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第六話 告白


 千駄通り、ここが千駄駅から東に伸びる約200mほどの商店街である。


 最近になって新鋭の店が潜り込んだらしいが、それ以外は昔馴染な商店街で、茶色い天井が特徴的なデザインをしている。人通りはあまり多くない。


「あんまり人いないですね。」


 自分が思っていたよりも話しかけてくる。あまり喋らないタイプだと思っていたが、勘違いだったか。


「そうですねー。それがいいじゃないですか。」


 個人的には、あまり人通りは少ないに越したことはない。周りに気を使う回数が減るためだ。


「そうですね。でもお店の人は大変ですよね。」


 メガネをかけた若いサラリーマンが、駅の方へと駆けていく。


「たしかに。」


 話題を探すように目を広げていると、向かいから中年男性がぶつぶつと小言を言いながら歩いてきた。


 そのままアカツキさんの左肩にぶつかると、アカツキさんは平坦な声で「すみません。」と一言。男性は無言で2秒ほど顔を見つめた後、また小言を言いながら駅へと向かっていった。


「何今の。なんか独り言言ってましたよ。気味悪いっすね。」


 いい話題が転がってきたと適当に言葉を並べる。


「言ってましたね。でも、あの人はあの人だけですからね。あの人にしかわからないこととか、多分ありますよ。」


 特に尖った言い方ではなく、むしろ独り言のような感じでスラッと言い放つ。その言葉の重さと逆をとるような口調に少したじろぎながら、我ながら卑賤に手のひらを返し始める。


「あっすみません。そうですよね。考えが足りなかったな。」


 この人の前で中身のない空っぽな言葉選びをするのはやめよう。言葉がしっかりと反芻されて返ってきてしまう。


 今ので嫌われたか?いや、そんな単純な人じゃない。


「あっ、ご、ごめんなさい。余計な一言ですよね、今の。」

「いやいや、僕が失言しただけなので。ほんと気にしないでください。」

「いや、よく言われるんです。一言余計って。こういうところ、直さなきゃな。」


 直さなきゃと言っている顔はかなり真剣である。


「僕はそういう一言言える人結構好きですよ。」


 アカツキさんは不意を突かれたように目を見開き、一瞬沈黙ができる。


「ふふっ。面白いこと言いますね。」


 目を閉じながらも慎ましく笑った。



 万力書店と書かれた木製のスタンド看板が目に入り、アカツキさんが、「あ、あれ!」と指を刺す。個人的にはその隣にある謎の畳屋の方が気になるが、話が変な方向へ行きそうなので、触れないようにする。


「あ。ありましたね。万力書店。」

「はい、ありましたね。よかった、あって。」

「そういえば転校してきたんですもんね。」

「はい、知ってたんですね。」

「そりゃあもう。有名人ですよ。」

「はあ……」


 声のトーンを落とし、アカツキさんが立ち止まった。


 有名人などと安易に銘打つのは失礼だったか。まずいな…。すぐに謝罪を…


「……………畳屋?」


 ああ。そっちね。



 古さが心地よい本屋へと入り、独特だが落ち着く匂いに包まれる。俺もアカツキさんも目を少しきらつかせながら、その空気を吸い込んだ。

 狭い店内をアカツキさんを筆頭に一列になって歩く。雑多に積まれた本たちが宴を開いているようだ。


 彼女は手を伸ばしながら本をつつき始める。


「どこにあるか検討ついてます?」

「ええ。とりあえず勘で…。」

「勘かい。」


 ついツッコミを入れてしまったが、アカツキさんは何食わぬ顔で探す。


 いつ見てもその顔は高雅を放っている。容姿美美たるその様は、天使か女神を見ているようで、映画の撮影と言われても不思議ない。ここまで美人でスタイルも良いと、きっと大変だろう。自分のことでもないのに少し気持ちが暗くなる。


「ありましたよ。」

「よく探し当てましたね。」


「本格料理を手間暇なく!簡単!最高!」という本を手渡される。


「これでいいんですかね。」


 アカツキさんは少し自信無さげだ。


「いいんじゃないですか?特に指定されてなかったし。」

「よかった。」 


 アカツキさんは少し安心した様子だ。


 手間をかけないように、同時に会計を済ませようとアカツキさんに手を差し出す。


「二つとも一緒に払っちゃいますから、それください。」

「えっ。」

「お金はちゃんと後で貰いますよ。」

「わかりました。」


 申し訳なさそうに、気持ち縮こまった様子のアカツキさんから本を譲り受ける。


「え〜2冊、2420円。」


 ここの店員は店長だけで、もうだいぶ歳をくっているようだ。腰は三角屋根の如く折り曲がり、顔面シワクチャで声もしゃがれている。


「いぃやぁ〜昨日いっぱい学生さんきてよぉ。」

「はあ。」

「ほらぁ。洸南高校のぉ。お兄ちゃんもそうでしょぅ?」

「ええ。そうです。」

「み〜んな料理書持ってくもんだからぁよぉ。でもちょ〜どよかったな。あと2冊だけなんだよぉ。持って行きなぁ。」


 洸南高校の学生、おそらくクラスメイトだろう。急遽変更された時間割の被害者たちだ。帰りのHRから一斉に押しかけたのだろうか。 


 店長は少しだけ嬉しそうに話した。残り2冊だったと聞き、アカツキさんが反応する。


「え。そうですか。よかった。ありがとうございます。」


「おぉ。おぉ。別嬪さんだなぁ。彼氏さんかぃ?いいなぁ。」


「「違います。」」


 アカツキさんと俺の声が初めて重なる瞬間である。アカツキさんと目が合い、お互い真顔で2秒ぐらい目を合わせた後、店長が空気を察して一言添える。


「ん?えぇ、えぇ。そうかい。まぁ、学生さんは勉強を頑張りなさい。」


 店長はそう言って奥の部屋へと消えていく。その後ろ姿にアカツキさんは軽い礼をした。


「はい。ありがとうございました。」


 アカツキさんの敬仰が生徒たちからあまりにも強く感じるのは、このような行儀作法を心得ていることも大きいだろう。

 敬う人達が無自覚かはわからないが、身の振る舞いが本人の魅力の底上げをしていることは間違いない。これで顔が良いのだ。鬼に金棒。


「行きますか、アカツキさん。時間、まあまあやばいですよ。」

「ほんとだ。急ぎましょう。」


 特に意味もなくスマホの画面をふらっと見ると、8時3分と示されていた。朝のHRまで残り約40分。走れば余裕で間に合うであろう。


 それでも俺はアカツキさんを急かす。理由は、何か嫌な空気を感じ取ったからである。


 2人で駅まで小走りをすることにした。少しだけ息を切らしながらアカツキさんの口が開く。


「あの、えっと、、まだ、、名前聞いてなかったです。」

「あーっ、阿久京介です。京都の京に、介。

「京介、、、さん。」

「アカツキさんは?」

「べにで、紅です。ツキは、、普通の月。」

「なるほど。」


 走るせいなのか、鼓動が段々と強まっている。あと、妙な雰囲気をさっき紅月さんとの交際を否定してからずっと感じている。なんだろう。


 何か、何かが自分の知らないところで進んでいるような、こう、自分が望まないものへと動かされているような、そんな感覚。


「京介さん!」


 考えにふけている間に、後ろから名前を呼ばれ、自分が彼女よりも数メートル先まで進んでいることに気づいた。すごく、嫌な感じだ。なぜかは全くわからない。


「どうしたんですか。紅月さん、急がないと遅刻しますよ。」


 明らかに何かがあるから立ち止まっている彼女に、ほぼ無意味な煽動をする。自分の名前を呼んだ彼女は俯き、つむじが傾く。


 この世界に、こんなに不信感を抱いたことは一度もない。


 視界にある空気はピンと張り詰め、彼女から紫色のオーラが発せられているようにすら見えてくる。それぐらい、不穏なのだ。今、この時が。


「えっと、よ、よければ私と」

「あーーー。あそこの畳屋、変な模様の畳置いてましたよね。シマシマ?な。ほら、シマウマみたいな。」


 何かを切り出されると感じ、咄嗟に会話の流れをストップする。短兵急に出てきたのは畳屋だった。


 さらに急でとても悪いが、俺は運命を信じている。運命を肯定しているのではなく、運命が存在すると感覚的に分かるのだ。直感がほとんどだが、そう思う理由は言えないし、言いたくもない。ただ、だからこそこの状況は最悪と言っていいだろう。


「京介さん!!!」


 紅月さんが切羽詰まった声と顔で場の空気を一瞬で支配する。紅月さんの顔は少し高揚し、その華奢な身体からはものすごい気迫を放つ。


 俺は脚をもがれ絶望を前にした野ウサギのように震え上がり、立ち尽くした。


「は、はい。」


 王手だ。


「私と、付き合ってるふりをしてくれませんか?」


 運命が俺の足元から這い上ってくる。

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