少年 初めて同族と戦う
じゅ、充電が足りない...急いで間に合わせるんだ!!
瓦礫の中から這い上がったアクトの視界に、敵の全貌が捉えられた。
彼女は、想像していたような異形の怪物ではなかった。白く汚れたパーカーを着て、膝下までの少女のような姿をしていた。顔は包帯で見えず、表情は一切窺えない。しかし、その少女のパーカーのネックラインの部分から、無機質な包帯が噴水のように伸び上がり、空中で巨大な二つの拳の形を形成し、威圧的に浮かんでいた。
(なんだ、あの包帯の形…ボクシングのグローブか?見かけは少女だが、放つ殺気は猛獣みたいだな。)
アクトが体勢を整える間もなく、包帯女は動いた。
ドォン!
空中に浮かんでいた二つの包帯拳のうち一つが、まるで質量を持った砲弾のように射出され、アクトの頭部を正確に狙った。空気抵抗を無視したその速度に、アクトは間一髪で体を捻り、拳を避ける。
拳はアクトのいた場所の壁を再び打ち抜き、コンクリートの破片を周囲に撒き散らした。
アクトは即座に手袋に一式を発動させ、女に肉薄し、袈裟斬りに切り付けた。
ヒュッ!
包帯女はこれを予期していたかのように、服の裾の中から包帯を伸ばし、それをシャンデリアのようなものに絡めた。そして、その包帯を一気に縮めることで、体がまるでワイヤーアクションのように真上へ跳ね上がり、アクトの斬撃を紙一重でかわした。
(チッ、こいつ…一式と同じ理屈で動いてやがる!)
アクトの心臓が激しく脈打つ。彼と同じ「異質な力」を持つ敵との対決は初めてだった。
包帯女は天井に達するや否や、二つの包帯拳を同時に振り下ろし始めた。
ドス!ドス!ドス!ドス!
まるで巨大なピストンが連続で打ち下ろされるような、猛烈なラッシュ。一発一発が壁を砕くほどの破壊力を持っている。アクトは剣にグリム・エンド・二式を収束させ、それを盾のようにしてひたすら防御に徹する。
ガキィン! ドゴォン! ガキン!
剣を媒介とした二式の硬度は凄まじいが、この連続する衝撃と、包帯女の持つ圧倒的なパワーは、再生力のあるアクトの肉体にすら過負荷を与える。
「くそっ、キリがねえ!」
彼の剣の表面に、ついに細かなヒビが走り始めた。このままでは媒介が破壊され、グリム・エンドを封じられてしまう。
アクトは瞬時に判断し、妖紙を握り、螺炎を発動させた。炎の竜巻が噴き出し、迫り来る包帯の勢いをわずかに弱める。その隙を逃さず、彼は壁を蹴って、先ほどまでいた鉄の扉があった部屋へと後退した。
アクトは砕けた鉄の扉の残骸の陰で、荒い息を整えた。肉体はすぐに再生するが、精神は疲弊したままだった。
ゴオオオオオオオッ!!
しかし、安息は一瞬で終わった。包帯女は避難経路である壁ごと、包帯拳で破壊し尽くし、粉塵の中から姿を現した。
女は再び、無言でその二つの包帯拳を構え、躊躇なくアクトに襲いかかる。
アクトは覚悟を決めた。剣が限界なら、別の媒介を使うしかない。彼は手袋を媒介に、一式を発動させた。
グワァッ!
彼の両手から、黄色いエネルギーの拳が伸び、包帯拳と真正面から激突する。
ドッ! ドッ! ドッ!
包帯と黄色のエネルギーが火花を散らす。アクトは二式の防御力と、一式の「一点から出る破壊力」を拳に集中させているが、それでも包帯女のパワーは圧倒的だった。
「がぁっ!」
アクトは押し戻され、靴底が床を擦り、後退を始める。劣勢を悟り始めたその時、彼の足元に予期せぬ感触が走った。
ギュッ。
ドサッ!
黄色い拳で応戦していたアクトは、急にバランスを崩して転倒した。足元を見ると、包帯女の足首の辺りから伸びた包帯が、アクトの足首をまるで蛇のように縛りつけていた。
(くそっ!この状況で細工を…!)
転倒という絶好の機会を、包帯女が逃すはずがない。
ドシュッ!
巨大な包帯拳が、転倒したアクトの胴体を思いっきり殴りつけた。
(痛ェ!)
その衝撃でアクトの体が吹き飛ぶ――かと思われたが、女は足首を結んでいた包帯を引っ張ることで、吹き飛びかけたアクトを即座に引き戻した。
「なっ!」
包帯女の包帯拳は、容赦なく連続でアクトの全身を襲う。
ドガッ!ドガッ!ドガッ!
引き寄せ→殴る→引き寄せ→殴る。再生が間に合わないほどの猛烈なラッシュだ。アクトは二式の鎧で必死に頭部と急所を守るが、全身がミシミシと悲鳴を上げる。
バキッ
致命的な音と共に、彼の顔を覆っていたガスマスクが砕け散った。むき出しになった顔面に包帯拳が直撃し、視界が真っ赤に染まる。全身の骨が何本か折れる感触。
(い、痛い.....このままじゃ肉体はいいとしても俺の精神が先に死ぬ....なんとかして脱出しないと....)
彼は最後の抵抗と言わんばかりに、服の内側に隠し持っていた、死体から奪った小型のナイフを握りしめた。
カチッ!
ナイフを媒介に一式を発動。黄色い斬撃の刃を包帯女の拘束している足首の包帯に向けて放った。
ブチッ!
一瞬の閃光の後、拘束されている足首を切断した。アクトの体は束縛から解放され、直前のラッシュの勢いで、背後の壁へと激しく叩きつけられた。
彼は壁に寄りかかりながら、激痛に耐えて片足で立ち上がった。
アクトは片手で、腰のポーチから妖紙を複数枚取り出し、同時に全てに妖力を循環させた。
「これでも喰らえ!」
ゴーッ!
鬼火や炎弾などの妖術が発動し、炎の弾幕が包帯女を襲う。
だが、包帯女は冷静だった。彼女はネックラインの中から伸びた包帯を巨大な盾のように横に広げ、炎の弾幕を全て受け止めた。
ジュウウウウウ……
炎は包帯の壁を焦がすが、彼女の包帯はこの程度の妖術じゃ貫けない。
(無駄だ。こいつの再生力と防御力は、普通の妖術じゃ貫けない!)
アクトは息を整え、片足が再生したのを確かめる。もう、奥の手を使うしかない。
包帯女は炎の攻撃が止んだのを確認し、防御に使っていた包帯の壁を解き、アクトを探そうと周囲を見渡した、その瞬間だった。
ゴオオオオオオオオオオオオ!!
アクトの全身から、爆発的な熱量と炎のオーラが噴き出した。彼はまるで不死鳥のように炎を纏い、女に襲いかかった。
彼は、自身の妖力貯蔵量の半分を消費する代わりに、発動中、炎の妖術をその消費した妖力分操れる奥の手、『炎炎極火』を発動させたのだ。
「――終わりだ!」
アクトは壁を蹴り飛ばし、炎を纏わせた剣を構え、信じられないほどの速度で女に肉薄した。
ズオオオオオ!!
女は炎炎極火の異様な圧力に一瞬怯み、慌てて再び包帯の壁を作ろうとする。しかし、アクトの加速はそれを上回っていた。
アクトは剣を振り、包帯女の防御が間に合わなかった腕を切り裂いた。
ジュッ!
炎を纏った剣は、切り裂く刃であると同時に、焼き尽くす熱量をも兼ね備えている。女の腕は切り裂かれた瞬間、熱で瞬時に炭化しかけるが、それもまたすぐに包帯と肉体が再生する。
アクトは一度の斬撃で止まらない。背中から炎の翼を広げ、急激な方向転換をしながら、包帯女の周りを縦横無尽に切り裂いた。
「......ッ!」
包帯女は包帯を両手に集め、ボクシングのグローブのような形にして、アクトの炎の剣を迎え撃つ。アクトも彼女の包帯を纏わせた拳に臆することなく突撃する。
ガキン! ジュッ! バシッ!
互いの攻撃は、相手の身体に切り傷、打撲痕、火傷を刻みつける。そして、その傷は次の瞬間には塞がっていく。
炎の剣が包帯女の胴体を貫き、同時に包帯拳がアクトの胸を砕く。血が噴き出し、炎が燃え盛るが、二人の不死者は、どちらも倒れない。
殺し合いは、無限に続くかのように見えた。
熾烈な交戦は数十秒にも及んだ。アクトは炎の翼を使い、女は包帯を壁や床に固定して、お互いの動きを制限し合う。
しかし、炎炎極火は妖力の半分を消費する、極めて燃費の悪い技だ。
シュン……
突然、アクトの全身を覆っていた炎が、力を失ったように消滅した。炎炎極火の持続時間が尽きたのだ。
「ッン!」
包帯女はそれを見逃さなかった。彼女は叫びを上げ、渾身の力を込めた包帯拳を、無防備になったアクトの頭部に向けて振り下ろした。
アクトはそれを防ぐために剣を媒介に式を発動させ、迫り来る包帯拳を防いだ。
カァンッ!
金属が砕ける悲鳴。アクトの剣が、ついに根元から折れた。防御を失ったアクトの顔に、女の拳の風圧が襲いかかる。
誰もが、アクトの敗北を確信した、その瞬間だった。
ドサッ。
圧倒的な破壊力を放っていた包帯女が、突然、糸が切れたかのように、その場に倒れ込んだ。彼女の全身を覆っていた包帯も、まるで力を失った蛇のように、だらしなく床に崩れ落ちた。
アクトは折れた剣の柄を握りしめたまま、ため息をこぼした。
そして、彼は、折れた剣を投げ捨て、倒れた女の傍に片足を引きずりながら近づいた。女の包帯は未だ蠢く気配がない。
実はアクトは、炎炎極火が切れた極小の隙間に、わずかに残った妖力を込めて香妖術を発動させた。
『香妖術:眠り香』
不死者同士の殺し合い。どちらも再生能力を持つため、物理的な破壊では決着がつかない。
この戦いは、「倒す」のではなく、「機能停止させる」しか勝ち筋がないことを、アクトは瞬時に見抜いていたのだ。
アクトは倒れた包帯女を見つめながら、今度は深いため息をついた。
「…まったく。これからどうなっていくのやら。」
不死者VS不死者。 互いに殺意と憎悪を剥き出しにした戦いは、物理的な決定打ではなく、知略による一時的な無力化という、奇妙な結末を迎えたのであった。
妖術解説 炎炎極火
例えば炎炎極火を使って人の妖力がその時十あったとします。そしたらその十の内半分の五を消費して発動する妖術。で、その消費した五の分の妖術、例えば仮に炎弾を使うのに0.1妖力を消費するものとすると、五十発妖紙を使用せずに使うことができる。もちろん炎弾だけでなく、鬼火、螺炎、炎壁、炎翼などの妖術も妖紙を消費せずに放ったり、炎そのものを操ったりできる。 欠点は炎炎極火を使用中してる時は他の妖紙が使えないこと。




