選ばれなかった者
第4特務戦車中隊の全女性隊員との面談や、リヒター伍長からの健康状態取り纏め資料の提出を受け取る等。
それら自らのやるべき仕事を全て終え、エルネスタ・フォン・オーフェルヴェークは大隊本部が駐屯する場所の最寄り駅に向かう汽車の客室に乗り込んだ。
将校用に充てがわれた客室で、彼女は窓の外を眺めながら紫煙を燻らせている。窓際からは駅の風景が広がっているが、そこに第4特務戦車中隊の姿はない。当たり前だ。敢えて反対側の席に座ったのだから。
―――何を焦っていらっしゃるのですか?
ラインフェルトの声が脳内で反芻され、エルネスタはぎりっ、と歯を噛み締めた。
クラリッサ・ラインフェルトは何もわかっていない。いや、全てではないにせよ、ある程度は分かっていても無視している節がある。
エルネスタが知る由はないが、ヴァルターがヴォルフに説明していた内容は事実だった。
なかなか子宝に恵まれなかった名門に、待望の世継ぎと信じられてようやく産まれた自分。
自分や母に対して、ゴミを見るような父親と親族の目。
自分を庇い、たくさんの愛情をくれ、でもだからこそ、エルネスタが13歳の時に心労で若くして亡くなった母。
ほどなく始まった虐待の日々は、屋敷の使用人たちまで便乗し、しかも父は、新しい母親と当時すでに11歳になった息子をすぐに連れてきた。
弟が産まれたタイミングは、母がまだ存命だった時期なのは明白なのに、誰一人として父を責めない。母の実家ですらも。
せめて家の役に立てなどと言われ、クソみたいな婚約者を充てがおうとする周囲に対し、彼女は必死に反発し続け、ついに持て余した実家から事実上の追放として国防女子予備隊へと放り込まれた。
その全ての記憶が忌々しい。怒りの炎は、身体に刻まれた虐待の後と同じように消えることなく燃え盛っている。
それらを経て、今のエルネスタ・フォン・オーフェルヴェーク中尉がここにいる。世の男どもに、自分を含めた虐げられる女たちの価値を認めさせるために。
だから、真なる平等ではなく優遇を求める女達を、彼女は男以上に憎悪していた。男という強大かつ共通の敵に立ち向かう為にやむなく利用してはいるが、なんの努力もせず、義務も果たさずに権利ばかり主張する癖に、いざとなれば何かと言い訳ばかりして結局は男に頼る連中を、彼女は心から唾棄していた。
本当は、旗頭に自分がなりたかった。それだけの努力はしてきた。兵士としての価値を認めさせるため、何度も命を張ってきた。身体能力ではどうしても男に勝てないからこそ、そして歩兵よりもより自らの名を挙げやすいと考え、戦車兵や航空兵あたりならばと何度も希望して、でもその機会を奪われ続けた。
実戦部隊に、それも戦車兵という花形に試験的ながら女性を配置するとなり、今度こそと期待したのに、待っていたのは輝かしいステージに立つのではなく、薄暗い舞台裏の仕事だった。
―――何故、私じゃない? 何故、お前がそこに立っている?
それだけなら良かった。自分が飾り立てる孤高の英雄が、自らの役割に殉じているのなら、まだなんとか納得できたのに。
―――何故、貴様は自分の立場を理解しない!?
作り上げた舞台装置の第4特務戦車中隊とて、万全ではない。例えば、身持ちが固い既婚者や婚約者持ち等を可能な限り集めたのは、エルネスタ側からすれば少しでも問題が起きないようにという配慮であるが、別の思惑がある反対派も容認した。
ラインフェルトたちが兵士としての価値を示せば示すほど、男性兵士が守りたいと願う妻や娘、母や姉妹が戦場に引っ張り出させる可能性が高まるのだ。家族や恋人、婚約者を深く愛するからこそ、そんなの反発されないわけがない。
現にそのからくりに気付いた小隊長の一人が、自分が戦う理由との矛盾に耐えられなかったことが原因で、ラインフェルトたちを精神的に追い込んで離脱させようと問題行動を起こした。まあ、そいつは名誉挽回しようと無茶をして、更なる問題を起こす前に戦死してくれたから良かったが。
だが、他の者達だって気付いてはいるはずなのだ。共に戦う仲間だと言う意識が今はまだ勝っているから、敢えてそれを言わないだけで。
でも、これから戦局が更に悪化すれば?
―――どいつもこいつも馬鹿揃いだ。何も考えていない本国の連中も。
戦車兵養成第一期生の際、30名居た候補生のうち、卒業できたのはたった1名の士官候補生と同じく1名だけの車長候補生、砲手2名及び操縦手要員で1名ずつ。
しかし2名は怖気づいて、前線に送られる前にあれやこれやと理由を付けて除隊。残る1名は結婚と出産を理由に除隊し、結局2人しか残らなかった。
続く第二期生は、教官に卒業の為に色仕掛けをしようとした馬鹿が問題行動を起こして中途解散。
第三期生はより厳しく審査されたこともあって、30名のうちたった2名の車長候補生しか卒業できなかった。しかもその内の1名はまたしても結婚で離脱した。
すでに反対派からは、卒業率の低さや離脱率の高さを指摘する声が強く上がっている。
駄目なのだ。真に自分たち女が戦場で価値を示す為には、真に意識を高く持ち、強靭な精神と高い能力を併せ持つ人材でなければ。
結婚や出産による離脱。普通の感覚ならむしろ祝福するのだろうが、エルネスタは違う。エルネスタはそう言う立場の人間ではない。むしろ、ある種の裏切りだと、忌々しさすら感じていた。
―――崇高な使命に対する自覚が、どいつもこいつも足りなさ過ぎる。
とはいえ、カミラ・レーヴェはまだいい。彼女には、可愛がっている弟を始めとする家族を、自分がこの手で守るんだという強い決意がある。
それは既存の男たちの価値観の反転であり、明確に女性の立場を向上するというものではないが、男たちからの理解を得られやすいし、方向性としてはそこまで他所を向いているわけではない。
だが、クラリッサ・ラインフェルトは―――理解ある中隊長とその副官、信仰の領域とも言える隊員達からの信頼、そしてその一人である無能な小隊長に対しては、命を救ったという絶対的な有利を持つという、最高の基盤を持ちながら、あの人形は―――
―――くそ、エルザ・プレルというピースさえ欠けていなければ……何故こうも上手く行かんのだ!!
苛立ちのままに二本目の煙草に火をつけようとオイルライターを取り出す。
―――はじめまして、オーフェルヴェーク中尉。これからお世話になります!!……って、何してるの、隠れようとしない!! ほら、挨拶しないと!! すみません中尉。この子、冷静そうに見せかけて、すっごく恥ずかしがり屋というか、超絶内向的で、初対面相手だとすぐ緊張してこんな感じに……
―――前々から思っていたんですけど、私も中尉も"エル"ですよね。中尉もひょっとして、プライベートではエルちゃんって呼ばれたりは……じ、冗談です、睨まないでください……
―――……オーフェルヴェーク中尉、私も頑張ります。じゃないと私、あの人に心配されちゃいますから。だから私は大丈夫!!……大丈夫なんです。
―――私は……私は負けられない!! あんな子に……自分で何一つ決められないような、あんなお人形なんかに…私は負けては居られないんだ!!
「……くそ」
中々火が点かないオイルライターに苛つきながら確認してみれば、中身が既に尽きていた。最近、ちょっと吸いすぎたか。
確か、そこらの倉庫で補給品が支給されていたはずだ。ため息混じりに席を立って一旦下車しようとするが、その瞬間に汽車が動き出す。
「……ったく」
仕方ないので席に座り、時刻を確認。第4特務中隊の汽車も、間もなく動き出す頃合いか。
ふと見れば、隣の席ではマッチで煙草に火をつけている歩兵将校たちがいる。
だが、火をくれと頼むことはしない。そんなこと、する訳が無い。
―――この旅の間は、煙草はなしか。
イライラしながら目を向けた窓の外では、別の駅から来たのだろう汽車が丁度入って来ていた。
第4特務戦車中隊を乗せた汽車が進む方向とは真逆の方向に、エルネスタを乗せた汽車は走っていく。




