TS悪役令嬢が原作にはない孔明ルートにのろうと奮闘する件について
あれ……ここは。
知らない天井だ。
お約束をしたところで、身体を起こす。
オレの身体に見慣れないビッグなものがふたつ。
念のために下の方も確認してみる。
「ひゃ!」
あーうん。
やっぱりそうなのか。
女になってるー!
これがTS転生ってやつか!
なんかそんな気がしたんだよなー。
夢で見たんだもの。
雑な感想ですまぬ。
ふぅ。
さて、どうしたもんか。
オレが転生したのは、悪役令嬢だ。
『六星が願いをかなえる世界樹』ってゲームのヴァネッサ・クロウリー。
まぁなんだ。
ゲームの中だと典型的な悪役令嬢だったんだけどね。
そりゃそうなるわなぁって思うんよ。
だって、このゲームの世界って誰でも精霊からの祝福を受けられるんだ。
でも、彼女は精霊に祝福されなかった。
忌み子だのなんだのと言われてさ。
それでも王太子は婚約破棄をしてくれなくて。
だから彼女はがんばったんだ。
祝福のない自分でもやればできるってみせたくて。
祝福のない自分と婚約を破棄せずに、愛情をむけてくれる王太子がバカにされずにすむように。
努力して努力して、努力を重ねてきたんだ。
それがゲームだとぽっと出の聖女にぜんぶかっさらわれる。
祝福なんかよりも断然上の寵愛もちだからって理由でな。
どっちが悪役令嬢だよって話じゃねーか。
嫌がらせのひとつやふたつはするだろうよ。
それが人間ってもんだ。
いーや! むしろ嫌がらせ万歳だね!
だってさ、ヴァネッサの生きてきた意味が全否定されるんだもん。
しかも嫌がらせが原因で最終的にはどのルートも死罪なんだもの。
ふざけんなって話だ。
天神様だって応援してくれる案件だわ。
こんなもん。
「ってことで! オレは生きる!」
もちろんそのための算段はある。
この『六星が願いをかなえる世界樹』ってゲーム、評価されてるのは本編とちがうところなんだよね。
実はメインシナリオはガバのガバ。
恋愛要素もなんだかなーって感じなんだよ。
でもさ、サブ要素に含まれる領地経営シミュレーションが面白いんだ。
めちゃくちゃ自由度が高くて、いろんなイベントも用意されてる。
ユーザーの間だと、領地経営シミュレーションがやりたかったけど、許可が下りなかったら無理やり恋愛要素つけたんじゃと本末転倒な意見もでるほどだ。
オレだって領地経営シミュレーションがやりたくて、このゲームをプレイしていたんだよね。
なので、ここはもうワンチャン賭けるしかない。
オレは領地経営で功績をあげて、なるべく聖女には関わらないようにする。
きゃない、きゃない、やるっきゃない。
ふんす、と鼻息を荒くしてみる。
「ヴァネッサ!」
ノックもせずにドアが乱暴に開かれた。
む……王太子か。
「よかった! 倒れたと聞いて心配したんだぞ!」
叱責してるように見せかけて、涙ぐんでやがる。
これがイケメン王太子のやり口か。
「ご心配をおかけしたようで申し訳ありませんわ。もう大丈夫ですから」
ニコッと笑ってやる。
どうだ、このオレの笑顔は。
「……ヴァネッサ。キミががんばっているのはわかっている。でも、無理はしないと約束してくれ」
「殿下。残念ですが、それはお約束できませんわ。だって殿下にご迷惑をおかけしたくないのですから。私は……私は……」
ちょっとうつむいて声を震わせるのがポイントだ。
どうだ、グッとくるだろう。
むっふっふ。
顔を赤らめておるわ。
これぞ手練手管。
キャバ嬢相手に積んだ時間は無駄じゃなかったな。
まぁ落とせたことはなかったけど。
「わかっている。キミの努力はわかっている。私はありのままのヴァネッサが好きなんだ。だから――そう自分を追いこまないでおくれ」
「……ありがとうございます。殿下のお言葉を胸に刻みますわ」
すっと引いてみせる。
「ああ! ヴァネッサ、私は……いや、こんなことを言っても意味がないか。口さがない者たちがいるものな」
がしっと肩を掴まれた。
「ヴァネッサ、今はちゃんと身体を休めておくれ。それがキミには必要だから」
イケメン王太子を目を見る。
蜂蜜色の瞳だ。
ちっ。
きれーな目じゃないの。
「承知しました」
言いながら、わざとふらついてみせる。
もうそろそろ出てってほしい。
「ヴァネッサ! 悪かった。無理をしないでくれ。さ、横になって」
「殿下……申し訳ありません」
「気にするな、またくる」
……ん?
また……くる?
はうあ!
やっちまったぁ!
調子にのりすぎたわ!
王太子とは離れるルートを目指してるのに落としてどうすんだ!
バカバカ、オレのバカ。
「ところで、ヴァネッサ」
ドアに手をかけたまま王太子が声をかけてきた。
「キミの父上であるクロウリー公から新規領地の開拓許可がだされていたんだが聞いているかい?」
「……え? ええ?」
知らない。
そんな話は聞いていない。
でも、あれだ。
これはゲームと同じ流れ。
このビッグウェーブにはのるっきゃない!
「あくまでも噂としてだが……キミが新規領地の開拓の陣頭指揮をとると聞いたんだが本当かい?」
むっふっふ。
なにそれ、もっと詳しく聞かせて。
「ええ……その……まだ本決まりとは言えませんが、私は殿下と結ばれる前に経験を積んでおきたかったのです」
「……ヴァネッサ」
王太子がドアから離れて近くにきた。
こつんとおでこが当たる。
「……やっぱり気にしているのかい?」
祝福のことだろう。
そりゃ気にするに決まってるだろうが。
みんな持ってるもん持ってねえんだからな。
「私……私は殿下のためと」
ぎゅうと抱きしめられた。
意外と筋肉質だな、このイケメンは。
やだ、あたい、ドキドキしちゃう。
そっちの気はないのに。
「ヴァネッサ、キミの気持ちは嬉しく思う。私からもクロウリー公に口添えしておくよ。だが無理はしないでほしい。キミは私の大事な人なのだから」
おお!
ナイスだ、王太子!
片方くらいなら触ってもいいぞ。
ゲームのサブシナリオ、領地経営シミュレーションの主役になれる。
まさか現実でその夢が叶うとはな!
王太子がいなければ高笑いのひとつでもしたいところだ。
悪役らしくな。
バカにされ続け、忌み子と呼ばれるオレが王国の諸葛孔明になるチャンスだ!
これぞ、まさにオレの望んだシナリオ!
うわははは!
「じゃあ、また会おう。ヴァネッサ」
――ちゅ。
ぞわりと怖気が走る。
おでこにちゅうされちゃった。
ぐぬぬ……。
こちとら初めてのちゅうだぞ!
なんで男が相手なんだよ!
王太子が今度こそ部屋を出て行った。
その背中を見つめながら、オレはぼそりと呟く。
「あるぇ? これって本編のシナリオどおりなんじゃねえか……?」
やっぱり死刑ルート確定なのかもしれない。
って、納得できるかー!
絶対に死刑ルートは回避してやろうじゃないの!
クックック。
見てろ! 悪役じゃないヴァネッサ・クロウリーになってやるからなー!
気分転換に書いた短編です。
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