クリスマスの足止め
寂れた小さな無人駅があった。一応は小さな街に隣接してはいるのだが、爆撃と火事ですっかり荒廃した街並みには人っ子一人いない。
まさに戦場のゴーストタウンと言った趣のそこは、せっかくのクリスマスを過ごすには、あまりに寂寥感溢れる場所だった。なんなら、何か化けてでてきそうで、不気味な雰囲気すらある。
「ふんふんふーん♪ ふんふんふーん♪ ふんふんふ〜んふふーん♪」
そんな駅構内の大きな倉庫。諸々の様子からして、元は貨車の格納庫だろうか。
何処からか見つけてきて引っ張り込んだベンチに座って、なんとも呑気なクリスマスソングのメロディーの鼻歌を歌っているのは、ホルスト・ブラル上等兵。ティーガー414号車の若き装填手だ。彼は足を組んで、手の平サイズの木片にナイフを走らせ、自分が彫り込んだものを繁々と眺め、満足したのか頷き、それをひょいっと宙に放った。
なお、彼の対面では411号車砲手のバッヘムが、今日も火の入っていないパイプを咥えたまま、木片をナイフで削り、こちらでも何かを掘っている。
それをキャッチしたのは、同じく鼻歌を歌いつつ、対面に位置する場所で弾薬箱を椅子代わりにした413号車砲手のティム・コストマン。彼は自分が手にしていた別の木片に丁寧なヤスリがけをして、これまたそれを隣の男、フォルカーに放り投げる。
それを左手でキャッチしたフォルカーは、手の内の木片をやはり鼻歌混じりに見やり、右手に持った絵筆を膝の上のパレットへ。手際よく絵の具を混ぜ、ササッと木片に色を付けていく。
最も、全箇所を一挙に塗ってしまうと手が汚れてしまう。ある程度塗り終えたところで、その木片はベンチの上へ。次に飛んできた別の形をした木片を再びキャッチしつつ一旦は傍らに置き、先に仕上げて絵の具が乾いた完成品を最後にチェックしてから、
「ふんふんふーん♪ たのしいクリスマス〜♪ Hey!!」
放り投げたそれを最後にキャッチしたのは、411号車の操縦手、ディットリヒ。
彼の傍らには、一般的成人男性と同じくらいの高さのモミの木があった。そこら辺に生えていたものを、有志中隊員総力を挙げての全力投球でわざわざ掘り返し、機関銃の弾薬箱を鉢植え代わりにして植樹。既に飾り付けの途中であるそれに、たった今受け取った雪だるまの飾りをぶら下げる。
「おーい、次の飾りつけはまだ?」
「そう焦るな坊や、絵の具が乾くまでちょっとくらい待てよ」
今度はトナカイの飾りを色づけながら、フォルカーはツリーの傍らでうずうずしている412号車操縦手、ユリアン・シュピューラーをあやす。
「―――だーかーら、てっぺんのお星さまは最後に決まってんだろ!!」
「順番付けても変わりゃしねえよ。さっさとつけちまおうぜ」
「シリングス、お前もうツリーに飾り付けるの辞めろ。そのお星さまをこっちによこせ」
「ふざけるな!! このお星さまはじゃんけんで勝った俺のものだ!!」
盛り上がる一堂に対し、クールな男を気取って冷めたような態度でいた414号車の通信手エルマー・シリングス。そのくせに、いざ自分がじゃんけんで勝ち残るや"てっぺんの星は俺がつけるんだ"と謎のこだわりを見せている。
しかし、それでもクールキャラを今更装うつもりか、付ける順番の空気は読もうとしないという奇行に走っていた。
金色に塗られた一際大きめなお星さまを後生大事に両手で持つ彼を、モミの木の周囲に集まる一同が非難している。
もうお分かりだろう。彼らはクリスマスツリーを作っているのだ。
本当は、駅前広場などで大きな木を用意して大々的にやりたかったが、一応ここも後方地域とはいえ戦地だし、パルチザンの活動が活発化しているということで、こうして屋内でのツリー作りに勤しんでいるのである。その理由はただ一つ、息抜きだった。
「おお、だいぶ様になってきたな」
そこに歩いていきたのはヴォルフだ。傍らにはクラリッサを連れ、中隊の男どもが年甲斐もなくツリーに群がっているのを見て微笑む。
「ふむ……悪くはないんだが、せっかくなんだしキラキラ光るようなのは無理か?」
顎に手をやりながら近くにいるフォルカーに問いかけると、彼は新しく絵の具をパレットに出しながら苦笑いを浮かべて見せる。
「いやあ、流石にそれはちょっと厳しいぜ」
「まあ、そうだよな……」
飾りつけの塗装に使っている油絵の具は、実は絵の心得があるというフォルカーの私物だ。
しかしながら、手持ちのラインナップには流石に光沢ある塗装を施せるものはないらしい。
「だそうだ、ヨハネスくん。小隊長はキラキラした飾り付けをご所望だ。その左手の薬指に嵌まったブツを我々は必要としている!!」
「ははははは、ぶちころすぞテメェ」
歩哨任務を交代した帰り道、サブマシンガンを肩からぶら下げたヴァイスマンが、ディットリヒの要請に対してにこやかに応じた。
「……とはいえ、よもやこんなところで足止めとはな。まあ、みんなが楽しそうだからまだいいんだが」
「仕方ありません。明日までの辛抱です」
苦笑いしながらため息を吐くヴォルフに、クラリッサが生真面目に返した。
ほんの2時間ほど前まで、栄光ある第502特務戦車中隊、第4中隊では、葬式のような雰囲気が支配的だった。理由は簡単である。数刻前に伝達された、とっても哀しいニュース故だった。
"パルチザンの活動により、共和国へと至る使用予定だった線路が破壊された"
パルチザン―――要はゲリラである。
当たり前だが、連邦及びその支配下にあった国に攻め込んだ帝国は、紛れもなく侵略者側である。連邦本国に搾取され、ゴミのように扱われていた属国や辺境の少数民族は多い。
だが、だからと言って誰もが帝国を解放者として歓迎したわけではない。
不幸にも戦闘の巻き添えを食った者もいれば、それにより家を焼かれたり、家族や友人を奪われた者はいる。スパイ容疑で摘発或いは拘束された者もいて、中には誤認逮捕もあるだろう。
もっと酷い場合は、後先考えることが出来ない馬鹿共、自分の欲望のことしか頭にない塵屑共が何かしらをやらかして、増やさなくていい敵を増やしたというパターンもあるだろう。
そして、そういうしがらみ関係なく、連邦こそが我が祖国、お国の一大事を前になんとするという、気合いの入った愛国者も当然いる。
パルチザン結成や参加に至る理由は様々だが、他国に攻め込んだ軍隊の宿命として、そういうゲリラとの戦いは避けられないのだ。
今回はと言うと、今まさに自分達がいる場所から5kmほど先で鉄道が爆破されたとのことで、線路の復旧には早くとも3日は掛かりそうとのことだった。
よって、第4特務戦車中隊を乗せた汽車は、知らせを受けた時点での最寄り駅―――出発した駅から数えて3つ目、距離にして約30kmの所にあるこのゴーストタウンで停車する羽目になったのだ。
せっかく積載した戦車も一応卸してあり、万が一の際にはすぐに戦える状態を維持している。まあ、戦車中隊相手にパルチザンが攻撃をしてくる可能性は、パルチザン側がよほど戦車を馬鹿にしていない限りは早々無いだろうが。
「ある程度は楽しめばいいが、騒ぐのはほどほどにしておけよ?」
「わかってるって。あ〜あ、クリスマスは一応は平和な共和国で過ごせると思ったんだがなあ」
ソリの形をした飾りに着色しながらぼやくフォルカーに、ヴォルフは一応釘を刺す。
つい先程の中隊本部での会議では、パルチザン対策として理由もなくゴーストタウンには立ち入らない、不審な人影を確認したら全戦車乗員は乗車待機、万が一民間人に遭遇した場合は必要に応じて拘束はしても早まったことはしない、と言った取り決めが改めて徹底された。
とは言うものの、一応ドンパチとはほぼ無縁な共和国行きに対する足止めに加えて、今日はなんとクリスマス。
ということで、歩哨等の勤務中以外はある程度ストレス発散してよしとなったから、こうしてクリスマスツリー作りというささやかな楽しみで騒いでいるわけだが。
やっていることは完全に子どもの遊びだ。
しかし、たとえどんなにくだらない遊びでも、気心知れたみんなで童心に返り、わいわいしながらやると、なんやかんやで結構楽しいものだ。ましてや、殺伐とした血なまぐさい命懸けの戦場暮らしであるならば尚の事。
「それにしても、キラキラした飾りか」
何かないかなとヴァイスマンはごそごそと懐を漁り、ポケットから取り出したものを見やる。
「お? なにかいいものでも……いや、ヴァイスマン、それはない」
「だよなあ……いっぱいあるにはあるけど」
苦笑いする彼の手にあったのは、戦場でなら嫌になるほど見ることができる物―――弾丸だった。
「空薬莢でもかき集めて、紐でつないでぶら下げるか?」
「勘弁してくれよ。ぱっと見はよくても、近づいたら薬莢で飾られてるのが分かるクリスマスツリーとか、ちょっと悪趣味すぎるぜ」
「なんか、いい感じの金具とかでも転がってないかねえ」
とりあえず絵の具が乾くまでは飾り付けの続きができないので、男たちは周囲に転がる廃材やらなんやらを探り始める。
「結局、どこまで行っても逃れられない。そういうことなのかもしれませんね」
不意にヴォルフの耳朶を打ったのは、傍らのクラリッサの涼やかな声だった。すぐ近くにいたヴォルフ以外には聞き取れない、小さな声。
感情が死んだようなその声は、或いは彼女は無意識に発したものだったのかもしれない。
なぜなら、振り向いたヴォルフの前で、クラリッサはクラッシュキャップのひさしを左手で下ろし、目元を隠して表情を読めなくしているが―――その直前に、はっとしたような表情を一瞬浮かべたのが見えたからだ。
ヴォルフはなんと声を掛けようかと数秒悩み、そして何かをクラリッサに語りかけようとしたが、
「おっ、小隊長!! これなんかどうですかね? ちょっと錆びてますけど、磨いたら多少は雰囲気でるんじゃないですか?」
「サビ落とし、余裕あったかな?」
「まあ、どうせ鍵開け用途に使うことは早々ないんだし、思い切って多少は削れるの覚悟で、金属ブラシでも使ってみますかね?」
たくさんの鍵がぶら下がる鍵束を掲げる部下たちに呼ばれ、ヴォルフは声を掛ける機会を逸した。
どうやって錆を落とすか相談し始める一同。やがて絵の具が乾き、飾り付けも再開される。
クラリッサは、クラッシュキャップの庇の下から隊員たちを静かに見つめている。感情の読めない瞳に、何かの決意と濁った輝きを僅かに孕ませながら。
「ラインフェルト少尉」
声をかけられ、彼女は我に返る。眼前に差し出されたのは、リボンを結ばれたベルの形をしたツリーの飾り。
「その……一緒にどうだ? まだ飾りはあるし。ああ、いや、迷惑だったならすまないが……寂しそうにしてるくらいなら、楽しく過ごしている中に入って気を紛らわせるのはありだと思うぞ?」
「寂し……そう? 私がですか?」
相変わらずの無表情はそのままに、小動物のように小首を傾げたクラリッサにヴォルフは頷いた。
「ああ、そう見えたが……違ったなら忘れてくれ」
その飾りを差し出してきたヴォルフに、クラリッサが無表情のままに彼の顔と手の上の物体を交互に見ている。
はて、自分は何かおかしなことでもしているだろうかと、ヴォルフは内心首を傾げる。その答えは、意外な所から寄せられた。
「小隊長、マジですか?」
クラリッサと二人して声を掛けられた方を見れば、バッヘムがにやりと笑っている。その隣ではフォルカーもにやついていた。
「クリスマスの飾り付けって意味があるの、当然知ってるんだよな? ベルは幸せや喜び、固く結ばれたリボンは永遠の愛や縁、夢の実現」
「その飾りをわざわざ選ぶとは、いくらクリスマスとはいえ、中々にド直球ですよ?」
"え? そうなのか?"と問う視線をクラリッサに向ければ、彼女は表情を崩さずにこくりと頷く。
「私もそこまで詳しいわけではありませんが。クリスマスリースなどに付けられるリボンにはそのような意味が。他には例えば、リース自体は永遠などの円環、ツリーの頂上に付ける星は希望の星、杖状のキャンディは羊飼いの杖などの意味合いがあるとされています」
「そうか。意味合いについては、言われてみればあまり意識したことがなかった。せいぜい聖人やらなんやらに由来するとは思っていた程度だよ。ラインフェルト少尉は博識だな……待て。お前たち、謀ったな?」
ヴォルフは確かにクラリッサに渡すいい感じの飾りを選ぼうとしたが、この2人、それとなくリボン付きベルの飾りをこれ見よがしに、尚且つまさに今出来上がったんだとばかりに、ヴォルフが吟味している目の前に置いたのだ。一番可愛らしい感じのそれが、絶対に視界に入るように。これで、もしリボン付きのリースが余っていようものなら、そちらを勧めてきたかもしれない。
「違うからな、ラインフェルト少尉。可愛らしい飾り付けを渡そうと思っただけで、特別な意味はないぞ?」
部下にからかわれ、当たり障りの無いよう弁解する小隊長に対し、クラリッサは目を伏せて小さくため息をつく。それは不快感からではなく、気を張るのを緩めるかのように。
そして彼女は静かに、いつも通りの抑揚のない声で言った。
「ありがとうございます、クラナッハ少尉。貴方の親愛の情、確かに受け取りました」
そう言って、感情を読ませないお人形のような表情のまま、クラリッサはツリーへと歩いていく。隊員たちが道を開けて見守る中、彼女は一度ツリーに飾りをぶら下げ、数歩下がって繁々とツリーの全体を見やり、
「……。」
何を思ったか、改めて再び別の場所に吊るす。
「……。」
またしても数歩下がり、全体を見やり、
「……。」
トコトコと歩み寄って、またしても飾りを手に―――
「……あー、ラインフェルト少尉。飾りならまだ他にも……」
どうにも、こう言ったものに関しては凝り性らしい。このままだと飾り一つぶら下げるのが延々と終わりそうにない雰囲気を察して、ヴォルフは苦笑しながら呼びかける。
するとクラリッサはくるりとこちらを向いて、生真面目な声音で無表情のままに、
「そうはいきません、クラナッハ少尉。こういったものは、全体のバランスが大事なのです。色合いや形状から受ける印象を最大限活用してこそ―――」
若干の早口で語り出しかけた銀色の英雄に対する、珍しいものを見つめる周囲の視線に気付いたらしい。一瞬固まって、クラッシュキャップの庇を下ろして表情を隠しつつ、若干足早に立ち去ろうとする。
「……。……すみません、忘れてください。失礼します」
だが、そうは問屋が卸さなかった。
「折角なんですし、次はこのソリなんかどうですか? ラインフェルト少尉」
「この三日月の飾り、何処がいいですかね?」
「ふん……俺のお星様を飾る権利、ラインフェルト少尉のセンスになら任せてもいいかもしれない」
「いや、それはてっぺん以外の何処に飾るんだよ。何言ってんの、お前?」
たちまち隊員たちが面白がってクラリッサを取り囲み、彼女に次々と飾りを差し出してくる。
クラリッサはといえば、相変わらずの無表情ながら、口を小さくぱくぱくしながら―――助けてください、とでも言っているらしい。視線でもどこか助けを求めるかのようだったが、無情にもヴォルフが肩を竦めると、彼女は一瞬絶句したかのように口を半開きにした後、観念したかのようにツリーの飾りつけの陣頭指揮を始めた。
「親愛の情か。うまく躱されましたな、小隊長?」
その後ろ姿を見やりながら、ヴォルフはからかってくるバッヘムらに静かに問いかけた。
「中隊に来た頃のラインフェルト少尉の様子、2人が分かる範囲で教えて貰いたいです。フォルカーも頼めるか?」




