大規模攻勢 2
この町の住民たちは、2つの意味で幸運だった。
かつて帝国軍が侵攻してきた際、戦闘自体はそれなりに激しくはあったものの、連邦側の指揮統制がかなり杜撰だった上、指揮官クラスが兵を見捨ててこっそり逃げ出したことにより、連邦の部隊は早々に戦意喪失。
その結果、僅か1日半間の激戦という想定外の短時間で戦いは終わったのだ。
これが住民たちにとって第一の幸運だった。
市街戦はその死角の多さ、立体的構造から、最悪の場合は建物の部屋一つ一つを奪い合うような戦いになってしまい、なかなか決着がつかない。
そんな有り様だから、何処で誰が戦ってるのかは指揮官も末端の兵士たちも把握が死ぬほど大変で、同士討ちの危険もつきまとい、勝とうが負けようが両軍に大損害が出やすいのだ。
そんな有り様の戦場となるので、残留民間人なんて居ようものなら、間違いなく巻き添えを食らって大惨事確定だ。
故に、攻撃側の指揮官は、まともな頭の持ち主であれば、市街地での戦闘自体を基本的には徹底的に避ける。メリットがなさ過ぎるのだ。
完全放置は流石に危険だが、精々街の中の敵が好き勝手しないよう、街の外に見張りの部隊を置いて、睨みを利かせるくらいである。
それでも市街戦をすると言うことは、それ相応の理由があると言うことだ。
具体的には、この町のように極めて重大な交通の要所だとか、前進経路上どうしても確保しなければまずい理由があるとか、政治中枢機能がある、政治的な指導者が隠れ潜んでいるなどである。
閑話休題。
第二の幸運は、町を占領して治安維持に務めた歩兵連隊の指揮官たるハイドン大佐が、至ってまともな神経だった事だ。
陥落当初、見捨てられたも同然の市民たちは完全に絶望の最中にあった。
待ち受けているのは処刑や粛清という名の虐殺か。それとも死ぬまでボロ雑巾になりながらの強制労働か。はたまた食料や生活必需品を無理矢理奪われるのか。そして―――女達は死よりも辛い、慰み者にされて弄ばれる運命なのかと。
市民たちは一人残らず戦々恐々で、中には生き延びた兵士たちと共に立て籠もりを試みる一家もあった。
だが、歩兵連隊長ハイドン大佐、そして部下たちはあくまでも融和政策に出た。
まず、戦闘の余波と連邦軍のやけくそ気味な放火で、肝心の駅にも相応に被害が出ており、これを再建する人手が必要だったという実利があった。
更にこの駅の確保に至るまでの戦いでは、馬鹿共がやらかしたせいで、無数のパルチザンとの戦闘をうんざりするほど連隊が経験する羽目に会っていた。故に、民衆を敵に回すその愚かな行為が齎す実害への認識があったのだ。
"軍服を着ていない兵士ではない闘争者たち"の脅威を正しく理解した彼らは、"食料・医薬品や家の修理に必要な物資調達への協力"を餌に、"駅施設修繕などの作業への協力"を呼びかけたのだ。
もちろん、市民や投降兵の全員が全員、涙を流して感謝の言葉を述べたわけではない。
戦闘に巻き込まれた市民はすでにいるわけで、結局死ぬまで抵抗した者、悲観から自殺した者はいくらでもいた。遺された故の憎悪もあるだろう。
そして帝国軍側において、この期に及んで大馬鹿をやらかした阿呆もいる。
だが、それでも問答無用の皆殺しや、拷問、略奪、放火、強姦の悪夢が避けられるならと、従順な市民は少しずつながら増えていき、或いは焼け出されて行き場を失った人々が、生活基盤を求めて街に来るようにもなった。
あれだけ実害を受けながら、それでもやらかした救いようないゴミ共を、市民にもちゃんとわかる形で徹底的に処断したのも、その鬱憤を晴らす一助として功を制したか。
そんなハイドン大佐だったが、普段は温厚な彼はたった今、司令部代わりにしている町の庁舎の一室で、烈火のごとく怒り狂っていた。
「ふざけるな!! 貴様らの怠慢で、こちらが今どんな状況だと思っている!?」
彼が怒鳴り散らすのも無理はない。
当初、敵航空機編隊の接近は町に備え付けたレーダーで捕捉し、当然の処置として最寄りの空軍飛行場に連絡した。
だが、空軍は動かなかった。飛ばせる飛行機が無かったのではない。動かせるパイロットがいないなどでもない。
彼等空軍側のレーダーには、そのような編隊など全く映っていなかったのだ。
ハイドン大佐は西部戦線だけでなく、先の大戦も経験したベテランで、敵航空機の動向には非常に神経質な男だった。対空機関砲などの地上対空火器の限界もよく知っていた。
だが、その実戦経験豊富であるが故の知見が仇になった。空軍からすれば、門外漢のくせに何かと口を出してくる、中々に鬱陶しい男でしかなかったのだ。
だから、ほんのつい出来心で、通信班はハイドン大佐からの報告を聞き流した。
数日前にハイドン大佐が航空機が来たと大騒ぎし、実際には連絡がうまくいっていなかった飛行訓練中の味方だったことも、その怠慢を助長した。
どうせまた何か勘違いしてるんだろう、陸軍大佐風情が、空戦のプロである我々を差し置いてまたやかましく騒いでいる、と。
再三に渡る対空援護要請にも関わらず、飛行機は1機も動いていなかった。
肝心のレーダーが、何者かによる計画的な工作によって不調を起こしていたとも気付かずに。
その結果がこのザマだ。空軍の連中が呑気に珈琲を啜って談笑している間にも、ほとんど一方的なまでの爆撃で、地上部隊はまるで身動きが取れない。
そして、空軍基地が認識している通り、ハイドン大佐は陸軍だ。
だから、爆撃の次に何が来るかも予想ができていた。
町には徹底的に爆撃を加えておきながら、なぜ駅には一発も爆弾が落ちていないのか、その理由を。
「いいから早く戦闘機を飛ばせ!! 私が冗談を報告しているとでも言うのか!? ―――すぐには無理!? 貴様ら他人事か!? この爆撃の狙いは―――」
「ハイドン大佐!! 砲兵隊のレーダーに反応が!!」
幕僚の1人が叫んだ直後、敵の砲兵隊までもが弾幕射撃を開始したと証明するが如く、とっくに割れるか罅だらけになっている窓の外で、凄まじい爆発音が鳴り響く。
「大佐、ここは危険です!! 避難を!!」
「馬鹿者!! 今ここで指揮を中断してみろ、混乱は益々酷くなる!!」
まるで話にならない電話口の向こうの相手。そいつにも聞こえるような大声だった。
「いいか諸君!! なんとかして駅に部隊を送れ!! 一兵でも多く!! 敵の狙いは―――」
それが、空軍基地の通信手たちが珈琲カップと間食のクッキーを傍らに聞いた、ベンノ・ハイドン陸軍大佐の最後の言葉だった。
戦後、偶然庁舎の外に出て、歩兵中隊長とやり取りをしていたが故になんとか生き延びた、ハイドン大佐に可愛がられていた幕僚の一人、カール・バーデン元中尉が、本の中で語るに曰く。
―――大佐たちが居た部屋が、砲兵隊のものと思われる直撃を受けたのを、私は確かに見ました。中隊長と二人で、大慌てで瓦礫だらけの階段を駆け上がり、部屋だった場所に飛び込んだ時。私たちは、その部屋が見る影もなく崩れ落ち、部屋に居た人は誰一人助からなかったのだと思いました。
―――でも、瓦礫に挟まれたハイドン大佐がすぐに見つかりました。この時点では、彼はまだ生きていたのです。彼は朦朧とした意識のまま、もう壊れて断線してしまった無線機の受話器をものすごい力で握りしめ、亡くなられるまで譫言のように仰っていました。
―――「カール、歩兵だ、歩兵を駅へ」と。大佐らしい最期だったと、私は今でも尊敬しています。
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猛爆撃と弾幕射撃を受ける町。その音を聞きながら、戦車にしがみついたイグムノフ2等兵は鼻息荒く、目は血走り、歯はカチカチ音を鳴らしていた。今にも小銃を落っことしそうになりながらも、肩にかけた紐がそれを防いでくれている。
それは寒いのもあるが、これから始まる初陣に向けての度を越した緊張からだ。
人を殺したことも、殺すのを見たこともない。なんなら動物すら殺したことなく、命を奪う経験と言えば精々虫に対してくらい。
そんな齢17歳の彼は、農村での質素で、冒険も何も無い平凡な生活がどれだけ恵まれていたのかを、これから身を以て知ることになる。
出撃前の、よくわからないが偉い人らしい人が演説していた訓示が忘れられない。
―――新年における、我らが偉大なる同志書記長へのお祝いとして、敵の要所に攻め込み、これを奪取する。良い報告を同志書記長にお伝えできるよう、一兵に至るまで命を捨てて奮起せよ。
訳が分からない。意味不明だ。ふざけている。
そんなことのために、自分たちはこれから命を懸けなければならないのか?
そんな彼の心の叫びは、彼だけのものだったのか。
今となっては、誰にも分からない。
彼らの感傷を他所に、T-34は突進していく。
炎上する町にではない。
その行き先は、全く攻撃を受けていない駅の方だった。




