出発準備
葬儀が終わった日から数えて5日後。とある大きな貨物駅において、沢山の物資が卸下或いは積載されている中に第502特務戦車大隊第4中隊の姿があった。
幹線道路沿いに車両行進で移動してきた彼らは、到着から一夜明けた後、今はまさに自分たちの荷物を鉄道輸送するべく積み込み作業の真っ只中である。
ぶっちゃけ、家に住まずにキャンプ生活をしている大人数がお引越しするようなものだ。個人の私物を纏めた鞄の類はもちろんのこと、椅子や机、毛布、タイプライターに書類発行用の紙。食器や調理器具。天幕の布に支柱、ロープに杭。
そう言った日用品のみならず、当然武器や弾薬箱、ドラム缶やジェリ缶、工具箱。補給を受けるにあたり何を補充したか、何を申請したか、使っている機材の調子、はたまた各隊員の健康状態や個人情報等々、1冊毎に様々な内容が記した大量の簿冊。
そして戦車と装甲車、トラック、オートバイ等の車両も全部積まなくてはならない。
中でも一番大変なのはやはりティーガーだ。ティーガーはその大重量を支え、巨体の割にはT-34を上回る走り出しの俊敏さを誇る為の一要素として、幅が広い大きな履帯を採用している。
ところが、そのままでは戦車積載用の貨車の規格に合わず、はみ出してしまうので、基本的には"鉄道輸送用の幅の狭い履帯"に履き替えなくてはならないのだ。
元々はⅢ号戦車やIV号戦車を運ぶための設計なのだから仕方ない。下手に鉄道側に合わせれば、サイズやらなんやらの制約が課せられ、陸戦兵器としての戦闘性能が下がる以上、設計の欠陥というよりは、ティーガーと言う戦闘性能に特化した特注戦車を作ったが故のやむを得ない特性だ。
さて、履帯とは、平べったい長方形の鉄の塊―――履板が何十個と連なって、一つ一つが鉄のピンにより連結させられた代物である。そして"平べったい"とは言うが、それは戦車を構成する全体の部品の中ではと言う意味だ。実際に手に取るとなると、ピンを嵌め込むためや転輪に沿わすために設けられた突起などでゴツゴツしており、まるで恐竜の骨でも持っているような気分だ。何より、ずっしりとしたその重みは、ただ持っているだけでも腕力が鍛えられる。
要するに、ギャリギャリガラガラと言うタイヤとは違ったあの独特の走行音をさせながら、いとも簡単に高速回転して地面を蹴り出している時のイメージとは違い、めちゃくちゃ重い物体の集合体なのだ。
では、その重量物が見知ったシルエットになるために何が行われているかと言うと―――
「よし、いいぞクラナッハ少尉」
両手で振るうタイプの長い柄を持つ、大きなハンマーを片手に頷いたヴァルター中隊長に頷き返し、ヴォルフは履板を抑えていた手を離して距離を取る。大柄で恰幅の良いヴァルター中隊長が、その外見に相応しい力強さで自分が踏みつけている履板にハンマーを振るう。
ハンマーに叩きつけられているのは、履板同士を繋ぎ合わせるためのピンだ。履板の長辺にある穴の空いた突起同士を噛み合わせ、横からピンを差し込む形で固定するのだ。
特別精密に作る必要のある箇所ではないため、ちょっとばかり―――もちろん、支障がないと検品された上で、穴や軸が歪んでいることもある。故にボルト止めされる一般的な車のタイヤと比べれば、人力で気軽に付けたり外したりできるものではない。
よってむしろ、多少力任せにぶっ叩くくらいで嵌まるほうが丁度いいのだ。動いている戦車の足回りを一度でも見ればわかることだが、履板同士を繋ぐピンが簡単にスポスポ抜いたり入れたりできるようなら、作業の楽さを喜ぶよりも、"履帯"が戦車を走らせるや否や一瞬で"履板"と"ピン"に逆戻りになる心配をしたほうが良い。
中隊長がハンマーを振るう履板は、ずらりと連結された輸送用履帯、その残る数個の部分だ。
そして、中隊長がガンガンやってるものと並行にもう一つ、同じように今まさに組み上げられている履板が並べられており、
「ひいっ、ひいっ、ふう!!」
「なにやってんだいピットナー!! 中隊長に遅れてるよ!!」
「ひゃ、ひゃい!!」
傍らで愛用の乗馬鞭を自身の掌にぺしぺしやりながら、レーヴェがハンマーを振るう414号車の気弱な操縦手を急かしている。流石に彼を乗馬鞭でぶっ叩くことはないが、傍から見れば古代の奴隷とその主人か何かだ。
「ええい、貸しなピットナー!! あたしがやる!!」
乗馬鞭をいつものように腰に下げ、レーヴェがハンマーに手を伸ばそうとするが、
「ま、待ってくだしゃい女王陛下!! 僕だって男です!!」
もうバテバテかつ必死過ぎて噛み噛みな操縦手は、それでもガッツを見せんとばかりに頑張ってはいるが、誰がどう見ても限界だった。
「あんたのその心意気は好きさ!! けどね、このままじゃ勝負に負けちまう!!」
レーヴェがそう口にすると、周囲で彼らの連結作業を見守っていた一同が一斉に囃し立てた。
「頑張れピットナー!! 俺はそっちに賭けたんだぞ!!」
「そうだそうだ!! 女王陛下にカッコイイところ見せろよ!!」
つまるところ、ここにいる連中はうんざりしながらもどうにかティーガー3両ぶんの履帯履き替え作業を終えた。さあいよいよ残る1両のみとなり、その履帯連結もいよいよ終盤と言う所で、自身の業務を終えたヴァルター中隊長が様子を見に来た。
その時、中隊のお調子者たちが言い出したのである。せっかくだから競争にしようぜ、と。
正直、あまり楽しいとは言えないどころか、飽きが来るタイプの単調かつ重労働な仕事内容であるが故に、隊員たちは刺激を求めて次々に賛同。競争者はくじ引きで選ばれ、中隊長も自ら参戦に名乗りを上げた。結果、中隊長&小隊長チームVS女王陛下&その忠実なる操縦手チームと相成ったわけである。
履板は、完全に1両分を組んだ状態にしておくと、保管する上で非常に場所を取るわ、運ぶのが大変だわで、少数を組んだ状態で普段は保管されている。そしてティーガーのみならず、戦車は基本的には車体の上面等に、これ見よがしにハンマーやらなんやらの機材が固定されている場合が多い。
もうお分かりだろう。履帯の交換作業、何らかのメンテナンス、戦闘中の被弾等による切断と言った必要性に応じて履板同士を繋ぐのは、全て人力でやるのだ。
彼らが競い合っているのは、最後の数カ所の連結作業である。明らかにパワー系ではないピットナーが参戦ということで、とても勝負にならないかと思われたが、意外や意外。 当初ハンマーを振る側だったヴォルフに対抗して、ピットナーは物凄い頑張りを見せ、かなりの所まで食いついたのだ。
この予想外の健闘に中隊は大いに盛り上がったのだが、この時にヴォルフとしても負けられない理由ができたのである。
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「や、やべえぞフォルカー!! ピットナーの奴、想定外にやりやがる!!」
「く、くそ、確かにこれは予想外だ!! 小隊長に全ツッパしたのは失敗かもしれねえ!!」
413号車の乗員たちが悲鳴を上げ、411号車の乗員たちを見やる。
「おいお前ら!! 小隊長がピンチだぞ!! 作業を3倍くらい速くする方法に心当たりは!?」
「あるわけ無いだろう、そんなもの……いや、待てよ?」
我らが頼れる中隊随一の砲手にして、年配者の一人たるバッヘムが、パイプ片手に少し考える素振りを見せる。
すると彼は、ふむと頷くや、他の作業で近くを通りかかったが故に視界に入ってきた一人の人物に協力を要請したのだ。
「ラインフェルト少尉。ここは一つ、小隊長を応援して下さいませんか?」
愛想よく紳士的な態度だが、バッヘムとしてもヴォルフに賭けた身である。なんやかんやで損はしたくないからか、ダメ元で頼んだようだ。
「私が、ですか?」
立ち止まってちゃんとバッヘムの方に向き直り、相変わらずいつもの無表情のまま、ちょこんと小首を傾げてクラリッサが問い返す。
するとフォルカーとディットリヒがここぞとばかりにクラリッサに泣きついた。
「頼むぜラインフェルト少尉!! このままじゃ下手すると給料ぶっ飛んじまうよ!!」
「お願いしますラインフェルト少尉!! 仲間を救うと思って!!」
周囲を一瞥したクラリッサも、履帯繋ぎで勝負をしていることは察したらしい。
しかし、返ってきた返事はなんとも天然な内容だった。
「……? 中隊の皆さんは全員仲間では?」
「それはそれ、これはこれです!!」
「わかりました。では」
直立不動のままクラリッサがヴォルフの方へと向き直る。中隊が誇る孤高の英雄にして、絶世の美貌を持つ彼女が、果たしてどのように応援するのか。期待と注目を集める中、堂々と綺麗に背筋を伸ばしたまま、彼女はまっすぐにヴォルフを見つめて告げた。
「クラナッハ少尉、ご健闘をお祈りします」
「「ちっがああああう!!」」
応援というにはあまりにぶっきらぼうかつ無機質で無愛想な物言いに、流石にその場の一同がずっこけそうになる中、フォルカーとディットリヒがクラリッサに詰め寄った。
「そんなんじゃ駄目だぜラインフェルト少尉!!」
「そうですよ!! 不採用通知じゃあるまいし!!」
やけに熱の籠もった2人に、クラリッサが無表情のままながら、やや困惑したように問い返す。
「そうは仰られても、私にはどうすればよいか……」
「こういうのはもっと、ザ・ぶりっ子な感じでいいんですよ!!」
「ぶりっ子……ですか?」
「何というか、こう、"頑張れ♪頑張れ♪"……みたいな!!」
そう言って、両肘を曲げて握りこぶしを作り、かわいい女の子がやればさぞかし似合うであろう動作をしてみせるディットリヒ。はっきり言って気味が悪い。
「そうだラインフェルト少尉!! "頑張れ♪頑張れ♪"だ!! こう!! こんな感じに!!」
フォルカーまで同じように動作を交えて実演を始めた。やはりこちらも気味が悪い。
一方でクラリッサは相変わらず困惑した様子のまま小首を傾げて固まっていたが、やがて生真面目にもおずおずと両腕を二人と同じように構え、
「……頑張ってください、クラナッハ少尉」
相変わらず抑揚がなく無表情のまま、なんとも言い難い声援が棒読みで繰り出され、一同はなんとも微妙な表情を浮かべる。
「くうう!! せめて笑顔なら!! 天真爛漫な笑顔なら!!」
心底惜しむがごとくフォルカーが唸り、ディットリヒがなおもクラリッサを演技指導する。
「ラインフェルト少尉!! 笑顔が難しいならせめて声!! 頑張ってくださいとか他人行儀なのじゃなくて、かわいい感じに"頑張れ♪頑張れ♪"って!! そう、弾むような感じの―――」
「さっきからお前たち気色悪いからやめろ!! 男がそうやって応援しても余計にテンションが下がる!! 何よりラインフェルト少尉が困ってるだろ!!」
結局、耐えきれなくなったヴォルフが叫び、ラインフェルト少尉の尊厳を守るべく意地を見せ、先にノルマ分を達成してヴァルター中隊長へと繋いだのだった。
最も、せっかく頑張ったのに何故かヴォルフに対して"大人げない"などとブーイングがたくさん飛んできたが。
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「ほら、貸してみな!! 車長のあたしが、お前の努力を無駄にしない!!」
「ううっ、女王陛下……」
ノルマは別にどういう順番でクリアしようが問題ない。1人あたりの割り振りが崩れなければ。そう言う意味では、バテてしまったピットナーを一旦休ませるのはアリだろう。ピットナーもそれを認識しているからこそ、ここは自分のプライドより、敬愛する女王陛下に捧げる勝利を優先したらしい。
泣く泣く部下から渡されたハンマーを手に、レーヴェは履帯を踏みつけるや、それを大上段に振りかぶり、
「ぬううぅぅんッ!!」
淑女が出す声としてはちょっとどうなのかと言いたくなる気合い一発。一際の物凄い金属音に皆が肩を竦ませ、そして唖然とする。
「マジかよ、一発で!?」
「ゴリラかよ……」
「バケモンだ……」
さっきまでちょっと嵌まっていただけのコネクターピンが、たった一撃ですっぽり入ってしまったのに騒然とした声が上る中、ピットナーが次のコネクターピンを穴に宛てがい、レーヴェが軽くそれを叩いてある程度中に差し込む。そして誰かが支える必要がない程度までピンが入ったのを確認するや、ピットナーが離れると共に再び両手でハンマーを振りかぶり、
「ふうぅぅぅんッ!!」
今度はガキンと言う音と共に、ピンが一撃で半分ほど入ってしまった。個体差による歪みやらなんやら、今度は一発ではなかった理由はいろいろ考えられるが、ここまで来ると材質的にまずありえないとはいえ、ピンの方が変にひん曲がらないか心配になってくる。
「壊すんじゃないぞレーヴェ!!」
流石に手を止めて見入ってしまっていた中隊長が苦笑しながら忠告すると、レーヴェは"ふん"と鼻を鳴らし、再びハンマーを振りかぶる。
「中隊長、負けそうだからってそれは通らな―――あ」
「「「「あ」」」」
場の空気が凍りついたのは、金属同士がぶつかった音に混じって、聞こえてはならない音がしたからだ。
とはいえ、一番凍りついているのは珍しくレーヴェ当人だろう。彼女の視線の先は、ハンマーの先端部―――本当なら、対象を叩くための金属製ヘッド部分が付いてるはずの部分。そこにあるべきものがなくなり、ハンマーが只のへし折れた木の棒になってしまった事実を示していた。
「あー……その、中隊長?」
バツが悪そうな顔をしたレーヴェが中隊長を見れば、ちょうど彼はハンマーを振り下ろし、最後の履板を繋ぎ合わせたところだった。
「勝負は俺たちの勝ちらしいな。レーヴェ、一杯奢るのと備品損壊の始末書、待っているぞ?」
そら見たことかと言いたげな苦笑とともに中隊長が告げ、周囲で爆笑が湧き上がる。
それと共に大健闘を見せたピットナーを皆が取り囲んで褒め、落ち込んでいる彼を慰め始めた。中隊長もピットナーの肩に手をやり、健闘を惜しみなく讃えている。
その情景を微笑ましく見ながら、ヴォルフはこっそりとため息を付いた。
「はあ……やっぱり知らない間にちょっと鈍ったな……」
正直、ピットナーのことをあまり笑えない。着隊してからの日々で、既になんとなく気付いてはいたが……座学中心の士官学校生活は、どちらかといえば元々は体力がない方であるヴォルフから、想像以上に装填手時代の積み重ねを奪っていたらしい。小隊長として、皆の規範になくてはならない自分がこれでは、ちょっと示しがつかないだろう。
「……隙間時間に鍛え直すか」
「何を鍛え直すのですか?」
いきなり背後から聞こえた声にびっくりして振り向けば、いつの間にかすぐ傍らにクラリッサ・ラインフェルトが直立不動で立ち、こちらを見つめていた。
「412号車の防水シート、固定完了しました」
彼女は大いに盛り上がっている同胞たちを軽く一瞥してから、改めてヴォルフに向き直り、きびきびと報告する。実際、彼女の背後に目をやれば、荷台の上で防水シートを被せられ、その上からロープを縛られたティーガー3両の姿が見える。
「あ、ああ、ご苦労。では、ちょうど切りもいい、一旦休憩しようか」
「了解しました」
話が自然と逸れたことに、内心でヴォルフは一瞬安堵した。
だが、生憎これで終わりかと思えば、そうは問屋が降ろさなかった。
「クラナッハ少尉。権限に制約があるとはいえ、私も一応は少尉であり、第一小隊の車長です。小隊の不備があるなら、私にも情報を共有をして頂ければ」
別にヴォルフに対してどうこうではなく、間違いなく真っ当な義務感から聞いているのだと言うことは、ヴォルフにもしっかり伝わってきた。だから、ただ素直に自分のことを告げればいいだけなのに、ヴォルフの口から出たのは別の言葉だった。
「い、いや、大丈夫だ、大丈夫。気にしないでくれ」
「……?」
小動物のように小首を傾げながら、 吸い込まれそうな青の瞳がヴォルフを見つめてくる。
"ちょっと体力が落ちてるから、隙を見つけて運動しようかと思う"―――只、そう告げればいいだけなのに。結局最後まで何故かその言葉が出ず、見栄を張ってしまった理由はヴォルフにも分からない。




