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童話・SF・コメディー・その他

聖女の裏の顔を、私はまだ知らない

「さあ、真実の愛のキスを!」


 神殿の女神像の前で、大神官様が声高らかにキスを促す。


 よくある童話なら「真実の愛のキス」と言えば、王子様がお姫様にするものだけれど、現実は違う。


 呪いにかけられて眠っているのは、この王国の第一王子アルバート様で、キスしようとしているのは異世界から現れた聖女サナだ。


 私は、その絵画のような光景を見つめながら、ズキズキと痛む胸をそっと押さえる。


 アルバート様──子供の頃から想いを寄せていた幼馴染の王子様。気持ちを知られるのが恥ずかしくて、よく憎まれ口を叩いてしまったけれど、こんなことならもっと素直になっていればよかったかもしれない。


 そして聖女サナ──ある日、異世界からやって来た美しい少女。圧倒的な神聖力と、優しく清らかな心の持ち主で王国中から愛される彼女は、アルバート様からも大切にされている。


(……でも、彼女ならそれも仕方ないわね)


 当初は二人の仲が縮まっていくことに嫉妬して、サナに憎しみを抱いてしまったけれど、そんな私も彼女の優しさにあっという間に絆されてしまった。


 サナは、私が伯母様から長年にわたって陰湿な嫌がらせをされていることに真っ先に気づいて助けてくれた。惨めで孤独だった私の心に寄り添って、優しく慰めてくれた。


 あの日から私たちは親友になり、サナにはアルバート様への想いを打ち明けて相談することもあった。


 サナは私の恋が叶うよう手伝ってくれると言って、花のような笑顔を見せてくれた。


 ──でも、結局こうなってしまった。


 きっと、サナのキスでアルバート様は呪いから目覚め、真実の愛で結ばれた二人は結婚する。

 だって、神託でそう告げられているから。


 女神様のお告げは絶対だ。

 私がどれだけ深くアルバート様を愛していても、お告げを覆すことなんて出来はしない。


(もうアルバート様のことは諦めないと……。でも……)


 ひとつだけ、気になることがあった。

 さっきサナが台座に横たわるアルバート様の元へ向かうとき、こう言ったのだ。


 ──やっとこの時が来たわ。


 愛らしい口もとを、わずかに歪ませながら。


 あの表情は一体なんだったのだろう。

 まるで人知れず何かを企んでいたような……。


(まさか──)


 嫌な予感が胸をよぎり、どくどくと大きくなる鼓動を必死に抑えようとしたその時。


 サナの唇がアルバート様の唇に触れた。


「おお……! 聖女のキスで王子殿下がお目覚めに──」


 神殿内に響いた大神官様の声が、そこで止まった。

 そして、続きの言葉をサナの可憐な声が紡いだ。


「あら、わたしのキスでは目覚めないようですね」


 えっ? サナがキスしたのに目覚めない……?


 どうして?

 女神様の神託は絶対なのに……。


 その場にいる誰もが動揺する中、サナが「もしかしたら……」とよく通る声で呟いた。


「わたしたちは神託の内容を読み違えていたのかもしれません」

「何だって……?」


 大神官様が驚いて返事をすると、サナは集まった人々に向かって語り始めた。


「神託の御言葉はこうでした──『聖なる乙女のキスが王子の呪いを解くだろう。その乙女こそ、王子と真実の愛で結ばれた運命の相手である』」

「そのとおり。『聖なる乙女』とはまさに聖女のことだろう。何が間違っているというのだ」

「ですが女神様は『聖女』とは仰っていません。現にわたしが王子殿下にキスしても呪いは解けていないではありませんか」

「たしかにそのとおりだが……」

「つまり、『聖なる乙女』とは『聖女』のことではないのです。では一体誰を指すのかといえば……」


 そう言ってサナは、私に向かってにっこりと微笑んだ。


「エリザベス、あなたよ」

「えっ! わ、私……!?」


 突然、何を言い出すかと思えば……。

 私は神聖力なんて欠片も持たない普通の侯爵令嬢だ。『聖なる乙女』だなんてあり得ない。


 でもサナはなぜか自信にあふれた表情を浮かべている。


「エリザベスという名前には『神への誓い』という意味があるわ。女神への誓いはまさに神聖そのもの。その名を持つあなたは間違いなく『聖なる乙女』だわ」


 そ、そうなのかしら……?

 でもエリザベスという名前の令嬢は他にもいそうだけれど……。


 そんなことを考えているうち、いつのまにかサナが目の前にやって来て、私の手を力強く引いた。


「あなたから聖なる力を感じるわ。ほら、聖女であるわたしの言葉を信じて」


 私も含め、その場に満ちていた半信半疑の空気をサナの言葉が一掃する。


 聖女であるサナがそう言うのなら……。


「わ、分かったわ……!」


 私はサナに手を引かれるまま、アルバート様が横たわる台座の前へと進み出た。


 ……とはいえ、これから私がしなければならないことを考えると、やっぱり逃げ出したくなってしまう。


(ここでアルバート様にキス……!? 私が!?)


 こんなに大勢の人が見ている前で初キスを捧げるなんて難易度が高過ぎる。

 しかも、それで結局目覚めなかったら……?


 きっと国中の笑い話になるに違いない。

 恥ずかしすぎて二度と人前には出られなくなるだろう。


(……無理よ。無理無理無理無理無理無理……!!)


 悩んでいる間にどんどん緊張が高まってくる。心無しかアルバート様の顔も強張っているように見えてしまう。


(眠っていても綺麗なお顔ね……)


 私がつい素っ気ない態度を取ってしまっても、穏やかな笑顔を返してくださったアルバート様。もう一度、あのお顔を見せてほしい。


 そのためには、この眠りの呪いを解かなければならない。


(それに、この機会を逃せばアルバート様にキスなんて二度とできないかもしれない……)


 その夢が叶うなら、一生人前に出られなくなったっていいような気がする。


 私はようやく覚悟を決め、アルバート様の顔に自分の顔を近づけた。


「──アルバート様、失礼いたします」


 アルバート様の唇に私の唇を重ねる。

 想像よりも柔らかい感触にドキドキと胸が高鳴る。


(キスって、こんなに素敵なものなのね……)


 私のキスではアルバート様は目覚めないかもしれない。これはただの恥さらしの行動でしかないのかもしれない。


 でも、こんなに幸せな気持ちになれたのだから、やっぱり勇気を出してよかった。

 勝手に唇を奪ってしまったアルバート様には申し訳ないけれど……。


 ゆっくりと唇を離し、アルバート様の様子をうかがう。

 なんとなく頬に赤みが差しているような気がするけれど、湖水のように綺麗な水色の瞳は相変わらず閉じられたままだ。長身の身体もまるで台座に縫いつけられたようにぴくりとも動かない。


「……やっぱり、私ではダメだったみたいですね……」


 そう呟いた瞬間、今まで彫像のように無反応だったアルバート様が、突然プハッと息を吐いて起き上がった。


「……かかった……」

「えっ?」


 一瞬、「柔らかかった」と聞こえた気がしたけれど、すごく小さな声だったし、私の聞き間違いかもしれない。

 というか、それよりも……。


「アルバート様……!? 呪いが解けたのですか!?」


 私が驚いて声を上げると、アルバート様はすばやく私の手を取って勢いよく引き寄せた。


「ああ、エリザベス。君と僕は真実の愛で結ばれているようだ、結婚しよう」

「えっ」

「大神官、早く記録に残してくれ。僕の呪いを解いたのはエリザベスの真実の愛のキスであると」

「えっ、か、かしこまりました……」

「父上、母上。女神の神託に従い、僕はエリザベスと結婚しますのでよろしくお願いします」

「えっ、あ、結婚……」

「エリザベス、僕の呪いを解いてくれて本当にありがとう。愛しているよ」

「ふえっ、は、はい、私も……」


 呪いから目覚めたばかりとは思えないアルバート様の仕切りによって、次々と話が進んでいく。


 結局、このあとすぐに婚約式が行われ、私とアルバート様は半年後に結婚することになった。

 あまりのスピード感に頭が追いつかない。


(あら、でも……)


 ぼんやりした頭の中に、ふと疑問が湧いてきた。


(アルバート様はどうして神託の内容をご存知だったのかしら?)


 女神様の神託は、アルバート様が呪いで眠りについてから下されたものだ。

 だから目覚めたばかりのアルバート様が知っているはずはないと思うのだけど……。


「エリザベス!」


 怪訝な顔をしていた私に、サナが朗らかな笑顔で声をかけてきた。


「アルバート様との結婚おめでとう! わたしもすごく嬉しいわ!」

「サナ……ありがとう」


 サナが心から祝福してくれているのが伝わってきて、私も嬉しさで胸がいっぱいになる。

 そして、こんなに素敵な親友をわずかでも疑ってしまったことが本当に申し訳ない。


「……私ね、実はほんの少しだけあなたのことを疑ってしまったの。もしかしたら、私はあなたに騙されていたんじゃないかって……。そんなはずないのにね。本当にごめんなさい」

「エリザベス……」


 サナは一瞬どきりとした表情で固まったが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻って、私に抱きついてきた。


「私があなたを裏切るなんてこと、絶対にないわ。だってこんなに大切な親友なんだもの!」

「サナ……。ええ、ずっと仲良しの親友でいてね」

「もちろん! いつかあなたに子供ができたら、たくさん可愛がらせてちょうだいね」

「も、もうサナったら……! 気が早すぎるわ……!」


 私が恥ずかしがって言い返すと、サナは「ふふっ、楽しみにしてるわね」と幸せそうに笑った。



◇◇◇



 ──すべてが計画どおりに終わったあと、わたしは確定した幸せな未来を思い描きながら至福の笑みを漏らした。


『聖女サナ』、それがこの世界でのわたしの呼び名だ。


 突然、異世界に飛ばされてどうしようかと思ったが、この世界が人生最高の傑作漫画『異世界で愛され聖女になりました 〜溺愛も程々にしてください〜』、略して『できほど』の世界だと気づき、わたしは喜びに打ち震えた。


 漫画のストーリーは、ヒロインであるわたしが困っている人々を神聖力で救い、運命の相手である王子アルバートの呪いをキスで解いてハッピーエンドという流れだ。


 そう、王子アルバートの真実の愛の相手はエリザベスではなく、本当はわたしだったのだ。


 でも、わたしはそんな運命には抗うことにした。なぜなら……


 わたしの推しは別にいるから!


 アルバートの顔がいいのは認める。

 愛が重い爽やかな腹黒王子の魅力も理解している。

 でも、それ以上にわたしにとって魅力的なのが、ナサニエルなのである!!


 え? ナサニエルって誰だって?

 これだから、にわかファンは困る。

 

 ナサニエルは『できほど』公式ファンブック153ページに1コマだけ描かれているアルバート×エリザベスIFで生まれる幻の王子だ。


 黒髪赤目の少々生意気そうな雰囲気をまとったロイヤルショタの愛らしいことといったら!

 しかも将来は超絶美形に成長し、敵国の姫君と禁断の愛を育むという『運命に弄ばれし孤高の王子』なのである……(公式ファンブックより引用)。


 そんな癖どストライクのナサニエルを推さずに生きていけようか。否、不可能なり。


 そして幻の存在だったナサニエルを実在させられる世界線に来たオタクが、その欲望を我慢できようか。否、不可能なり。


 以上の理由から、わたしはナサニエル実在化作戦を成功させるべく、周到に用意を重ねて今日へと至ったのである。


 漫画の中ではややツンが強すぎたエリザベスを愛されツンデレ令嬢にするため、悪影響だった意地悪伯母を引きはがして断罪し。


 アルバートにはエリザベスの魅力を理解できるようツンデレ仕草の解読講座をレクチャーし。


 アルバートがエリザベスに沼ったのを確認後は、彼にこの後の流れ──アルバートが呪いで眠りにつき、わたしの真実の愛のキスで目覚めることを教えてやった。そして、わたしが考えた作戦のことも。


 だからアルバートは、わたしのキスで目覚めたあとも呪いが解けていないふりをし続け、エリザベスがキスしたあと、まるでそのおかげで目覚めたように振る舞ったのだ。


 アルバートの隠し切れない下心のせいで、ところどころ妙な言動が出てしまっていたが、無事婚約も完了できたのでよしとしよう。


 あとはアルバートが取引どおり、息子の名前をナサニエルにして、わたしを彼の家庭教師にしてくれれば今までの苦労も報われるというもの……。


「ダーーー!! 楽しみすぎるーーー!!!」


 思わず心の声を大音量で漏らしてしまったわたしは、慌てて両手で口をおさえる。


 危ない危ない。

 突然奇声をあげるヤバい人間だなんて噂でもされたら、ナサニエルの家庭教師になる約束を撤回されるかもしれない。


 待望のその日まで、人類の見本たる清らかで心優しい聖女でい続けなくては。


 わたしは誰にも聞かれないよう口もとを押さえたまま、小さな声で「でゅふっ」と笑みを漏らした。



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デュフフwwwキタコレw 短パン萌エwグフw ショタは見守り健全育成に注力しましょう!
このタイトル、『まだ』なのね……
YESロリショタNOタッチをギリ守れるか怪しい聖女と言うかむしろ性女。推しを壁になって見守るタイプのヲタならギリセーフ…いやアウトだろ。自重しろ(真顔) 王子は呪い解く為に犬に噛まれたと思って聖女のキ…
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