少年少女 策士と策を練る。
カラオケの部屋一つ一つにダーツが設備されてる店って、あるんか?
全身の細胞が瞬く間に修復され、打撲一つ、切り傷一つない完璧な肉体。それが不死者の証明だ。しかし、彼らの意識――魂の中核に刻まれた精神的疲労や屈辱は再生されることはない。
アクトと駒は、鉄心と鯱の追跡を振り切った後、名古屋市内の寂れた工業地帯の屋上に身を隠していた。夜明け前の、最も暗い時間帯。
アクトは、崩れたコンクリートの縁に背中を預け、乱れた息を整えていた。
「ハァ……ハァ……クソッたれが」
彼が剣を握りしめる手の震えは、まだ止まっていなかった。
初めてだった。純粋な身体能力や妖力で劣る相手に、ここまで追い詰められ、敗北したのは。そして何よりも、「遊ばれていた」という事実が、アクトの精神を深くえぐっていた。
「……駒」
隣に座る駒は、いつものように静かだったが、その纏う空気は明らかに重い。パーカーのフードは深くかぶられ、包帯でできたグローブの塊が、膝の上で微かに脈打っている。
駒は鉄心の結界を破るために奮闘し、阿形に一発攻撃をくらわせることもできた。しかし、その力をもってしても、鉄心本体に一撃すら入れることができなかった。
アクトはスマホを取り出し、ボンリスにリダイヤルする。コール音は続くが、相変わらず応答はない。
「くそ。何度かけても出ねぇな、あの野郎」
ボンリスがスマホを紛失したか、あるいは白竜会に自分たちの通信内容が筒抜けになるのを避けているかのどちらかだ。
「まあ、どっちにしても、あいつがそう簡単に死ぬタマじゃねぇのは知ってる」
アクトは無理やり立ち上がった。
「こういう時のための『合流地点』がある。行くぞ、駒。ここに居るままでも何もできないからな。」
そうアクトは自分にも言い聞かせた。流石に何もしなかったら自分はここまで大きな抗争をすることはなかったと言われたショックはあるが、今後悔してても仕方がない。そんなアクトを見た駒はそれに頷いて無言で立ち上がり、アクトの行く先を見つめた。
合流地点は、郊外の幹線道路から少し入った場所にある、一見何の変哲もないカラオケ店。妖術師や裏社会の人間が情報交換に使う場所としてはあまりに日常的だが、それこそがボンリスらしい選択だった。
問題は、彼らの服装だ。
「この軍服みてぇな恰好じゃ、すぐに足がつく。全身、破れてるしな」
アクトの服は、二式で強化されていたとはいえ、阿形の尾の一撃と、その後の瓦礫への激突で、原型をとどめていない。駒のパーカーも、いろんなところに擦ったのかわからないがボロボロだった。そして、全ての私物(着替え含む)は、あの襲撃されたビジネスホテルに置き去りだ。
「……仕方ねぇ」
アクトは、最もシンプルな解決策を選択した。
数分後。
アクトは、夜間のコンビニでバイトを終え帰宅途中の青年から剥ぎ取った、無地のTシャツとスウェットパンツを着用していた。その手には、青年から奪った財布が握られている。
「悪かったな、すぐ返すから。財布だけ。」
アクトは心の中で謝罪しつつ、奪った財布から最低限の現金を取り出し、すぐに財布を青年が倒れていた場所から数メートル離れたゴミ箱の上に置いておいた。香妖術で眠らせたため、目覚めても何が起きたか分からず、ただの泥棒には見えないだろう。
「駒、こいつを着ろ」
アクトは、手近なドラッグストアで適当に見繕った、全身をすっぽり隠せるサイズのシンプルなワンピースと、フード付きの薄いジャケットを駒に差し出した。
駒は、慣れない私服に戸惑いつつも、すぐにそれを身に着けた。全身を覆う服は、駒にとって、包帯の存在を隠すための鎧でもあった。
二人は、合流地点であるカラオケ店『ソング・ラプソディ』へと向かった。
カラオケ店に入ると、駒は途端に好奇心旺盛になった。エントランスのきらびやかな照明、ダーツやビリヤードなどの設備、そして、至る所から漏れ聞こえる人々の歌声。
駒は、いつものように包帯をアンテナのように伸ばし、ダーツボードの的に触れようとしたり、ビリヤード台のボールを指し示そうとした。
「おい、やめろ!」
アクトは駒の手首を掴み、小声で強く注意した。
「ここには防犯カメラが腐るほどある!変な動きをするな!ここが安全地帯だって油断するんじゃねえぞ!」
駒は、アクトの剣幕に驚いたように包帯を引っ込め、静かにアクトの後ろに控えた。二人は受付で最も奥まった部屋を取り、ボンリスが来るのを待った。
数十分が経過し、二人が待つのに飽きたのか、部屋の隅に設備されていたダーツ台で遊び始めた頃だった。
コンコン。
ノックと共に、カラオケルームのドアが開いた。
そこに立っていたのは、いつもの仕立ての良いスーツではなく、妙に派手なアロハシャツとチノパンという、場末の観光客のような恰好をしたボンリスだった。 だがなぜ十一月の今そんな格好なんだろうか。
「やあ、アクト、駒。生き延びたか。よくやった」
ボンリスは、顔は疲労でやつれているものの、その瞳にはいつもの冷徹な光が宿っていた。
ボンリスは入室するなり、リモコンを手に取り、部屋のモニターで流れていた日本のポップスを消した。そして、怪しまれないように、音量を大きく絞った上で、適当な古いアメリカのロックンロールを流し始めた。
「これなら会話が遮蔽される。まずはお互いの状況を共有しよう。アクト、そちらからだ」
アクトは、ボンリスの衝撃的な服を見て、絶句をしていたが、鉄心との遭遇、阿形と吽形のコンビネーション、鉄心の圧倒的な「圧」、そして、駒とのコンビネーションについてを詳細に報告した。
「……奴は、ただの妖術使いじゃねえ。ボンリス、お前が言った通り、『鬼人』だ。冗談じゃなく、あの場で殺されてもおかしくなかった」
ボンリスは、アクトの言葉を聞きながら、静かに紅茶を飲んでいた。
「成程。二体の鯱による攻防一体の陣形か。加えて、鉄心自身の体術と杖術が、お前の速度を上回る。厄介なことこの上ない」
そして、ボンリスは自身の状況を話し始めた。
「私が連絡を絶ったのは、その通り、通信の盗聴を恐れたからだ。そして、私は白竜会ではなく、別の厄介な連中と鉢合わせした」
「別の厄介な連中?」アクトは眉をひそめた。
「『妖術科』だ」
「妖術科?なんだ、そりゃあ」
「日本という国家が、妖術師を統制するために組織した機関だ。トップは天皇陛下。主な任務は、妖術師の登録と管理、そして違法な妖術師の逮捕、あるいは殺害」
アクトは絶句した。ヤクザとの抗争だと思っていたのに、気づけば国家権力の裏側にまで巻き込まれていたのだ。
「奴らは、愛知県で白竜会が大規模な抗争を起こしているのを知り、調査に来ていた。私はたまたま奴らの調査部隊と鉢合わせした。何とか逃げ切ったが、奴らは私が白竜会の人間ではないと知っても、私を『国際指名手配中の非登録妖術師』として追ってきた。全くもって迷惑な話だ」
「それって、俺たちも追われてんのか?」
「確実にな。我々も非登録だ。彼らは白竜会よりも厄介だぞ。我々は基本的に妖術科とは交戦しない方向で進めるべきだ」
ボンリスは紅茶を置き、真剣な顔で続けた。
「なぜなら、妖術科には鉄心どころではない、神と互角に戦える妖術師いる。それに、日本は『世界妖術連合(WSF)』の加盟国だ。妖術科を倒すなど、国家への反逆行為に等しい。そんなことをすれば、世界中から今よりも格段に厳しく狙われることになる」
世界妖術連合。裏社会にそびえて居る、巨大な組織の影が、ちらついた。アクトは聞きたい気持ちを抑え込んだ。今は、目の前の問題を解決するのが先だ。
「わかった。妖術科の連中は無視だ。……で、本題に戻るが、あの鬼龍院鉄心を、どうする?」
アクトの問いに、ボンリスは冷静に頷いた。
「まず結論から言う。鉄心を殺す『勝機』は十分にある」
ボンリスは、カラオケルームのテーブルに広げたナプキンに、鉄心、阿形、吽形の配置を簡単に図式化した。
「アクトと駒の戦闘報告を聞く限り、二人が二匹の鯱を相手に、タイマンで『互角』の攻防ができることが証明された。」
「...そこにお前が加われば何とかなるってことか?」
「そういうことだ。単純な足し算だ。駒とアクトが阿形吽形の2体を引き寄せ、私が鉄心本体を狙う。3対3の状況を一時的に作れれば、勝算は七割を超える。」
しかし、すぐにボンリスはテーブルを指で叩いた。
「だが、問題は、鉄心本体の周りに武装した白竜会会員が常に張り付いていることだ。彼らの銃撃の弾幕は、いくら妖術で強化できない銃弾だとしてもひとたまりもないはずだ。あの状況では、私が鉄心に近づく前に、蜂の巣にされるだろう」
鉄心を殺せなければ、抗争は続く。そして、何よりも、鉄心は「おびき寄せる鎖哭の所有者」にとっての強力な餌だ。彼を殺し、鎖哭の所有者を誘き寄せないといけない。
「鉄心を殺すこと。これが最優先事項だ」
ボンリスは、ペンをナプキンに走らせながら、目を細めた。
「正面から殺す必要はない。相手の裏をかき、彼らの得意な土俵から引きずり出し、無理やり自身らの有利な状況にする……」
アクトは、静かにボンリスの思考の過程を見守っていた。あの時、鉄心の老獪な戦略に嵌められた屈辱が、彼の表情を引き締めていた。
カラオケボックスの薄暗い照明の中、ボンリスの顔に、一筋の邪悪な笑みが浮かんだ。それは、彼が完全な、勝利を確信する答えに辿り着いた合図だった。
「……フフ。思いついたぞ、アクト」
ボンリスは、アロハシャツのポケットから、何か袋のようなものを出した。
「鉄心は、老いと経験に頼っている。ならば、彼に『老い』を自覚させるような、最大級の恥と屈辱を与えてやろう」
ボンリスの悪魔的な笑いに、アクトは背筋を寒く感じた。この男と組むのは、やはり恐ろしいことだと、改めて理解した瞬間だった。
「駒、アクト。準備はいいか。今度は、我々が奴らの掌の上で踊ってやる番だ」
ボンリスはそう言い放ち、カラオケボックスに流れるロックンロールの爆音の中、鉄心を葬るための、恐るべき『陽動作戦』の詳細を語り始めた。
全然この章には関係ない話 世界妖術連合(WSF)
前も話した通りWW2の時に色々あったせいで妖術界も壊滅的被害を受けたことを受け、国際連合ができた時とほぼ同時期に誕生した国際機関。本部は北京。元々は世界魔術連合で、本部はニューヨークだったけど、30年くらい前に本部を北京に移すかどうかを賭けてアメリカで1番強い魔術師と中国で1番強い妖術師がボッコボコにして北京に移って、名称も変わった。 この機関は各地域ごとに支部があって、東アジア本部、東南アジア支部、南・中央・西アジア支部、アフリカ支部、ヨーロッパ支部、ロシア・ウクライナ支部、北アメリカ支部、南アメリカ支部、オセアニア支部がある。1番強い子がいるのが中国で、シンプル日本より強い。 別に日本が弱いわけじゃないのに、、、、。




