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廃村の罠 5

 建物の角から身を乗り出して、帝国国防軍の歩兵が小銃を撃つ。

 すぐさま身を隠せば、反撃で飛来した弾丸が、盾にしている民家の壁をガリガリと削る。

 誰かが叫ぶ。


「くそ、ここから前進は無理か!? 迂回路を探るぞ!!」


「いや待て!! 味方の戦車だ!!」


 彼らの後ろから走ってきた味方の戦車―――Ⅳ号戦車が停止し、若い戦車小隊長がハッチから顔を出した。

 歩兵の一人がすぐさまよじ登り、情報を伝達する。


「あの角の先に敵の機関銃がいる!! 横長の校舎みたいな建物だ!!」


「戦車や対戦車砲は!?」


「わからん―――おい、誰か確認したか!?」


 すると、一人の歩兵が彼らの元へと駆け寄ってきた。

 民家から握り付きの手鏡を調達してきたらしい。

 それを使って、身を乗り出すことなく曲がり角の先の状況を確認する。


 見えるのは民家が二軒と校舎。

 校舎の窓から機関銃が射撃しており、さらにその二軒の家の陰にも敵の歩兵がうろついたり、窓から機関銃が射撃したりしているのが見えた。


「いや、少なくとも戦車はいない!! 対戦車砲もここからは見えない!! 敵の機関銃は校舎の窓、2箇所から撃ってきて―――うわっ!?」


 言った直後、手鏡が飛んできた銃弾で木っ端微塵に吹っ飛ぶ。

 握りだけになって使い物にならなくなったそれを投げ捨てて舌打ちする歩兵の様子を尻目に、戦車小隊長が頷いた。 


「了解、榴弾で吹き飛ばすから下がってろ!!」


 歩兵が戦車から降り、小隊長がハッチを閉め、Ⅳ号戦車が前進を開始した。

 機関銃射撃をものともせずに飛び出したⅣ号戦車の砲塔が、敵機関銃陣地と化している民家に狙いを定め―――


 直後に戦車砲の発砲音―――しかしそれは沈黙しているⅣ号戦車の主砲によるものではなかった。


 装甲が砲弾に貫かれる音と共に、Ⅳ号戦車の砲塔正面に火花が散った。

 驚いた歩兵が何事かと悲鳴を上げている間にも、もくもくと煙を上げ始めたⅣ号戦車から、負傷した戦車兵が二人ほどハッチを開いて脱出してくる。


「せ、戦車兵を助けろ!!」


「急げ!! おい、こっちだ!! 早く!!」


 慌てて歩兵たちが敵がいそうな場所に目がけて、しっちゃかめっちゃかに撃ちまくって援護射撃する中、幸運にも二人の戦車兵は銃弾に追い立てられながらも命からがら歩兵たちのもとに収容された。


 先ほど顔を出してやり取りした戦車小隊長は———その中にはいなかった。


「馬鹿野郎!! 対戦車砲だか何だかがいるじゃねえか!!」


「そんな馬鹿な!! 本当に見えなかったんだよ!!」


 歩兵の1人が怒鳴り、もう一人が怒鳴り返す。    

 そんな彼らを他所に、肩を怪我したらしい戦車兵の1人が肩の傷口を抑えながら呻くように言った。


「くそ、あの野郎、窓の向こうから撃ってきやがった!! たぶん戦車だ!!」


 言ってるそばから、またしても復活したらしい敵の機関銃射撃が、彼らの隠れている民家の壁を抉り始める。


「くそ、退避だ!! 榴弾が来るぞ!!」


 歩兵たちがその場を大急ぎで立ち去る。

 直ぐに彼らがさっきまで隠れていた民家の壁が爆発した。


  

「危ないところだったな。我々はここで歩兵陣地を援護する」


 味方の機関銃が射撃し始めたのを確認したゲラーシー曹長は、安堵のため息をつきながら今後の方針を乗員に伝える。


 自分たち以外に村の中で生き残っている戦車は、同志レフチェンコ少尉のT-34。

 そしてT-34がもう1両、T-70が2両。歩兵はまだ7割程度が生き残っている。

 とはいえ、縦長の村の半分は敵の制圧下に落ちた。


 村に突っ込んできた敵戦車の生き残りは、ゲラーシーが知っている限りではⅣ号戦車が1両、Ⅲ号戦車が2両。

 さすがに歩兵の数までは分からないが、それなりに損耗はしているはず。

 少なくとも戦車の数の上ではこちらが有利だが———


「あとはチーグルがどう出てくるか……」


 敵には切り札となりうる戦車があと3両控えている。

 同志中隊長が切り札SU-152を用意して睨みを利かせている以上、信頼して任せてよいとは思うのだが、ゲラーシー曹長はどうにも胸騒ぎがおさまらなかった。


「同志曹長、我らがお嬢様です」


 操縦手の声に顔をあげれば、車長用ハッチを石か木材か何かでコンコン、とノックする音が響く。


「まったく、とんだお転婆娘だ」


 ハッチを開けるために体勢を変えながら軽口を叩けば、乗員たちがくすくすと笑いだす。

 それは決して馬鹿にしている笑い声ではない。

 良くも悪くもまっすぐなクラーラ・レフチェンコ少尉が、それだけ仲間たちから―――全員ではないにせよ、ちゃんと信頼を集めている証拠だった。


「同志ゲラーシー、これを見て」


 ゲラーシーがハッチを開けるや否や、クラーラが紙を差し出す。

 広げてみれば、現時点での敵と味方の位置を簡単に描いた図が描かれていた。


「これが貴方の戦車、これが私の戦車。同志アキムのT-34はここ。T-70はこことここよ。歩兵はだいたいそれぞれの戦車周辺で敵と戦ってるわ」


 イラストを鉛筆で示しながらクラーラが説明する。

 ゲラーシーとしてもちょうどこの辺りの情報は整理したかったところだ、実にありがたい。


 自分とクラーラの戦車が中央部を抑え、自分の戦車から見て左側にT-70が2両、右にクラーラ、さらにその右にT-34が1両という布陣だ。


「おおむね、予定通りに展開できたわけですな。さすがです、同志レフチェンコ少尉」


「でも、同志クリメントのT-34が……」


 少し目を伏せたクラーラに、ゲラーシーは苦笑を浮かべる。


「彼らは立派に義務を果たそうとした。それを無駄にしないためにも、今は悲しんでいる場合ではありませんよ」


「……そうね。話を戻すわ。今、状況は膠着状態よ。敵の生き残り戦車はⅣ号が1両、Ⅲ号が2両よ」


 迷いを振り払うように首を振ってから説明を再開したクラーラにゲラーシーは問い返す。


「戦闘力としては長鼻のⅣ号が一番の脅威ですな―――その場所は?」


「それがまだわかってないの。Ⅲ号も1両はここだってわかってるんだけど……きっとどこかしらに隠れているんだわ」


「なるほど。わかりました、見つけたら直ちに伝えます」


「お願いね。この作戦、成功させるわよ!!」


「ええ、もちろん」


「じゃ、戦車に戻るわ。またね、”オジサマがた”?」


 どうやら軽口が聞こえていたらしい。

 わざわざハッチの中に聞こえるよう顔を近づけた後に、ゲラーシーにウィンクしながらそう言って、クラーラは白のリボンで結ばれた三つ編みを揺らして走り去っていく。


「同志、これは一本取られましたね?」


 にやりと装填手が笑っている。

 まったく、こいつのお調子者っぷりにもいい加減慣れてきた。


「言うなよ、オジサマ」


「や、やめてくださいよ!! 俺はまだそんな歳じゃないです!!」


 あの感じからして、さては全部の戦車の元へわざわざ走って情報を届けたのだろう。

 なんとまあ、肝が据わっているというか、危なっかしいというか。

―――まったく、そういうのは随伴歩兵なりに任せるよう、後でお説教だな。


 そう思った直後のことである。


「うおっ!?」


 敵の軽迫撃砲のものと思われる射撃が降ってきた。

 たちまち周囲で爆発が起き、外で活動していた歩兵たちが慌てて身を伏せる。

 機関銃の弾を運ぶべく走っていた一人が負傷し、それを見ていた他の歩兵たちが慌てて彼を助けに走り出す。

 一方、ゲラーシー曹長のT-34の中は、別の意味で大騒ぎになった。


「おいおいおい!! 同志少尉は!?」


「マジかよ大丈夫か!?」


 彼らが血相を変えたのも無理はない。

 見送っていた走り去っていくクラーラの後姿、その至近距離で爆発が起きたように見えたからだ。


 しかも、その爆発がおさまった後にクラーラが倒れているように見れば、なおのことである。


 操縦手やゲラーシーに至っては、我を忘れて戦車から飛び出すべくハッチを開けようとしたほどだ。


 しかし、彼らの心配は杞憂に終わった。

 まだ砲弾が断続的に降ってきてはいるが、彼らの愛する小さな同志はむくりと起き上がり、”またね”とばかりに手まで振って見せてから走り去ったのだ。


「やれやれ、まったく、あのお転婆は……」


 ゲラーシーの苦笑いに同意を示すように、乗員全員が安堵のため息をついた。



 一人の帝国人歩兵が丸腰で走って逃げていた。

 後ろからは断続的に銃声が響き、彼のすぐ傍らを弾が抜けていく。


「ひゃはははは!! 逃げろ逃げろ!!」


 無様に時折転びつつ、泣きながら走っていくその兵士に目がけて、戦車の上で仁王立ちして小銃を撃っているのは、キール・スプコフスキー中尉。

 そして同じく戦車の上でそれを見物してゲラゲラ笑っているのは彼の部下たちだった。


 今、彼の指揮下にある戦力は彼自身の戦車も含めた直属のT-34小隊4両だけでなく、T-34が3両が増強され合計7両で行動していた。


 防御陣地守備隊から抽出した戦力を引き連れて悠々と行軍していた彼は、道中で偶然サイドカー付きのオートバイで逃げていく四人組の帝国兵を確認、そのうちの一組を捕らえるに成功したのが半刻前。


 片方の捕虜に対して手足の指を全て一本ずつ銃で吹っ飛ばし、戦車の工具として積載されていた小さなハンマーの打撃で顔の形が分からなくなるまで殴りつけ、耳を引きちぎり、しかしそれでも殺さない様に遊んでいると、もう片方の捕虜は聞いてもないのにペラペラと情報を話した。


 いわく、自身はアンドレイが制圧した村から逃げてきた兵士であること。

 村が占領された事実を味方の後続部隊に知らせようとしていたこと。


 もっとも、味方の正確な位置を知っているわけでも、その戦力がどの程度であるかも知らない下っ端だったことから、それ以上の情報は得られそうになかった。


 つまりは用済みとなったわけで、ならばあとやることと言えば、スプコフスキー中尉にとってはごくありふれた娯楽―――”人間狩り”。

 植民地時代の征服者たちが先住民に働いた非道の再現が、スプコフスキー中尉にとっては最高の娯楽だった。


 見かねた配属部隊の指揮官たちが何か言おうとしたが、銃を突きつけながら自分の後ろ盾を教えてやればすっかり黙ってしまった。


 意気地のないやつらだ、それなら最初から楯突くなと言いたい。

 まあ、せっかくの楽しみにうきうきしていた自分の機嫌を損ねた以上もう遅い。

 彼らにはあとで適当に理由をつけて懲罰隊に送るよう手配するとしよう。


 それはさておき。

 逃がしたバイクの連中だが、この人間狩りを始めた直後に入ってきた報告によれば、村の方はすでに戦闘が開始されたらしい。

 ということは、取り逃がしたやつらを気にする必要はほぼなくなった。

 援軍要請等をするかはともかく、交戦開始を他の味方に知らせないほど敵も馬鹿ではないだろう。


「やれやれ、もうちょっと楽しみたかったんだがなあ」


 言いつつ発砲。

 放たれた弾は相手の太ももを貫いた。

 残念、胴体を狙ったが外れてしまった。まあ、あれなら放っておいても大した問題はなかろう。

 せいぜい絶望に震えながら野垂れ死にするがいい。


「さあ諸君、前進準備だ。全車両、僕についてこい。英雄になるチャンスだぞ!!」


「同志、こっちの虫の息の奴はどうします?」


 拷問で襤褸切れのようになり、虚ろな声で何事か呟いている―――まあ、殺してくれと言ってるのだろう捕虜を指差して部下が聞いてくる。


「放っておけ、こんなに傷ついて更に殺してしまうのは可哀想だ。僕は優しいだろ?」


「ははは!! 良かったなあお前!! もうちょっとだけ生きれるぞ!!」


「さあて、じゃあ戦車に乗るか。おい、そこで寝てるんじゃねえよ!! 邪魔だ!!」


「安心しな、この女は俺達がたっぷり可愛がってやるからよ!!」


 唾を吐きかけ、蹴飛ばし、彼が持っていた妻か恋人の物と思われる女性の写真を目の前で踏み躙る部下たち。


「おいおい、その辺にしておけよ。楽しみも大事だが、今は勲章が優先だ」


 そう命じつつ、自身のT-34のハッチに滑り込むスプコフスキー中尉。


「さあ、”怪物狩り”と行こうじゃないか!!」


 相槌を打って士気を高める自身の戦車小隊の隊員たちにほくそ笑む。

 そんな彼の脳裏では、自身の戦車が大活躍する様子が早くも描かれている。


 騎士はドラゴンを狩り、英雄となる。


 ならば自分はこの時代における地上最強の敵を倒し、歴史に名を残す名声への第一歩を手にするのだ。

 3両もの強敵重戦車を仕留めたとあれば、あの気に食わない中隊長も、スプコフスキー中尉に勲章をくれてやらざるを得ないだろう。


 あのすかした顔がどんな表情で自分に勲章を与えるよう上申するか。

 そしてあの小生意気な女が、勲章を輝かせる自分にどんな顔をするか。

 今から楽しみなことが多すぎる。


「ふふ、早く会いたいものだ、噂の怪物とやらにな」










 悠々と出撃準備を進める彼の隊列を、約2.5kmほど彼方の丘から双眼鏡で観察している人物がいた。


 オートバイで命からがら逃げてきた者たち―――負傷していた彼らの処置を整備隊に任せ、無線機に若干の不調が見受けられる以外、ほぼ完全に調子を取り戻した怪物を従えるその人物。


 あるいは、スプコフスキー中尉たちが油断なく警戒しながら行動していたなら、その姿を発見できたはずだった。


 だが、彼はその部下たちとともに捕虜をいたぶる戦争犯罪にご執心。


 配属された者たちは、当初こそ英雄的任務を任された事に湧く気持ち半分、不安半分と言ったところだったが、今となっては一時的とはいえ、とんでもない狂人の元に来てしまった事実を実感してかなり士気が落ちていて、警戒もそのぶんいい加減だった。


 その人物は、愛用のクラッシュキャップのひさしを摘んで目深に下ろしつつ、美しいお人形のような無表情かつ静かに響く冷たい声で静かに宣告した。


「では、始めましょうか」


 風が静かに吹き始める。


 髪に結ばれた黒のリボンと美しい白銀の髪が優しく靡いた。

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