星の彼方で愛を紡ぐ
彩花は、東京の広告代理店で働く27歳の女性だった。華やかな都会の生活は、過労と人間関係の軋轢で彼女の心をすり減らしていた。特に、2年前に終えた恋人・悠斗との関係は、彼女に深い傷を残した。彼の裏切りと執着に耐えきれず、彩花は故郷の山間の町・星見町に逃げるように帰ってきた。
彩花は、東京の広告代理店で働く27歳の女性だった。華やかな都会の生活は、過労と人間関係の軋轢で彼女の心をすり減らしていた。特に、2年前に終えた恋人・悠斗との関係は、彼女に深い傷を残した。彼の裏切りと執着に耐えきれず、彩花は故郷の山間の町・星見町に逃げるように帰ってきた。
星見町は、夜空が澄み渡り、星が手に届きそうなほど輝く場所だった。彩花は祖母の古い家を借り、昼は地元のカフェで働き、夜は屋根に登って星を眺めることで心の平穏を取り戻そうとした。ある嵐の夜、雷鳴が響く中で隣家の屋根に人影を見つける。びしょ濡れの青年がそこに立ち、
「こんな夜でも星は見えるって信じてる」と笑った。
彼の名は颯太。星見町の天文台で働く天文学者志望の25歳だった。
颯太との出会いは、彩花にとって予想外の光だった。二人は嵐の夜の屋根の上で、星座や宇宙の話を始めた。颯太はオリオン座のベテルギウスについて熱く語り、
「いつか超新星爆発する瞬間を見たい。その時、誰かと一緒にいたい」
と語った。彩花は彼の純粋さと情熱に心を奪われ、久しぶりに笑顔を取り戻した。
翌日から、二人は毎晩屋根の上で会うようになった。颯太は天文台でのアルバイトの合間に、星の神話や科学的な事実を彩花に教えた。彩花は都会での生活では感じられなかった穏やかな時間を彼と過ごし、過去の傷が癒えていくのを感じた。ある夜、颯太が小さな望遠鏡を持ち出し、月面のクレーターを見せながら言った。
「宇宙は広大だけど、こうやって近くで感じられるものもある。彩花とこうしてる時間も、俺にはそんな感じだ。」
彩花の心は揺れたが、悠斗との過去が頭をよぎり、恋愛への恐怖が彼女をためらわせた。それでも、颯太の優しさと無垢な笑顔に、彼女は少しずつ心を開いていく。
夏が深まる中、彩花と颯太の関係は親密さを増した。颯太は彩花を天文台に招待し、巨大な望遠鏡で土星の環や木星の衛星を見せた。星空の下で二人は初めて手を繋ぎ、彩花は颯太の温もりに胸が高鳴った。
「この瞬間、永遠に続けばいいのに」と彼女は思った。
しかし、彩花の過去が静かに忍び寄っていた。悠斗からのメールが再び届き始め、最初は無視していたが、次第に脅迫めいた内容に変わった。
「お前は俺から逃げられない」
「星見町にいることは知ってる」。
彩花は恐怖に震えながらも、颯太には話せなかった。彼女は彼を巻き込みたくなかったのだ。
一方、颯太にも試練が訪れていた。彼の実家は地元の老舗旅館を営んでおり、父は颯太に天文学の夢を諦め、旅館を継ぐよう強く求めていた。ある夜、父との激しい口論の後、颯太は屋根の上で彩花に本音を漏らす。
「俺、星を追いかけたい。でも、家族を失望させたくないんだ。」
彩花は彼の手を握り、
「颯太の夢は私の希望でもあるよ」
と励ましたが、彼女自身の心は不安で揺れていた。
秋が訪れ、颯太に東京の名門大学院から天文学の研究プログラムへの招待状が届く。それは彼の夢への大きな一歩だったが、彩花との別れを意味した。彩花は彼の夢を応援したいと思う一方、悠斗の脅迫がエスカレートし、精神的に追い詰められていた。ある夜、悠斗が星見町に現れ、彩花を無理やり連れ戻そうとした。颯太は偶然その場に居合わせ、彩花を守るために悠斗と対峙するが、争いの中で腕に深い傷を負う。
病院のベッドで目を覚ました颯太に、彩花は涙ながらに謝る。
「ごめん、颯太。私のせいで…」
だが、颯太は弱々しく笑い、
「彩花を守るためなら、俺は何度だって立ち上がる。星がどんなに遠くても、輝き続けるように、俺の気持ちも変わらないよ」と言う。
しかし、事件をきっかけに彩花の心はさらに不安定になる。颯太が東京に行けば、自分はまた一人になり、悠斗の影に怯える日々が続くのではないか。そんな思いが彼女を苛み、颯太との距離を無意識に置くようになる。屋根の上の時間は減り、二人の間に沈黙が流れるようになった。
冬が近づく中、颯太は上京の準備を進めた。彩花は彼の夢を奪いたくないと思う一方、別れの恐怖に耐えきれず、ある夜、屋根の上で本音をぶつける。
「颯太が東京に行ったら、私のことなんて忘れるよね。私、過去に縛られてるのに、颯太は自由に夢を追いかけられるなんて、ずるいよ!」
颯太は彼女の手を強く握り、目を潤ませながら答えた。
「彩花、俺はお前を置いてくつもりなんてない。星は遠くても輝いてるだろ? 俺たちの心も、どんな距離があっても繋がってる。信じてくれ。」
その言葉に突き動かされ、彩花は自分の過去と向き合う決意をする。彼女は弁護士の助けを借り、悠斗に法的措置を取ることを決める。東京へ向かい、悠斗との対決に臨む彩花。激しい口論の末、彼女は自分の強さを初めて感じ、悠斗との関係に終止符を打った。
一方、颯太は家族との対話を重ね、父に自分の夢を認めさせる。父は渋々ながらも
「自分の道を進め」
と背中を押す。颯太は彩花に手紙を書き、
「俺は必ず戻ってくる。お前と星空を一緒に見るために」と綴った。
2年後、彩花は星見町で小さな天文教室を開き、子供たちに星の美しさを教えている。過去の傷は癒え、彼女は自分の居場所を見つけた。颯太は東京で天文学の研究を続け、超新星の観測プロジェクトに携わっていた。
ある冬の夜、彩花が天文教室の後に屋根に登ると、そこには颯太が立っていた。彼は国際学会での発表を終え、星見町に戻ってきたのだ。
「約束、守ったよ。彩花、俺の星はいつもお前だった。」
彩花は涙をこらえ、彼に駆け寄る。二人は抱き合い、オリオン座を見上げた。颯太が指差す先には、ベテルギウスが静かに輝いていた。
「まだ爆発してないけど、俺たちの愛はもう爆発してるよな」
と颯太が笑う。彩花は頷き、初めて心から自由を感じた。
さらに数年後、颯太は星見町に小さな天文台を設立し、彩花と共に運営を始めた。二人は地元の子供たちや観光客に星の魅力を伝え、町に新たな活気をもたらした。ある夜、国際天文学会からベテルギウスの超新星爆発の兆候が観測されたとのニュースが届く。
颯太と彩花は町の皆と天文台に集まり、望遠鏡を覗く。爆発はまだだったが、その夜、流星群が空を彩った。彩花は颯太の手を握り、
「私たちの物語は、この星空みたいに終わらないよね」と囁く。
颯太は彼女を抱き寄せ、
「宇宙が終わるまで、俺はお前と一緒にいる」
と誓った。