小瓶の中の妖精
風見「僕達は、小瓶の中の妖精だ。・・・ここから出たら生きていいけない。みんな死んでしまうんだ。」
皇「・・・・・そんな事、言わないで。」
風見「みんな分かっている事なんだ。僕達も先生も村の住人はみんな知っている。知っているけど、口にしない。言ったところでどうしようもないからだ。」
皇「そんなこと、そんなこと、ないわ!」
風見「・・・君は現実を知らないだけだ。」
皇「せっかく歓迎会なのに、来てくれないなんて、あなた、相当、変わり者ね?」
風見「・・・・・・その、変わり者に、声をかけてくる、君の方こそ、相当、変わり者なんじゃないか?」
皇「初対面の人間に対して、・・・・変わり者なんて、失礼しちゃうわ。」
風見「それは、おおよそ、僕のセリフじゃないのか?」
皇「そう?」
風見「主役がいなくなっちゃぁ、まずいんじゃないのかい?」
皇「主役? お人形さんが主役なんだから、別に、私である必要がないわ。 それに、そのお人形さんがいなくなったのも気が付かない。・・・・大した主役よ。」
風見「田舎っていうのはそういうのを大事にするんだ。仮に、君にその気が無くても、お人形の役割を与えられたんなら、全うすべきだ。みんな、お人形の君を大事にしているからね。」
皇「・・・・・・あなた、ハッキリ言うのね。」
風見「べつに。見慣れているだけさ。・・・・お人形さんは、ときどき、やってくるからね。」
皇「まぁ。そうでしょうねぇ。」
風見「そのたんびに、お祭り騒ぎだ。この辺境の、片田舎、山村には娯楽がないからね。・・・・・ハメを外す良い口実なんだよ、君は。」
皇「ああ。・・・冷めてるのね。ううぅん?それとも、リアリスト?」
風見「どっちでもない。・・・・僕はここの住人だよ。」
皇「あなた、名前は?」
風見「・・・・自己紹介は、まず、自分からするべきだろう?」
皇「学校でしたけど? 聞いていなかった?」
風見「・・・・・・。僕の名前は、風見。風見爽介。君と同じ中学三年だ。」
男「あ、いた、皇さん。今日は、歓迎会だ。主役がいなくちゃはじまらないよ。ほら、飲んだ、食べた! おい、爽介! お前も、食っていけ! どうせ家に帰っても、ろくなモンないだろ?」
風見「村に、よその女の子が来れば、この騒ぎだ。・・・・・ああ、別に変な意味じゃないよ。まあ単純に年頃の女の子がいないからね。オバサンか、子供か、どっちかだ。」
皇「あ、そう。それじゃぁまるで本物のお人形さんね。」
風見「ま、おかしな事にはならないとは思うけど、それなりに、注意をしておいた方がいい。」
皇「心配してくれるの?」
風見「・・・・どうして、そうなるんだ?」
皇「いや、だって。まぁ、心配してくれるのはありがたいけど、大丈夫。銃社会の生活が長かったから。」
風見「銃?」
皇「そう。私、最近まで、アメリカにいたの。ま、アメリカだから銃社会って事じゃないけど、自己防衛が食事のマナーみたいな国だから、危機管理っていうの?そういうの、自然に身に付くのよね。」
風見「・・・・・」
皇「心配してくれてありがたいけど、もし、何かされそうになったら、反対に、私、殺しちゃうかも知れないけど。・・・・正当防衛の名の下に。」
風見「あ、そう。」
皇「なに?信じてないの?」
風見「別に。君に、それほど、興味がないだけだ。」
皇「なにそれ? さっき自分で言ったじゃない。村に年頃の女の子がやってきたのよ? 仲良くなりたいとか、そういう風に思わないの?」
風見「・・・・・いやぁ。」
皇「これだから童貞は。」
風見「・・・・童貞?」
皇「あのねぇ。・・・・・外国じゃぁ、挨拶代わりに、女の子がいたら、口説くもんよ?それが礼儀。マナーなの。・・・・・・どこの国でも、あなたみたいな童貞を拗らせた奴はいるけどね。真面目と礼儀を履き違えている、童貞野郎が。ほら、可愛いって言ってみなさいよ?」
風見「・・・・・君は馬鹿なのか?」
皇「・・・・・・・。」
先生「では、留学生を紹介します。・・・・皇、瑠思亜さん。」
皇「皇です。皇瑠思亜です。中学、三年生です。」
先生「皇さんは、県内有数の進学校からの山村留学で、この、分校に来ました。皆さん、よろしくお願いしますね。」
皇「短い間ですけど、よろしくお願いします。」
風見「分校なんて言っているけど、体のいい、子供の世話係りなんだよ。」
皇「ああ、なんとなく分かる。」
風見「未就学児も含めて、小学生、中学生を、まるごと、ひとつの学校に押し込んでいるだけ。子供をぜんぶ、集めたところで、たかがしれている。・・・・税金を使った託児所だ。」
皇「要するに、一番、歳上のあなたが、下の子の面倒を見てるってわけね。」
風見「・・・・・要さなくても、そうだ。見れば分かるだろ。」
皇「それで、親御さんは仕事が出来るんだからいいじゃない。託児所でもなんでも。」
風見「君はまるで分かっていないな。託児所なんて言うが、僕は、生まれてこのかた、ずっと、そうだ。赤ちゃんが出来れば、面倒を見るのは、ぜんぶ、僕だ。どうして僕が他の家の子供の面倒を見なければならない?おかしいと思わないのか?」
皇「・・・・・・それであなたも、あなたの家族も恩恵を受けている。悪い話じゃないじゃない。あなたにとっては苦痛でも。」
風見「・・・・・それはそうだが。」
皇「私は息抜きにちょうどいいけど。」
風見「君。・・・・中学三年だろ?受験だろ? そんな呑気に構えていていいのか?それとも、進学校ゆえの余裕って奴か?」
皇「私、もう、大学卒業しているから。」
風見「は?・・・・・・・何を言っているんだ、君は?」
皇「私、飛び級で、もう博士号、持ってるの。向こうで大学、卒業したんだけど、日本に帰って来ても、特に、やる事もないじゃない?だから中学生、やってるの。それだけ。まぁ、だから、別に、高校行かなくても、構わないの。」
風見「・・・・・・」
皇「だから山村留学も応募してみたのよ。私、人より時間、使えるし、興味もあったし。あ、・・・・・信じてない?」
風見「君は、・・・・・いや、なんでもない。」
皇「? なによ?」
風見「君は僕の常識では測れない人間だな、と思っただけだ。」
皇「・・・・・あのねぇ、思っただけなら、口に出さないで。反応に困るじゃない。」
風見「君が聞いてきたから答えただけだ。」
女の子「ねぇ瑠思亜ちゃん。ここ、勉強、教えて。」
皇「うん、いいわよ。」
女の子「わぁーい、やったぁ」
男の子「町の女は、エロいパンツ、履いてるんだろ! 見せろ! わーい、スカートめ・・・・・ぎゃぁぁぁぁぁ!」
風見「おいおいおいおいおい、大丈夫か?」
男の子「離せ! 離せ! 離せよぉぉぉぉぉ! 手が抜けねぇぇええええええ!」
皇「ふん。私のパンツを見ようなんて百万年早いわ。」
男の子「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
皇「あなたが見たかったパンツじゃない?好きなだけ見させてあげる。 でも、もがけばもがくほど、私の内ももが、腕を締め付ける。・・・・名付けて地獄のまんりき挟み・・・・。あ、ちなみに、まんりきのマンは、女の子のマンとは、関係・・・」
風見「言わなくていいから、言わなくていいから、」
男の子「手がぁぁぁぁぁ、手がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、」
風見「ちょ、ちょ、君、君、・・・・もう、許してあげたら・・・・・」
皇「君? 私、ちゃんと、名前があるんですけど?」
風見「皇さん?」
男の子「爽介、助けろ! お前、兄ちゃんだろ! 手がぁぁぁぁ手がもっていかれるぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
皇「きひひひひひひひひひひひひ、二度と、女の子のパンツを覗いたり、スカートをめくったりしないと誓うか?」
男の子「誓う、誓う、誓う、ぜったい誓うからぁぁぁぁぁぁ」
皇「・・・・・・・じゃぁ、許す」
男の子「ぎゃぁぁあああ、あああ、手が、手が、手が死ぬかと思った。・・・・・おい、ブス! 覚えてろよ! このブス!」
女の子「あ~あ、行っちゃった。」
皇「ブスだって?」
風見「・・・・・・・・・」
風見「皇さん? 皇さん、いる?」
皇「・・・・・・。明かりが付いているんだから、いて、当然でしょう? 日本人は想像力が欠如しているの?」
風見「ステイの意味じゃない。ゼアの方。ゼア、ナウ。」
皇「・・・・・オバケと話、しているんじゃないんだから、いなかったら返事できないじゃない?そういう時は、ハローでいいのよ。」
風見「アメリカに行った事がないんでね。君と違って。教科書的な英会話しか出来ないんだ。」
皇「別に責めている訳じゃないわ。おかしいって思ったから、言ってみただけよ。・・・・それで。それで、夜に、女の子、一人の家に来るなんて。夜這いか何かかしら?」
風見「昼間は童貞だなんだって言っておいて、君は何を言っているんだ?」
皇「見直したのよ。童貞を卒業する勇気が出たのかと思って。」
風見「・・・・・・はぁ。・・・・・君と話をしていると本当に疲れる。母さんに言われて来たんだ。あ・・・・マザコンって言うなよ。そういう意味で母さんに言われて来たんじゃない。」
皇「・・・・あら、そう。」
風見「留学生は、どうせ、料理なんかしないだろうから、夕飯を持っていってやれって。肉じゃが。」
皇「ああ、ありがとう。」
風見「器は返さなくていい。あとで、勝手に、取りにくるから。」
皇「あ、コーヒーでも飲んでいく? 淹れるわよ?」
風見「いや、いい。それこそ、君の言う通り、夜這いになってしまうじゃないか。」
皇「でも、・・・・あなたのご両親。半分は、それを期待しているんじゃない? 留学生の女の子と、現地の男の子が、自然な流れで、交際する、とか?」
風見「君は本気でそんな事を考えているのか?」
皇「皇。皇、瑠思亜。」
風見「・・・・・・皇さんは、そんな事を考えているのか?」
皇「人の出入りが少ない山村で、あえて、都市部から留学生を受け入れているのは、”間違い”を期待しているからじゃない? 年頃の男女が、間違う事は、まま、ある事だと思うわ? そうやって、村の人口を増やして存続してきたんじゃないの?」
風見「・・・・・・君の想像は逞しいね。・・・・・・・僕も、言わせてもらうが。いいか? この手の公共事業は、税金が使われているんだ。一度でも、間違いがあったら、それで、事業は打ち切り。この山村にとって、何の利益にもならない。むしろマイナスだ。留学生を受け入れて、楽しませて、良い気分で、帰ってもらう。それが、この事業のキモなんだ。・・・・・だから、”間違い”は許されない。」
皇「あなた、まじめ」
風見「風見、風見爽介。僕にも、名前があるんだ。」
皇「爽介。」
風見「そう。」
皇「爽介は、まじめなのね。」
風見「こうやって、VIPに、夕飯の差し入れをするのも、村人の仕事なんだ。君が気分を害さないためにね。」
皇「・・・・その割に、あなたは、・・・・・爽介は、明け透けなのね。そんなに、素直に、全部、バラしちゃっていいわけ? 私は、何とも、思わないけど。」
風見「・・・・・・・・・君は頭のネジが足りていないみたいだから”直接”言わないと理解できないだろう?」
皇「まぁ。いいわ。その言い方は腹が立つけど、その通りだから、許してあげる。・・・まぁ、とにかく上がって。あなたが、”間違い”を起こさないっていうのは、分かったから。」
風見「だから、いいって。」
皇「肉じゃがのお礼よ。」
風見「・・・・・・・・・」
皇「こっちじゃ何ていうのか、知らないけど、キャンディポテト。キャンディ・スウィート・ポテト。」
風見「君が作ったのか?」
皇「ええ。スウィートポテトをもらったから。味は保証するわよ。」
風見「・・・・・」
皇「どう? 美味しいでしょう? 私、好きなのよね。スウィートポテト。」
風見「ああ、せっかくだから、好意にあまえて、コーヒー。もらおうかな。」
皇「学校にいないと思ったら、こんな所にいたの?」
風見「・・・・・・君は暇なのか?」
皇「歳下の子ばっかり相手にしているのも疲れるのよ。子供は好きよ。でも、べったりは嫌。」
風見「君みたいなゲストに任せていられる時は、僕が休める、唯一の時間なんだ。・・・・・もう少し、がんばってくれないか?」
皇「なによそれ? 託児所の任務を放棄する気? 敵前逃亡は銃殺刑よ?」
風見「費用対効果と言ってくれ。チビ達も、僕と遊ぶより、留学生と遊んだ方が珍しくて、喜ぶんだ。お互いに、ウィンウィンだろう?」
皇「そういうの屁理屈って言うのよ? あの子達が教えてくれたわ。”お兄ちゃんはどこに消えたの?”って聞いたら、”秘密基地”だって。・・・・・でも、ちゃんと訓練しておかないと駄目よ?簡単に、”秘密基地”をバラしちゃうなんて、兵隊としては失格だから。」
風見「・・・・・・・。そうだな。今度からはちゃんと教育しておかないと。”簡単に口を割るな”ってね。」
皇「男の子って、秘密基地って好きよね。国籍関係なく、好きよね。」
風見「そういうものなのか。」
皇「へぇ。・・・・・村が見渡せる。いい、景色ね。・・・・独り占めするなんて、許せないわ。」
風見「村の人間は、村に、興味がないんだ。もちろん、僕も興味がない。ただ、ここは一番、見晴らしがいいんでね。だから、長居するには丁度良い場所なんだ。」
皇「長居するの? じゃぁ、これ。食べる?」
風見「・・・・・・・・」
皇「見た事ない? クレープ。」
風見「・・・・・いくら田舎の人間だって、馬鹿にするなよ?」
皇「あら、そう。・・・・小さい子達は、初めてだって、喜んで、食べてたわ。」
風見「これで買収したのか?」
皇「そうよ。小麦粉を焼いた、こんなお菓子で、簡単に口を割ったわ。それで、食べる?」
風見「・・・・・・・・・ああ、いただくよ。・・・・・・見た事はあるけど、食べた事は、ない。」
皇「そう。味は保証するわ。・・・・・作り方、教えてあげましょうか?」
風見「・・・・・・・美味い。」
皇「あなた。男は料理しない、って顔、してるもんね?」
風見「最低限、生きる為に必要な事は全部出来る。米を炊く事も。米を作る方法も、魚を捕る事も、肉を削ぐ事も出来る。・・・・ただ、凝った料理は作りたいとは思わない。それだけだ。」
皇「そう? 料理が出来た方がモテるわよ? これ、世界共通。ま、カースト制の国は別だけど。」
風見「別に僕は、女にモテたいとか、思っていない。」
皇「思春期の男子はみんなそう言うわよね?」
風見「そうじゃない。・・・・女にモテようが、モテなかろうが、誰かと結婚して、嫁をもらって、家を継ぐ。だから、関係ないんだ。」
皇「あら。随分、冷めた人生観ね。まだ、中学生なのに。」
風見「君は外の人間だから、好き勝手言える。言いっ放しで帰るだけだ。でも僕は、ここに残らなくちゃいけない。ここに残って生活していかなくちゃならない。子供だろうが、大人だろうが、関係ないんだ。この村に生まれたんだから、この村で生きなくちゃならないんだ。」
皇「・・・・・いつの時代の話をしているの? そんな閉鎖的な、陰湿な話、ある? 聞いたことない。」
風見「時代は関係ない。それが、この村の、生き方だからだ。先祖がそうやって生きてきた。だから僕も同じ様に生きるんだ。おかしいか?」
皇「・・・・・・・。」
風見「閉鎖?笑わせるな。たかだか山と川を跨いただけなのに、壁があるみたいな言い方をする。隔たりを作って来たのは都市部の人間の方だ。同じ国の中にあったって、文化と価値観にズレが生じるんだ。この村は、たまたま、そういう立地にあった村だったってだけ話だ。たまたま、この、村に、生まれたのが僕。たまたま、だ。・・・・・だからって、僕は、それを否定しようとは思わない。たまたまだろうが、何だろうが、僕は、ここで生まれてしまった。僕の運命は決まってしまったんだ。」
皇「達観しているのね。爽介は。」
風見「達観しているのは瑠思亜、君の方だろう? まるで中学生だとは思えない。」
皇「お互い様でしょう?」
皇「驚かれちゃった。鶏を殺すの、躊躇しなかったから。」
風見「絞めるとか言えよ?」
皇「絞める?」
風見「・・・・・殺す事を言うんだ。」
皇「え? 同じ事、言ってるじゃない?」
風見「・・・・っ」
皇「なんで、笑ったの? 私、ジョーク、言っていないけど?」
風見「いやごめん。ごめん。・・・・つい。おかしくって。馬鹿にしている訳じゃないんだ。・・・・・瑠思亜が。瑠思亜が、」
皇「なによ?」
風見「日本人なのに日本語を説明していると思うと、おかしくって。・・・・いや、悪い。ごめん。」
皇「・・・・・・ああ。ああ、うん。」
風見「鶏を殺す事を絞めるって言うんだ。・・・・特に、食用にする時はね。他の動物も同じ。食用にする時は、絞めるって言うんだ。殺すって言うと、ただ、殺すだけだろう?絞めるっていうのは、その肉をいただくって言う意味もあると、思う。」
皇「・・・・へぇ。」
風見「アメリカじゃぁ、ご飯を食べる前に、”いただきます”って言わないのか?」
皇「・・・・言わない。」
風見「じゃぁ、そういう問題が試験に出たら、どう、訳すんだ?」
皇「・・・・・イッツ、イート? かしら? アメリカ文化では、食べる前に、神様に感謝の祈りを捧げるのよ。今日も食べる物を与えて下さって感謝します、って。」
風見「日本は、肉にしろ、野菜にしろ、その命をいただく、っていう考えで、いただきますって言うんだ。命をいただくって言う意味。神様には感謝しないけど、食べ物には、感謝する。その命をいただくことで、僕等は、生きて、いけるってね。」
皇「へぇ。文化の違いね。」
風見「瑠思亜は神様に祈りを捧げるとか言ってたけど、クリスチャンなのか?」
皇「別にそういう訳じゃないけど。向こうのホストの家が、クリスチャンだったから、真似してやってただけ。・・・・作法の一つよ。食事前のお祈りも、作法の一つ。」
風見「鶏を絞めるのにも抵抗が無いっていうのは、そっちで教わったのか?」
皇「そうね。・・・・・アメリカだって、田舎に行けば、飼っている動物を殺して、肉にするわ。・・・動物は、神様からのプレゼント、らしいから。」
風見「村の人間達からしたら、都会の女の子が、キャーキャー言って、怖がる所を見るのが、楽しみの一つなんだよ。要するに、レクリエーションのひとつ。・・・・都会に帰って、土産話になるだろ?鶏を絞めたって。」
皇「まぁそうかも知れないけど。・・・・・・じゃぁ、スーパーで並んでいるあのお肉は誰が、お肉にしたの?元の動物はなんだったの?、そういう風に思わないのかしら?」
風見「さぁ。そこまでは知らないけど。」
皇「家畜は食べる為に飼っているのよ? ペットじゃないわ。」
風見「・・・・・っ。」
皇「・・・・また、笑う。」
風見「瑠思亜は本当に面白いな。アメリカっていうのは、合理的な国なんだな。」
皇「アメリカの話じゃなくて、それは、食に対する価値観の話じゃない。アメリカ人だって肉はスーパーで買ってくる都市部の人間だって当然いるし、町にスーパーが一軒しかない田舎町だって当然の様にあるし。それは日本と変わらないでしょ?」
風見「瑠思亜は本当に面白いよ。瑠思亜といると本当に飽きない。」
皇「・・・・・私が、珍しいだけの話でしょう?爽介。」
皇「本当に綺麗な星空ね。・・・・・吸い込まれそう。」
風見「逆だろう? 地球の重力で、地面にしがみ付いているのが僕達の方だ。本来は、宇宙と僕等は地続きなんだ。」
皇「なに? 急に。ロマンチスト?」
風見「いいや。逆。僕はリアリストだと思っている。・・・・このまま、重力がなくなって、宇宙に、放り出されたらどんなに楽だろう?って。」
皇「地球の重力じゃなくて、村の重力でしょう?」
風見「・・・・・・。ああ、そうだ。村の、この村の、重圧だ。この重圧があるから、僕は、この村から、出る事が出来ない。」
皇「私が、・・・・・私が、連れ出してあげましょうか? ウエンディ?」
風見「僕がウエンディ? じゃぁ君がピーターパン? はははははははは」
皇「おかしい?」
風見「ああ。女の君がピーターパンで、男の僕がウエンディ。それに、ピーターパンは夢の中に子供を連れ出すんだ。・・・・逆だろう? 何もかもが逆だろう?」
皇「そうかしら?」
風見「むしろここが、この村が、現実離れした夢の世界だ。・・・・・・瑠思亜。僕は、夢の世界の住人なんだよ。」
皇「やっぱりロマンチストはあなたの方じゃない。」
風見「君はやっぱりウエンディさ。ピーターパンの僕を、現実世界に、連れ出すんだ。でも、ピーターパンは現実世界じゃ生きられない。」
皇「ピーターパンは子供の夢の中でしか、生きていられない。永遠の子供だから。でしょ?」
風見「ああ。・・・・・ここの村の住人は、永遠の子供達さ。・・・・・・・別にそれが悪いって訳じゃない。僕等は、ここでしか、生きていけないんだ。」
皇「・・・・そうやって、決めつけているからでしょ? 一歩、踏み出せないから、踏み出す勇気がないから、ピーターパンはずっと、夢の中でしか、生きていけないのよ。」
風見「簡単に言ってくれるなよ。現実の世界で生きるウエンディは、いつか、ピーターパンに愛想を尽かして、夢の国を出ていく。そうやって、夢の国は忘れ去られてしまうんだ。」
皇「決断するのはあなたじゃない。あなたが決断しない限り、夢の国からは出られない。」
風見「・・・・・僕はとっくに決断している。僕は、この村で生きていく。」
皇「爽介。それは諦めているだけじゃない。それは決断とは言わないわ。」
風見「・・・・・・偶然、村に来ただけの、女のくせに、随分、言うな。」
皇「ええ。偶然、村に来ただけの女だから、随分、言うのよ。・・・・あなたの目を見ていると、どうしても、言いたくなる。」
風見「・・・・・・」
皇「諦めたなら、決断したなら、そんな、寂しそうな眼をしないで。いい? そういうのが一番嫌い。」
風見「瑠思亜に何が分かるんだ?僕の何が分かるんだ?」
皇「分からないから言えるのよ。人を羨むような眼。でも自分はここの人間だからそれを全うしなくちゃいけない眼。葛藤する眼。助けを懇願する眼。憐れみの眼。・・・・・・あなたは、悲劇を気取っているだけ。落胆している、フリをしているだけの眼。
私に言わせているだけじゃない。どうせ、何も変わらないけど、逃がして欲しいって。言わせているだけ。
私、そういうのが一番嫌い。」
風見「君に嫌われようが僕は一向に構わない。僕と君は、留学生と、村の住人に過ぎないんだ。時が経てば、君はここからいなくなる。そして、僕の心は、平穏に戻る。・・・・・君が僕を、僕の心を掻き乱すんだ。」
皇「・・・・・・・・・弱い、弱い、心の弱いピーターパン。爽介。あなたは、自分の足で、地面を歩く事が出来ない。世界を歩く事が出来ない。弱い、弱い、ピーターパン。ただただ怖いだけなのよ。外の世界を知る事が怖いだけのピーターパンなのよ。」
風見「瑠思亜。・・・・・・君と僕の相性は最悪だ。
だって、そうだろう?」
皇「そうね。最悪ね。」
風見「僕はこの村でしか生きていけない。僕の世界はここだけ。でも、君の世界は、あまりにも大きい。この星が、君の世界だ。この星だけじゃ足りないかもしれない。出会ってはいけなかったんだ、僕と君は。あまりにも生きる世界が違い過ぎる。」
皇「私は風。留まる事を知らない、風。・・・・あなたは、風に憧れる小さな木。星空を見上げる事しかできない小さな木。その木は、この小さな山村に根を降ろしてしまったが為に、どこへも行く事が出来ない。」
風見「風に憧れた所で、木が、飛んで行けるはずもない。僕と君は、最悪の相性さ。
僕は、君に憧れている。僕は、本当に、君に、ここから連れ出して欲しいと、願っている。でも、所詮、無理なのさ。僕は、ここでしか生きられないから。
僕は君が好きなんだ。君は、僕に無い、風、そのものだから。」
皇「私もあなたが好き。
私は、大風を起こし、荒れ狂う嵐になって、あなたを襲うかも知れない。あなたのその貧弱な、根っこで、私の風に耐える事が出来る?」
風見「ああ。耐えてみせるさ。僕は大木になって、巨大な森になって、どんな突風にも耐えてみせる。」
皇「・・・・試してみる?」
風見「・・・・ああ。」
皇「爽介。あなたに足りないもの、何か、分かる?」
風見「・・・・・」
皇「足りないものばっかりよね。」
風見「君は何でも持っているような言い方だな。」
皇「私はあなたと違って、”知らない”ことを”知っている”。・・・・あなたと違って”知らない”ことを”知らない”人間じゃないわ。」
風見「・・・・”知る”必要がない物を”知る”意味があるのか?」
皇「それがあなたに足りないところよ。ここに居たら、すべてが充足して、満足してしまう。ここは楽園。そして、箱庭。ここに居れば苦労も不幸もない。だって、他と比べる必要がないから。」
風見「ああ、まるで聖書に出てくる楽園そのものだ。アダムとイブが、ヘビにそそのかされて禁断の知恵の実を食べてしまったばっかりに、アダムとイブは楽園から追放されてしまう。・・・・・おおよそ君は、僕に、知恵の実を食べさせるヘビ、そのものか。」
皇「きひひひひひひ。言い得て妙ね。・・・そう。私は、あなたを堕落させたいの。そして、彼の地から追放される。それを望んでいる。」
風見「瑠思亜。・・・・・”知らない”ことは”罪”なのか?」
皇「ええ。”知らない”ことは”大罪”だと思うわ。あなたに、それをさせてこなかった、他の人達は、それ以上の罪よ。
あなたには”知恵”がある。でも足りないものがある。それは”知識”。あなたには圧倒的に”知識”が足りない。外に出ないから、外界に出ないから、知識が圧倒的に足りない。
あなたは、得られるはずだった知識を持ち合わせていない。あなたはきっと、もっと、貪欲に、知識を求める人間のはずだわ。もっと、もっと、知識が欲しい。あなたの脳は、渇いた砂のように、貪欲に、知識を求める。・・・・・あなたはそれを恐れている。
世界を知ってしまうのが怖いから。この、小っぽけな世界に生きているのが怖くなるから。」
風見「人間である以上、”知る”欲求に抗う事は出来ない。それは分かっている。・・・・・ここに居れば、退屈だけど仕事があって、畑を耕し、動物を狩って、食べる物に不自由はしない。欲しいものもないから金もいらない。だけど、足りない。”知識”が足りない。」
皇「裕福ではないけれど平和で、そして長閑で。・・・・・楽園だけど、とても原始的な生活しかない。穢れがないけれど、それ故に、危うい。”知らない”と騙される。搾取される。・・・・・あなたを貶める相手は間違いなく人間だもの。
”知恵”と”知識”そして”経験”、あなたに足りないものばかり。」
風見「ヘビはそうやって、アダムとイブに囁いて、知恵のリンゴを食べさせたんだろう?
神の怒りに触れ、楽園を追放されたアダムとイブは、幸せだったのだろうか?」
皇「幸せかどうかはアダムとイブ、本人達が決めること。ただ私は思うわ。決して、幸福ばかりじゃなかったと思うけど、苦しみ、憎しみ、飢え。困難の連続でも、人間らしい、人間としての幸福は手に入れたと思うわ。誰にも邪魔されない、神様ですら束縛できない、人間としての自由が。
自由には責任が伴う。その責任こそが、知恵の実、そのものだったんじゃないかしら?」
風見「何をするのも責任を伴う。自らの意思、それを選択し、実行する、責任。・・・・・・とてもアメリカらしい考え方だよ。いやキリスト的と言うべきか。」
皇「この世に神様はいると思う? もしいるならそれは残酷な神様ね。あなたをこんな小っぽけな村に縛り付けているんだから。」
風見「いや、僕に君を会わせた、その事こそ、残酷の極みだよ。僕は君を知らずに生きていきたかった。そうすれば、こんな苦しい想いをせずに済んだはずなのに。」
風見「僕は君を愛している。」
皇「・・・・安っぽい言葉ね。」
風見「言葉じゃ、僕の気持ちを君に、分からせる事が出来ない。僕もそう思う。こんな安い言葉じゃないんだ。僕の気持ちは。」
皇「爽介。あなたの気持ちは理解できる。私も同じ気持ちだもの。安い言葉じゃ陳腐になる。・・・・この気持ちを表現出来ないのが歯痒くてもどかしい。」
風見「僕も、同じさ。瑠思亜。」
皇「あなたに出会って、過ごした、この時間さえも、私の一生の中では、まるで泡沫の夢。」
風見「同じ時間なのに、こんなに密度の濃い時間を過ごしたのは初めてだ。そして、今後一生、こんな想いをすることも無いだろう。」
皇「この気持ちは永遠だと思う?」
風見「いや。明日になれば二人共、忘れてしまうよ。風邪と一緒だ。」
皇「そうね。」
風見「でも君と出会った事実、君と愛し合った事実、それは変わらない。記憶の中に蓋をされてしまっても、決して、この事実だけは変わらない。」
皇「あなたは・・・・・酷い人ね。」
風見「君の方こそ、悪魔みたいな女さ。」
皇「けっきょく、小瓶の中の妖精。ホムンクルスは、小瓶から出た瞬間、死んでしまいました。」
瀬能「死んじゃったんですか?」
皇「そう。小瓶の外の世界に憧れ、人間に憧れ、人間を愛してしまったホムンクルスは、死んでしまいました。・・・・・ホムンクルスにとって小瓶の外に出られた事が幸せだったのでしょうか? それとも、憧れを頂いたまま、小瓶の中で生きていた方が幸せだったのでしょうか?」
瀬能「・・・・えぇぇええ?」
皇「それは誰にも分かりません。・・・・・ホムンクルスにしか分からないのです。」
瀬能「いやいやいやいやいや えぇぇぇぇ? えぇぇぇぇ? ちょっと、ちょっと、それで、お終いですか?」
皇「お終い」
瀬能「いやぁ、ちょっと、オチを。オチをどうにかして下さい。してつかぁさいよぉぉおお!」
皇「お前なぁ! なんでもかんでも、話にオチを求めるなよ! これでいいんだよ、これで。含みを持たせた方が、絵本には、ちょうどいいんだよ、後は話を聞いた子が、独自に、解釈するんだから。」
瀬能「いやぁぁん、私はぁ、私は、瓶の蓋を開けた、人間が一番悪いと思います! だって死ぬの、分かってたんでしょ? 海の中で、ボンベのチューブ、外されるのと同じじゃないですか! 死にますよ!そりゃ死にますよ! そいつを殺すべきです! その、クソ人間を! ホムンクルスのカタキです!」
皇「お前なぁ、絵本ごときに熱くなるな! だいたい、お前が、安請け合いで、児童館の、読み聞かせ、頼まれたんだろ?」
瀬能「・・・・・・・はい。福祉活動の一環で。」
皇「お前のな。お前の方のな。」
瀬能「はい。私の自立支援の一環で。・・・・・だって、ご飯、食べさせてくれるって言うんですもん!」
皇「そりゃぁ仕事すりゃぁ、メシぐらい、食わしてくれるだろう?向こうも鬼じゃねぇんだから。」
瀬能「やっぱり、こういう、難しい話より、ドラゴンクエストとかファイナルファンタジーみたいな、分かりやすい話の方が、子供は喰いつくと思うんですよね。ファイヤーエンブレムだと難しいし、FFタクティクスだと重たいか? どう思います、ヘラクレスの栄光ぐらいが丁度いいでしょうか?」
皇「・・・・ヴィザードリィでいいんじゃないか?」
瀬能「洞窟もぐって、一番下にいる、魔法使いを倒しました! ちゃんちゃん! ・・・・・・馬鹿なんですか?瑠思亜は馬鹿なんですか? 何の教訓も得られませんよ!親御さんから非難ゴーゴー、GOGOGOGOですよ!」
皇「・・・・知るか、自分で考えろ。」
瀬能「ああ、でも、もし、その、ホムンクルスが生きていたら、どうだったんでしょうか?やっぱり幸せになれたんでしょうか?」
皇「ああ、そうだな。・・・・・案外、図太いかも知れないぜ? 環境に合わせて生きて行こうとする適応力が生きものにはあるからな。」
瀬能「あ、ちょっと、瑠思亜、もう、帰るんですか? もうちょっと一緒に考えて下さいよ!」
皇「約束があるんだ。クレープ焼いてやんねぇといけねぇんだよ。」
瀬能「クレープ?」
皇「たまに食わしてやらねぇと機嫌が悪くなるんだ。」
瀬能「はぁ。そんな人がいるんですか?」
皇「でもな、きひひひひひひひひひひ、クレープぐらいで言う事を聞くんだ、安いもんだろ?」
※全編会話劇




