枯樹生華の乱戦 2
「くそ、またか……」
これで4度目だ。
ヴォルフ率いる2両のティーガーが踏み切りを通過しようとする度に、或いは交差点になっている場所などの"分かりやすい場所"に差し掛かる度に、まるで待ってましたとばかりに猛烈な弾幕射撃が降り注いでくる。
現在は411号車が前、412号車を後続として交差点を抜けている所であり、その周辺は見渡す限り身を隠す場所が何も無い、まるで大平原のような地形が大半だった。
今走っている場所は鉄道の土手などで多少視界が限定されているが、それにしても遥か向こうの丘が見えたりする、そんな地形である。
「小隊長、こいつは……」
「分かっています、観測兵だ」
ヴォルフとて何も考えていないわけではない。
生身の歩兵なら何十回も戦死し、装甲車でもスクラップになりそうな勢いで、著明な場所を通る度に毎度毎度豪雨のような砲弾がドカドカ降ってくる。
ということは、誰かしらが自分たちを見張って、タイミングを図り、ここぞという時に砲兵隊に射撃を要請しているに違いないのだ。
だから、さっきから敵の観測兵を探してはいるのだが、ここだという場所が特定できない。
駅周辺、明らかに敵しかいないことが確定されている建物に目掛けて、ダメ元で4発ほど榴弾を撃ち込んだりしてはみたのだが、この様子だとどうにも違うらしい。
ティーガー ――――というか、強固な装甲を備え、敵の対戦車砲などに耐えられるように作られた戦車は、基本的にはそこらの装甲車よりも遥かに頑丈だ。
多少の弾幕射撃を受けたところで、早々壊れはしない。
だが、いくら頑丈とは言っても、流石に真上から着発信管―――弾着と同時に弾が爆発するタイプの弾がうっかり直撃したら、流石に撃破されてしまう。
履帯などの足回りが爆風やら破片やらで運悪く壊れることだって無いわけではないし、視界と聴覚を著しく制限されているのも事実。
うっかり穴に落っこちたり、地盤が弱い場所に入って擱座してしまったり、或いはどさくさ紛れに何かしらの罠を張られたり、待ち構える態勢を整えられたりという可能性はある。
戦車砲のように狙って直撃できるようなものではないのは事実だが、そもそもの話として"下手な鉄砲数撃ちゃ当たる"が砲兵隊による射撃の基本的な考え方である。
つまり、このまま延々と砲弾の雨に晒されるのは、精神的にも実害的にもあまり宜しくない。
本当はハッチから顔を出して、双眼鏡でしっかり周辺を見回したい所だが、こんなに周りがあちこち爆発しまくっていては、ハッチを開けた瞬間に死亡確定だ。
―――どこだ? 俺ならどこに……いや、待てよ?
ふと思い至り、ヴォルフは周辺の地形を念入りに見回す―――もちろん、爆風やらなんやらで視界は最悪だが。
駅までは凡そ1.5km。今いる場所は、大きな鉄道の土手の手前側で、凹状の地形。
更に攻撃を受けたのか、客車6両と戦車輸送用貨車3両編成の壊れた汽車―――2両のⅢ号戦車が中途半端に防水シートが剥がれた状態で載せられたまま、なおかつその周囲に戦車兵数名の遺体、そして打ち捨てられた防水シートが2枚ほど転がっている辺り、何両かは卸すのに成功して戦闘に参加しているのか―――それが線路上にいるせいで、駅の方からはこの辺りを見張るのはかなり厳しい。
現にヴォルフは汽車と土手で駅を直接見ることが出来ていない。
―――それに……。
「フェヒター3、確認したい。駅に接近中にそちらの弾幕射撃が途切れたタイミングは?」
<<あー、こちらフェヒター3。地図で言う所の第73番踏み切りを通過した辺りだ>>
地図で確認する。
―――ここに侵入したら敵の砲撃が止んだ。弾を落とすのを嫌がった? いや、観測員の死角なのか?
戦闘の状況からして、敵は駅に砲弾などを落として損害を出すのを明らかに嫌っている。
できる限り無傷で確保したいのだろう。
だが、件の踏み切りは少々砲弾を落としたからって、駅の機能に取り返しの付かない事態を招くような場所ではない。
―――それに……確かあの辺りは、それなりに木が立っていなかったか? 防風林のような……
視界を遮るような見え具合がどうであったか。
数日前に目撃した景色の記憶を探りながら地図の上でヴォルフの指が走りつつ、時折ハッチの防弾ガラス越しの狭い視界の中で周りを見回す。
その間にもティーガーは爆発の中を走り抜けていく―――
「……ん?」
不意にヴォルフの目が細められた。
バッヘムの肩がぴくりと動いた辺り、ヴォルフが何かに反応したのを察知はしたようだ。
だが、敢えて声を掛けてこないのはこちらの集中を邪魔しないためだろう。
もう一度地図で位置関係を素早く確認してから、目を凝らして視線の先―――約1.5km先の雪に覆われた丘の上にある"それ"を睨む。
僅かな異変も見逃さないとばかりに。
そこにあるのは、酪農場のものと思われる柵と、牛舎だか何だかの建物の屋根だけが見えている。
また、それらの持ち主のものと思われる、1階建ての民家らしきものが、やはり屋根だけがギリギリ見えて―――
その時だった。
民家でも牛舎らしき建物とも違う、"そこに見えたもの"で何かがキラリと光った。
"それ"はほとんどが木製で構成されていた。
木で組み上げられた塔の上に、桶のような円柱状の物体が載せられた形状。
ぶらりと垂れ下がるように固定されていのは、恐らくホースの類か。
遠目からでもわかる傷み具合からして、使われている金具などが、太陽光を反射するほどに新品ピカピカなんてことは、まずあり得ない。
つまり、双眼鏡のレンズ、でなければ銃剣、或いは―――いや、この際、細部はどうでもいい。
なんなら勘違いでも知ったことか。
怪しすぎるのは間違いないのだ。
「砲手、砲塔旋回右!! 農家の給水塔!!」
素早く反応したバッヘムにより砲塔が旋回されていく間にも、ヴォルフは無線で続行する412号車に警告する。
「フェヒター2!! 経路右の丘、給水塔に敵観測員だ!! フェヒター1が射撃する!!」
<<フェヒター2了解、左から抜けて前進継続しつつ観測支援します>>
「目標確認!! このまま徹甲弾で射撃する!!」
「了解、操縦手止まれ!!」
412号車が左隣を走り抜ける中、停止した411号車の車体の揺れが納まり、砲身が最後の微調整に入る。
「……ふっ………」
バッヘムが軽く息を吐いて止める音。
吐き止めと呼ばれる、銃の射撃でも使われる技術だ。
呼吸による自身の身体の揺れ、例えば肺が膨らんだり縮んだりすることによる、僅かな上下の動き。
それをも止めることで、照準のブレを極限まで減らす狙撃者の技。
ただし、息を吐き切ることは基本的にない。単純に苦しいし、脳に酸素が行かなくなる。
吸い込んですぐには止めない。こちらも息苦しいし、身体の体勢に影響が出る場合がある。
あくまでもリラックス。
肩の力を抜き、口から吐くか鼻から吐くかは人それぞれ。
ただし、小銃などと戦車の違いは、機械で制御されているために腕の震えなどはあまり考慮せずとも良い点だ。
一度照準を定めれば、あとは好きなタイミングでトリガーを引ける。
だから銃と違って、別に吐き止めを必ずしなくてはならないと言うわけではないのだが、戦車兵とて銃の取り扱い訓練はしっかりと受けている身だ。
射撃に集中する為のお約束動作として、癖になっていてもおかしくはない。
「発射!!」
装填手や車長が閉鎖機の後退に巻き込まれないよう警告しつつ射撃。
轟音と共に砲弾が吐き出され、約1.5kmの距離を飛翔し―――
<<右に逸れました、修正左に半目標>>
412号車による弾着観測。
外れた瞬間が、運悪く至近距離に置ける砲迫射撃の弾着で完璧には見えなかったので、バッヘムはクラリッサの判定に基づいてレバーをゆっくり回して冷静に照準を修正を開始。
「徹甲入れます!!」
その間にもヴァイスマンが素早く徹甲弾を装填する。
ああ言った建造物を吹っ飛ばすなら爆発する榴弾の方が有利だが、榴弾だと弾道が変わる。
徹甲弾よりも山なりの弾道、なおかつ弾速が遅いので遠距離射撃には向かず、しかも照準器の読む目盛まで変わってしまう。
修正射撃で素早く仕留めようという現状での妥当な判断だ。
「修正よし……こいつは外さない、撃ちます!!」
「よし撃て!!」
発砲。
今度は弾がどこに飛んでいくか、ヴォルフの目にも曳光が見えた。
風を切り、砲弾が勢いよく給水塔に目掛けて物凄い勢いで飛んでいく。
―――これは……当たる。
弾道を目で追うヴォルフは命中を確信。
そして何よりも雄弁に、古びた給水塔は弾着に耐えきれなかったらしく、あっさりと倒壊するのが遠目に見えた。
「命中!! 操縦手、引き続き道路上を前進、装填手、徹甲弾装填しておけ!!」
「了解、小隊長!!」
ディットリヒの返事と共に、再び411号車がエンジンを吹かして前進を再開する。
「やりますね小隊長。慌てて降りようとしてる奴、照準器から見えましたよ」
一旦照準器から目を離しつつ、バッヘムが首をボキボキ鳴らしながらヴォルフに報告し、ヴォルフも頷く。
「死んではいないかもしれないな。暫くするとまた撃ってくるかも」
その時だった。
<<イェーガー3より中隊各位、味方砲兵隊が展開完了。砲迫射撃要請あれば送れ>>
トラレス副中隊長による報告だ。ちょうどいい。
「イェーガー3、フェヒター1より砲迫射撃を要請」
<<イェーガー3傍受、要請内容報告せよ>>
「火力集中点B663。目標、敵の観測所。掩蓋化は不明、500m四方に煙弾混用、10分の制圧射」
<<イェーガー3了解、要請する>>
出撃の直前に"もしかしたら"と地図の上に番号を振って、中隊全員で認識を合わせていた地点で助かった。
いちいち座標を読むより遥かに早い。
これで観測所を少なくとも1つは潰した訳だが、この周辺についてはご覧の通り、既に敵が制圧射撃を要請済みだ。
すぐに砲弾の雨が止むわけもなく、相変わらず周囲には爆発及びそれにより舞い上がる雪やら泥やらで大惨事な風景である。
早く此処を抜けたいところだ。
<<前方経路上に踏み切りを確認、援護態勢取ります>>
先行していた412号車が踏み切りの坂、その500mほど手前で停車。
踏み切り部分の手前、道路右側にある3つの小屋を警戒し、砲身が動いている。
「イェーガー1、フェヒター1及び2は83番の踏み切りをこれより通過する。現在まで損害なし」
<<イェーガー1傍受。その踏み切りを超えたら、駅まで約1km。近接戦闘に注意しろ>>
「フェヒター1了解」
<<フェヒター2傍受>>
ヴォルフも地図で確認している。
やや急な坂道なのでまだ向こうの状況は見えないが、駅から敵戦車が撃ってくる可能性は十分にある。
踏み切りを超える瞬間には、ティーガーの車体は駅に対してやや正対気味。
昼飯の角度を維持して出るのは困難だが、鉄道土手の傾斜からして、ここしか通りようがないのだから仕方ない。
本当なら駅に砲迫射撃を落として目眩まししたいが、味方がいるかも知れない。
しかも守るべき重要施設をまさかボロボロにするわけにはいかないのが辛いところだ。
「フェヒター1、このまま先行する。フェヒター2は通過を確認したなら後に続け」
ぴったり後ろに付けられると、万が一の時に咄嗟に後退できなくなる。
その為の保険を掛けておきながら、ヴォルフは命じた。
「全員、突っ切るぞ!! 砲手、土手の上に出たなら、真っ先に前方の駅を警戒!! 操縦手、速度増せ!!」
ティーガー411号車が412号車の左後方を走り抜けて、一気に踏み切りへと近付く。
先ほどまでの流れと違い、砲迫射撃の砲弾は降ってこなかった。




