔で学園へ潜り込んだ。
リシェルの後を歩いていると、急にリシェルが足を止める。
視線の先にいたのはカイルだった。
その隣には目立つコサージュを胸につけた令嬢――アリサがいて、親しげに笑っている。
「カイル様。このコサージュ、似合ってますかぁ?」
猫なで声でアリサはカイルの腕に手を添える。
カイルは軽く笑った。
「似合ってるよ。華やかだな。君らしい」
「まあ、嬉しい!」
二人は笑いながら、リシェルの横を通り過ぎる。
リシェルは、目を伏せたまま立ち止まっていた。
ミレイユはアリサの後ろ姿を見送る。
――なるほどね。
帰り道の馬車で、リシェルは窓の外を黙って眺めていた。
「お嬢様。不躾ですが……確かにカイル様は、難易度が高い方です」
リシェルがびくりと肩を揺らす。
「……やっぱり、そうよね」
「ですが、お嬢様の努力次第で可能性はあります」
「えっ……でも彼は他の方と……」
「ええ、ですが。見ている感じ、カイル様は表面上愛想よくしているように見えました」
リシェルが瞬く。
「……たしかに、時々少し遠い目をされてる気が」
「それに気づかれているお嬢様なら大丈夫ですよ」
ミレイユは穏やかに言った。
「カイル様は、自分を思いやる相手を求めているのでは。お嬢様はぴったりかと」
「本当……?」
ミレイユは頷いた。
「お嬢様が挑まれるなら、微力ながらお手伝いさせていただきます」
しばらく考え、リシェルは唇を結んだ。
「……頑張るわ」
よし。
こうしてカイルとリシェルを結ばせるミッションが始まった。
まずは出会いの場を作る。
そして、印象を残す。
学園の旧図書棟の裏、
蔦に覆われた小さな読書室。
カイルはここで一人で過ごすことが多い。
そこにリシェルを待機させる。
読書室の扉が、きい、と鳴った。
「あれ。先約かな?」
リシェルが振り向くと、カイルが立っていた。片手に本を抱えている。
「あ……ご、ごめんなさい……」
「いいよ。俺の専用ってわけじゃないし」
カイルは棚を眺めたあと、
リシェルの持つ本――哲学書に目を留めた。
「……君、それ読むの?」
「はい……興味があって……」
「意外。どういうところが?」
リシェルは少し迷い、静かに言った。
「人は、優しくできない時ほど……本当は優しさを求めている気がして」
カイルの動きが止まる。
「……へえ」
「変ですか?」
「変じゃない。面白い」
カイルは小さく笑った。
「俺、そういう見方……あんまりしないから」
会話は自然と続いた。
ミレイユは壁際で待機していた。
――よし。印象は掴んだ。
敢えて学園での接点は、この程度に留める。
アリサが平時はびこっているからだ。
詰めすぎれば、横槍を入れられる。
その代わり、次の一手は夜会。
「この夜会に出ましょう。ドレスはこれ。髪はこう」
「どうして分かるの……?」
「勘です」
――ではなく、私が転生者だからだ。
カイルは何度も攻略済。好みも網羅している。
夜会にはアリサはいなかった。
しかし、リシェルは令嬢に囲まれたカイルを眺めるだけだ。
「お嬢様チャンスです。今こそ声をかけるのです」
「で、でも……」
「おや? 君も来てたの?」
カイルが先に気づいた。
「ドレス、似合ってる。髪も。いつもより表情が明るいね」
リシェルの頬が染まる。
「……ありがとうございます」
ほらね。
カイルは表面上は軽い。
でも本命ができたら一途。
リシェルは丁寧で、誠実で、嘘をつかない。
相性は悪くない。
一方――
アリサは今日も、チートアイテムのコサージュを揺らしながら男子に囲まれていた。
「クロード様ぁ、この課題がわからなくてぇ」
「ああ、アリサ嬢。 教えてあげるよ」
……相変わらずだ。
でも、誰か一人に絞っている様子はない。
「ミレイユ……今日も、カイル様とアリサ嬢が……」
「大丈夫ですよ。お嬢様」
アイテムのモテは、表面だけ。
自分磨きや、丁寧なコミュニケーションの積み重ねがないと、結ばれない。
アリサは、脅威ではない。
――問題はライバルの公爵令嬢ソフィアだ。
去年の夜会で、
三人の令嬢を泣かせている。
褒めすぎず、媚びすぎず、距離を取りすぎない。
近づきすぎれば腰巾着にされ、遠すぎれば敵扱いされる。
ミレイユは、リシェルにちょうどいい立ち位置を叩き込んだ。
そうしているうちに――
二人は学園で、並んで下校する仲になった。
「今日も楽しかった」
「……はい」
カイルは少し照れたように言う。
「君といると、俺……無理して笑わなくていい気がする」
リシェルは驚き、そして微笑んだ。
好感度が高い時のセリフだ。
いい感じ。あと一歩。
◆
――その矢先だった。
「お前転生者だろ!!」
アリサが発狂したのだ。
「モブのくせに!! でしゃばんな!!」
「誰か! 助けて!」
どよめきの中を割って、カイルが駆けつけた。
「アリサ!? 彼女から離れろ!」
カイルがアリサを引き剥がし、リシェルを抱き寄せる。
「カイル様!?」
アリサがはっとする。
「ち、違うの! その子が……その子が、私の邪魔をして――!」
「邪魔?」
アリサは震えながら叫ぶ。
「だって! 本来は私が――!
皆、私を好きになるはずなのに!
この子のせいでおかしいのよ!」
周囲は困惑していた。
「何を言っている」
カイルは冷たく言う。
「俺の意思を、決まっているものみたいに言うな」
アリサは教師によって連行された。
リシェルは、カイルに庇われた腕の中で息を呑む。
「……怪我は」
「……だ、大丈夫……です……」
ミレイユも引っかかれてボロボロだった。
頬に熱い線が走り、服も乱れている。
よ、よかった……収まった……
二人を見ていると、ふいに隣から、差し出される手があった。
「大丈夫か……?」
振り向くと、男子生徒が手を差し出していた。
「え……あ、はい……ありがとうございます」
その手を取って、ミレイユは立ち上がった。
◆
騒動後、カイルはリシェルの前に立った。
「巻き込んだ責任がある。……いや違うな、それは言い訳だ」
一度息を吸い、言う。
「君は、俺を理解しようとしてくれた。それがとても嬉しかったんだ」
「カイル様……」
「俺は君が好きだ。
婚約を前提に、付き合ってほしい」
リシェルの目に涙が浮かぶ。
「……はい」
こうして、リシェルお嬢様の恋は、
最悪のイベントを経て――
カイルルートを無事攻略した。
私は公爵子息との縁を取り持った事を認められ、
リシェルの推薦で正式に“お付きの侍女”へ昇格。
やれやれ、と頬の傷をさすっていたら――
「ミレイユ」
リシェルが封筒を差し出す。
「あなた宛に手紙を預かったわ」
「……え?」
学園の校章が入った封筒。
筆跡は――男のものだった。
……私にも、フラグが立ったみたい。
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