激闘の果てに
轟音と共に閉鎖機が勢いよく後退して薬莢が吐き出される。
ガランガランと音を立てて、吐き出された薬莢が床に転がる中、ヴァイスマンが素早く次弾の徹甲弾を装填した。
「次、砲塔旋回左!!」
「了解!!」
ヴォルフが叫び、バッヘムが足元のペダルで砲塔の動力旋回を試みる―――が、不意にエンジンが切れ、車内の動力が完全に沈黙。
当然砲塔旋回も止まる。
「ッ!? 操縦手どうした!?」
「すみません!! これ以上は無理です、エンジンが燃えちまう!!」
ディットリヒの悲鳴のような叫び。
ラジエーターが完全にイカれた状態のオーバーヒートギリギリでエンジンを回していたのだ。
彼我の距離が近いほど砲塔旋回の半径は増えていくわけで、少しでも早くぶん回す為にエンジンを吹かさざるを得なかった。
彼に罪はない。
「くッ、手動旋回だ!!」
「ああ畜生、あとちょっとだってのに!!」
手動旋回に切り替えられた砲塔を回すには手作業でハンドルを回すしかない。
ティーガーの場合は砲手席だけでなく車長席にもハンドルが付いており、砲手の旋回を手伝うことが可能だ。
しかしそうは言うものの、11tに及ぶ重さの砲塔をぶん回すのは凄まじい手間である。
「やばい、詰まった!!」
「落ち着けコルネリウス!! 敵はまだ立て直せていない!! 確実に故障排除するんだ!!」
「小隊長、右から敵歩兵が数人近づいてます!!」
「ヴァイスマン、サブマシンガンだ!! 任せる!!」
「りょ、了解!!」
ハッチから僅かに身を乗り出したヴァイスマンがサブマシンガンを突き出して死角に回ろうとする敵を乱射する。
隠れる場所なく雪に足を取られ、更に着込んでいるのもあって動きが緩慢な敵兵がバタバタと面白いように打ち倒された。
敵戦車が丘の上に姿を現した時、411号車は砲塔側の乗員と車体側の乗員の間で車内無線に雑音が入り始め、配線チェックの為に砲塔を回していた所だった。
自分たちの車内だけならまだしも、ネーベルヴェルファー分隊との通信もいきなり雑音だらけになってしまったのだ。
最早411号車単体では戦車として、戦力としてはまともに機能していない以上、流石に無視するわけにはいかなくなったのである。
ちょっとだけ試しに動力旋回してみようとしたが、エンジン周りから派手に白煙が上がったので、仕方なく即刻やめて手動旋回で頑張った。
敵戦車が出現したのは、ちょうど車体正面が向いている街道方向に砲身が差し掛かった時だったのだ。
バッヘムは直ちに撃とうとしたが、ヴォルフはそれを止めた。
後続車が何両いるか分からない今、射撃したらよしんば先頭車両であろう丘の上の1両を仕留めたとしても、後続車に411号車が反撃の牙をまだ持っていることがバレる。
そうなれば当然敵は対処してくるはずで、そうなればろくに身動きできない411号車はどうにもならない。
しかし、周囲の状況からして、敵戦車隊に打撃を与えられるのは411号車だけなのだ。
だから、敢えて後続車が全て姿を現すまで"死んだふり"をして待ったのだ。
後から後からとばかりに、タンクデサント付きのT-34がぞろぞろ出てきた時には、流石に自分の判断ミスとヴァルター中隊長らの空振りを本気で疑う事になり、かなり冷や汗を掻いた。
だが、20両近く行動しているという敵戦車部隊がそのままお出しされなかった時には、逆に安堵の溜息を乗員一同が吐いたものだ。
とはいえ、別に窮地を完全に脱した訳では無い。
怒号が飛び交い、ああだこうだと大騒ぎな車内を他所に、砲塔はなんとものんびりと言った風体で旋回を続けている。
「ちっ、何人か冷静になりつつあるか……ヴァイスマン!!」
「はい!!」
「見かけた奴にマシンガンをできるだけ撃ちまくれ!! 音で歩兵を脅かすんだ!!」
「了解!!」
「コルネリウスまだか!?」
槓杆を引きまくってるらしく、ガッチャンガッチャンと金属音が響いていることから、復旧はまだなのだろうことはわかる。
しかし、ヴァイスマンが持ってるのは所詮自衛用のサブマシンガン。
弾数に余裕はない。
急かして悪いが、そこは頑張ってもらいたい。
「あと少し!!」
「小隊長!! 敵戦車捕捉!!」
「よし撃て!!」
411号車の発砲。
しかし同時に、炎を上げる敵戦車の残骸の向こうで、こちらが狙うT-34の一撃が放たれたのが、車長用の視察防弾ガラス越しに見えた。
何者がこの不意討ちを仕掛けているのか、遂に気づいた奴がいたのだ。
警告する暇なく、凄まじい衝撃を乗員が襲う。
「くっ!! ……みんな無事か!?」
敵戦車が砲塔を吹き飛ばして爆発炎上するのを見やりながら問いかける。
至近距離からの被弾は、いくら重装甲を誇るティーガーでも危険だ。
ティーガーフィーベル等によるならば、一般的T-34が備える76.2mm戦車砲であっても、正面400m以内、側面700m以内に接近されると致命的ダメージを受けかねない。
同じ車体側面でも、装甲がない車体下部に至っては、実際にピンポイントで狙い撃ちにできるかはともかく1400mでも危険だ。
今の状況では、とっくに彼我の距離は遠い奴でもせいぜい200m。
最早危険域なんてレベルの話ではなかった。
「砲手異常なし!!」
「装填手異常なし!!」
「操縦手異常なし!!」
「通信手異常なし!!」
それでも全員から元気な返事が返ってくる。
どこに被弾したかはよく分からないが、とりあえずは大丈夫そうだ。
<<コメート5よりフェヒター1!! 対人制圧は任せろ!!>>
「フェヒター1了解!!」
直前までは砲塔を動かしていた411号車が急に沈黙したのと敵戦車接近を見て、ひとまず息を潜めて状況を見守り、必勝となり得る奇襲の好機を伺っていたらしいネーベルヴェルファー隊が、怒涛の射撃を開始してくれた。
たちまち凄まじい数の鉄の暴風が降り注ぎ、なんとか態勢を整えようとしていた歩兵たちが蹂躙されていく。
これがとどめとなり、最早敵の指揮統制と士気は完全に崩壊した。
「……ん? バッヘム上級軍曹!! 街道上を敵戦車が2両逃げていきます!! 砲塔旋回右!!」
再び2人でハンドルをぐるぐる回す。
もうこれで何回転目だろうか。
腕が痛くて攣りそうだったが、泣き言を言っている場合ではない。
「ッ…!! 捕捉した!!」
「撃て!!」
燃える敵戦車のせいで陽炎のようになった視界。
それでもゲオルグ・バッヘムの技量ならば―――
「発射―――ッ!?」
バッヘムは間違いなく撃発した。
しかし弾が出ない。
当然、閉鎖機も後退しない。
―――不発!?
さっきの被弾が原因か?
一瞬、1秒にも満たない車内の静寂、全員が息を呑む―――が、ヴォルフの立て直しが一番早かった。
「非常撃発ッ!!」
「ッ!!」
バッヘムも我に返ってからは早い。
こういう時に備えて用意されている非常撃発スイッチを素早く踏み込み、徹甲弾が撃ち出される―――が、その一瞬が命運を分けた。
飛翔した徹甲弾は惜しくも敵戦車の砲塔側面を抉るに留まり、2両のT-34が丘の向こうに消えていった。
●
この瞬間、駅の東周りに立て籠もっていた兵士たちの士気も完全に崩壊した。
最早、最後の頼みの綱だった援軍が目の前で、それも死に体レベルで手負いのティーガーによって返り討ちにされたのだ。
その精神的な衝撃は凄まじいものがあったのだ。
もちろん、あくまでも徹底抗戦を主張する者も居たし、意見の対立で味方同士で殺し合いが発生してしまった場所もある。
戦争犯罪に積極的に加担した者たちが報復を恐れ、密かに仲間を見捨てて逃げ出そうとした。
だがこれは捕捉され、銃撃戦の末に殺された。
これを"投降者が殺された"と勘違いが起きて、抗戦を選んだが故の悲劇も起きた。
しかし、1時間後には駅で戦った全ての連邦兵が白旗を掲げて投降することとなった。
逃げた2両の敵戦車の行方は分からない。
ぼろぼろになった411号車。
その上でヴォルフたちが談笑している所に、まずネーベルヴェルファー分隊の兵士たちが駆け寄り、互いの健闘を称え合った。
そして夕日に照らされる中、ヴォルフの敵戦車撃退を聞きつけて、周辺の捜索と警戒に当たっていたティーガーたちが帰ってきた。
敵の完全な撤退を空軍が確認したことで、彼らも役目を終えたのである。
兵士たちが歓声とともにティーガーの車列を迎える。
まるで終戦でも迎えたかのような、盛大な盛り上がりだった。
歓声の中で迎えられる乗員たちも誇らしげであり、まさに英雄たちの帰還だった。
それがたとえ、歴史の奔流に消えていく運命にある、一時の勝敗の一つに過ぎないのだとしても、彼らはこの瞬間に勝利を手にしたのだ。
●
そして、誰もが笑顔な中―――ぼろぼろの411号車とその上でティーガーの車列を見守る乗員たちに、感情の読めない無表情の瞳を向ける1人の戦車長がいた。
車列が411号車の僅か数十メートル先を横切った時、彼女の人形のような無表情―――ヴォルフはその視線に気付いていた。
その笑顔がやや困惑を孕んだ微妙な表情になる。
ティーガーの車列が停止する。
しかし100m以上のかなりの距離があり、間に兵士たちがごった返す両者が言葉を交わすことはない。
「ラインフェルト少尉、降りないんですか?」
砲手と装填手が問いかける。
クラリッサは静かにクラッシュキャップのひさしを下ろし、まるでヴォルフの視線から逃げるように車内に引っ込みながら答えた。
「……私はもう少し車内に居ます。いつも通り私の分まで、皆さんの称賛を受けてきてください」
砲手が降りられるように、車内に引っ込んで体をずらすクラリッサ。
彼女がこういった歓声の中に身を置きたがらないのはいつものことだ。
乗員たちはすんなりティーガーから降り、他の乗員たち同様にもみくちゃにされながら歓迎されている。
誰も居なくなった車内で、クラリッサは1人溜息を深くついた。
まずい。
今、時間を置かずにヴォルフ・クラナッハを目の前にしたら―――感情のままに言葉を発してしまいそうだ。
それは、彼が窮地に陥ったことで自覚した淡い恋愛感情などではない。
そのような甘やかな心の機微などではなく、過去の失敗及び積み重ねられた後悔と、それに再び向き合う事への恐れだった。
彼は確かに戦果を挙げた。
でも、彼女からすれば、彼の行動はあまりに無謀で、危険すぎた。
本音で言えば、そんな無茶は辞めてほしい。
でも、彼はそれにより困難な任務を達成したのだ。
水を刺すような事をしたなら、彼とて良い気はしないだろう。
自分が嫌われるのは構わないのだ。
しかし、仲間が自ら無謀や危険に飛び込むのは看過できない。
それをちゃんと伝えるにはどうすればいい?
どうすれば忠告として聞き入れてくれる?
似たようなことは過去の小隊長や中隊長にもあった。
そして、その尽くでクラリッサはうまく立ち回れなかった。
彼らが端からクラリッサの言葉を聞き入れるつもりがなくとも、それをなんとか説得するべきだったのに。
クラリッサには分からない。
感情表現が苦手な彼女には、自分が発するべき言葉が見つからなかった。
第七章 了




