少年は気絶し少女は苦戦する
名古屋港コンテナヤード。鉄と潮の匂いが混ざり合うこの場所で、アクトと鍋島卓の斬り合いは、既に数分間、膠着状態に陥っていた。
「キン!」「ガキン!」
アクトの剣と、卓の巨大な剣がぶつかり合うたびに、火花が散り、コンテナの壁に鋭い傷跡を残す。アクトは、二式によって強化された剣で、卓の防御の隙間を縫うように高速の斬撃を繰り出すが、卓は巨大な剣を盾のように構え、その重さと防御力で全てを受け止める。
「チッ……埒が開かねぇ!」
アクトは、卓の剣を弾き、一瞬距離を取る。彼の全身は、卓の重い斬撃を受け止めた際の内出血と、かすり傷で血に染まっていた。不死者としての再生能力がフル稼働しているが、傷が治るそばから新たな傷が生まれるという消耗戦だ。
(多少の傷は与えている。だが、殺すまでには至らない。このままでは、俺の再生能力が妖力を食い潰すのが先か、卓の体力が尽きるのが先か……決め手がねぇ!)
一方の卓も、苛立ちを隠せない。
「このガキ……!傷を与えてもすぐに再生しやがる!本当に小癪だ!」
卓は、巨大な剣を地面に突き立て、荒い息を吐く。アクトの不死性は、卓の復讐心を嘲笑うかのように、何度でも立ち上がらせる。卓の渾身の一撃も、アクトにとっては一時的な痛みでしかない。
「螺炎!」
卓は、炎の塊を螺旋状に回転させ、アクト目掛けて射出する。アクトは、それを紙一重で避け、炎の塊が背後のコンテナを溶かすのを見届けた。
「クソッ、あの炎の威力は厄介だ。だが、このままでは…」
アクトが次の一手を思考した、その刹那だった。
「ドゴォン!」
衝撃音と共に、何かがアクトと卓の間に蹴り飛ばされてきた。
それは、全身を包帯で覆われた、小さな体躯。
「駒!?」
アクトが驚愕の声を上げた瞬間、上杉が一瞬で彼らの目の前に現れた。その速度は、アクトの一式に匹敵する。
上杉は、感情のない冷徹な視線で駒を見下ろし、追撃の蹴りを容赦なく叩き込んだ。
「グッ…!」
駒は、大量の血を吐血しながらも、手から伸ばした包帯で上杉の足を結び、思いっきり地面に叩きつけた。
「チッ」
上杉は、舌打ちと共に包帯を引きちぎり、妖術を発動させた。
「毒害針」
木でできた針が、大量に上杉の体から発射された。
駒は、軽く飛んでそれを避けた。
アクトも跳んで避けようとするが、卓が巨大な剣でアクトの足を叩き落とした。
「逃がすか、ガキ!」
アクトは、二式で防御するも、毒針を全身に受ける。
「ぐっ…!」
アクトは、「こんなもの!」と針を抜こうとするが、呼吸ができなくなり、パタリと倒れる。
「カハッ…ゴホッ…」
体が痙攣を起こし始め、視界が歪む。意識が遠のく中、アクトは苦しみに喘ぐ。
(クソッ…毒か…!こんな…こんなところで…!)
アクトの脳裏に、冷たい川の水と、電車に轢かれたあの瞬間がフラッシュバックする。
(また…死ぬのか…?いや…俺は…不死者だ…!)
アクトの体は、毒と再生能力の激しい戦場と化していた。毒が細胞を破壊する速度と、不死者としての再生能力が細胞を修復する速度。極限の攻防が体内で繰り広げられる。
「ゴボッ…」
大量の血を吐き出し、アクトは意識を失った。
「ん!」
駒は焦っていた。それもかなり。アクトはあの針を喰らって気絶をし、ボンリスは阿形と戦っている。そして1番恐ろしいのは、上杉が使ったあの針を出す妖術だ。あれに刺されたアクトは気絶をしている。ということは、同じような不死性を持っている駒も、あの針に刺されたら気絶をするかもしれない。今まで『避ける』という動作を不死者が為に全くやってない駒の弊害が出ていた。
「ふん、死ね!小僧!」
そして、今アクトは狙われている。それもあの卓というものに。彼はアクトへの復讐心が強いためか、彼が死なずの体であるにも関わらず、全力でアクトを殺そうとしている。まあぶっちゃけ殺しまくったらゲームでいうストックが切れて死ぬかもしれないと思ったことはあるが、それもないだろうと駒とアクトは自身の体に感じていた。まあどちらにしろ剣などが破壊されたらアクトの意識が戻ってもグリム・エンドを発動するための媒介がなくなってしまう。そう思った駒は、卓に思いっきり包帯で作ったグローブによるパンチを喰らわせた。不意をつかれる感じになったのか、卓は防御することもできずに吹き飛ばされていった。だがそんな一瞬の隙を他の実力者が見過ごすわけもなく、上杉はまるで瞬間移動のようなスピードで駒を殴っていく。駒もなんとか応戦をしようとしても早すぎて動きを捉え切れず、何度も蹴りや殴りを入れられている。このまま一対一じゃあやられてしまう、、、と李愛は思っていたが、今は幸運にも一対一ではなく三つ巴だ。鉄心が李愛を集中狙いしている上杉に対して杖で思いっきり殴りかかった。それをすんでのところで受け止めた上杉は舌打ちをする。
「良いところで邪魔をするな、鉄心。なぜこれを捕える前に俺を殺そうとする?」
「ふん。お前を倒す絶好の機会だっただけだ。第一あの小娘らよりお前の方が強いからな。お前を残すよりさっさと殺す方がいいんだということを知ってるからな。」
「じゃあお前から殺してやるよ。」
そう2人は罵り合いながらも凄まじい攻防をしていた。上杉の拳を鉄心が杖で止め、杖で打ち払ったり吽行を使って防御をしている。逆に鉄心も杖で殴り叩いていた。それは杖とはいえ、凄まじい威力を誇っており、上杉が避けたところには、クレーターができているほどだ。
それを見て駒は、まあ一旦危機はさったと思ってましたが、卓が戦線に復帰し、血走った目で駒を睨みつけている。ここが踏ん張りどころ。そう駒は自分の気を引き締め、勝負に挑むのだった。
どれほどの時間が経っただろうか。
アクトは、全身の細胞が入れ替わったかのような感覚と共に、ゆっくりと目を開けた。毒は完全に消え去り、体は再生していた。
よろよろと立ち上がったアクトが見たのは、駒と上杉、そして鉄心と卓が三つ巴で戦っているところだった。
「グオオオオォン!」
吽形が目前に迫ってくる。今にもかぶりつきそうなほど近づいていた。
アクトは、それをギリギリで避け、一式で切りつけるが、吽形は結界で防ぎ、また噛みついてきた。
「もうぐだぐだやってる場合じゃない!」
アクトは、炎炎極火を使い、炎を纏う。全身が燃え盛るような熱を感じる。
炎を剣に纏わせ、残った炎で翼の形を作り、吽形に突進した。
吽形も、それを受け止めると決めたのか、今までの結界よりも強度の高いものを展開した。
アクトは、剣を振り、炎の斬撃を飛ばそうとした。アクトの本来の狙いは、炎の斬撃を吽形にくらわせ、それに驚いてる間に駒の援護に行こうと考えていたのだ。
そうして、炎の斬撃を飛ばそうとした時、不思議なことが起こった。
無意識にか、グリム・エンドを発動するためのエネルギーのようなものが剣に纏わせていて、それが炎と一緒に飛んでいったのだ。
「ゴオオオオオォォォン!!」
炎を纏った黄色い斬撃が飛んでいった。
それを受けた結界も簡単に壊れてしまった。
アクトは一瞬、驚き、「なんだ今の?」と思考が停止する。
だが、冷静さをすぐに取り戻し、吽形に向かって突進する。
吽形もまずいと思ったのか、阿形に比べたら弱々しい水の玉を何度も発射した。
だが、当然のようにアクトはそれを避け、二式で吽形を切り裂いた。
「グギャアアアアアア!!」
吽形は、さすが防御に特化している式神と言ったものか、致命傷にはなってないようで、もがき苦しんでいた。
アクトは、「殺しはできなかったが行動不能にはできた。駒の援護に行こう」と決意し、三つ巴の中に入っていった。




