第2話 如月海歌の場合
「ごめん!海歌。俺と別れてくれ!!」
頭を下げながら別れを請うこの男とは、今日1日彼氏としてデートしていたはず。
なのに、そろそろ帰ろうか、としていたところに突然だった。
「……どうして?」
私は彼に問う、というよりこの言葉しか出てこない。
「俺、他に好きな人ができた。俺から告白したのにホント悪いんだけど、自分の気持ちにウソは付けない!」
キリッとした顔をしながら、カッコいいこと言っているつもりなんだろうけど、こっちからするとただ単純にキモい。
「…そう、わかった。人の気持ちはどうにもできないもんね。」
私がそう言うと、彼はさっきまでの神妙な態度とは打って変わり満面の笑顔になっていた。
「よかったぁ、ありがとう。たった半年間の付き合いだったけど楽しかったよ。海歌も良い人見つけろよ。」
右手を挙げて、じゃあと言う感じで去って行った。
こんな感じで振られてしまった私の名前は、如月海歌。年齢は20歳。
幼い頃、交通事故で右足を失った祖父が義足での歩行訓練をしていた際に、ずっと祖父の側で支え励ましていた理学療法士に憧れ、福祉の専門学校に通っている。
さっき私を振った男は村川聖也、23歳。半年前に、専門学校の友人から誘われ合コンに参加したときに出会ったんだ。彼からの猛烈なアプローチもあって、とりあえず、的な感じで付き合い始めた。電話やメッセージもマメに送ってきたり、デートにもよく誘ってくれた。
専門学生の私とは違って、既に社会人だったからデートや食事に掛かるお金は全部彼持ち。私もアルバイトはしていたから、出そうとするけどいつも
「いや、俺は男だし年上なんだから俺が出すよ。」
と言われる。社会人といっても、大学卒業してからの就職だから社会人1年目なのに、大丈夫なのかな?て思ってたんだけど、ある日のデートで仕事の話になったんだ。
カフェでお茶をしていると、彼のスマホにメッセージがあってそれを見た彼が
「あちゃ〜」
と言いながら、困った顔をしていた。
「どうしたの?」
「いや、休日出勤している上司からのメッセージで明日新規取引先のところに一緒に行ってくれって。」
へぇ、と思っていたら続けざまに
「父に話して、取引がうまくいくように仲介してもらいたいみたい。」
「え、お父さん?何で??」
飲んでいたアイスコーヒーのストローを吹き出して尋ねたの。
「え、何でって…あ、そうか。海歌にはまだ話してなかったね。俺の父親、G商事の社長なんだ。俺が今仕事しているところは父の会社と取引をしているところで、まぁ、言ってみれば後を継ぐための武者修業てところかな。それで、今上司が新しい取引先を開拓しているんだけど、その取引先がたまたま父の会社とも取引していることを知ったみたいで、俺に仲人して頼んで欲しいんだと思う。」
ストローをカラカラ回しながら、ニコニコ顔でそう話した。
G商事といえば、かなり大きな会社だ。テレビでCMも流しているから、知らない人はいないんじゃないかな。でも、まさか彼が御曹司だったなんてホント初耳だったんだ。でも同時に納得。彼がデートで全額持ってくれるのは、社長の息子だからなんだ、ってね。
でも御曹司だからって、このまま彼と結婚して玉の輿!ラッキー!!なんてことは思ってなかった。
だって、私の父も経営者だから。と言っても、会社ではなく病院なんだけどね。
そう、父は医師。事故で右足を失った祖父が義足になったのをきっかけに引退して、父が院長になった。父の本音は、私も医師になって欲しいみたいだったけど、理学療法士になりたい気持ちを理解してくれたんだ。それに、4歳下の弟が今医大を目指すため勉強に励んでいるから、跡継ぎ問題は心配ないみたい。
とにかく、フリーなったことだし新しい出会いを求めつつ勉強を頑張らなくちゃ。
聖也と別れて早1ヶ月が過ぎた。交際期間が短かったことと、彼からのアプローチで付き合ったからか彼への“想い”がまだ少なかったこともあり、割とあっさり立ち直ることができていた。
授業が終わり帰り支度をしていると、別の学科を受けている柳原毬絵から声を掛けられた。
「海歌〜。スイーツ食べに行かない?美味しい店見つけたんだぁ。」
「OK。行く行く♪」
そうやって、毬絵と一緒にお店に向かった。着いた所は、2週間前にオープンしたばかりのカフェで、特に10代から20代の女性に人気のお店。人気の秘密は、美味しいスイーツはもちろんだけどスタッフがイケメン揃い。
うわ〜と思いながら見ていると、毬絵から
「口開けっ放しだと、よだれ出てくるよ。」
と言われ慌てて口を閉じた。
「すごい…ね。」
お客が多いね、と言う意味だったんだけど毬絵は
「でしょでしょ。イケメンばっかりだよね。目の保養になる〜。」
なんて言ってる毬絵の目がハート型に見える。
「ちょっと。毬絵には彼氏がいるでしょ。」
「やっだ〜。芸能人見るみたいな感じだから浮気じゃないのよ。」
とあっけらかんとして言ってる。
そうこうしていると、私達の順番になった。カウンターで注文して、会計したあと席に着いていると持ってきてくれるシステムみたい。
私は、ショコラケーキとホットコーヒー。毬絵は、モンブランケーキと紅茶を注文。テラス席が空いていたから、そこに座って待つことにした。着席した途端、毬絵から
「社会人彼氏とはうまくいってる?」
と聞かれた。あ、そーだ。まだ話してなかったな。
「1ヶ月前に別れた。」
そう言うと、すごく驚いた顔をした。
「えーっ、何で。あの彼、海歌にゾッコンだったじゃない!」
「そう言われても…そうじゃなくなったみたい。」
「どういう意味?」
「好きな人ができたって、言ってたよ。」
丁度その時、金髪イケメンが私達の注文品を持ってきてくれた。
「ごゆっくりどうぞ。」
ニッコリ笑ってそう言う彼に、毬絵と2人でしばらく見惚れてしまっていた。
「で、誰よ。」
金髪の後ろ姿を目で追いかけていた私を現実に戻してくれやがった。
「誰って?」
ホットコーヒーを口に運ぶ。
「だーかーらー、社会人彼氏の好きな人よ!」
フォークを私の方に向けながら、毬絵から問われる。
「知らないよ。なんかどうでもいいや、と思って聞かなかったしね。」
ショコラケーキをフォークで一口分取り食べる。
「ん、美味しい!甘過ぎず、ほんのりビターな感じが凄くいい!!」
感動しながら毬絵を見ると、モンブランにフォークを刺したまま一点の方向を見て固まっている。
「毬絵?どうしたの??」
あれ、あれみたいな感じで指差す方を見たら、スーツ姿の聖也が歩いていた。しかも、女連れ。女は90年代に流行った、いわゆるボディコンと言われる身体の線がくっきり見える服を身にまとい、聖也の腕に自分の腕を絡めピッタリとくっついていた。
啞然として見ていたら、ふと女の顔に見覚えがあることに気付いた。
「あ、あの子…」
私が呟くと、毬絵から「誰?」みたいな顔をされた。
「高校の同級生。確か…都会に行ったはずなんだけど、戻ってきてたんだぁ。」
「ねぇ、元カレの好きな人ってあの子ってことだよね。」
毬絵から言われ、なるほどと思った。
聖也と一緒にいる女は、稲本かすみと言う。
高校1年の時に同じクラスになったんだけど、何故かライバル視されていた。
ことの起こりは、私が先生から次の授業で使う資料を準備するように、と頼まれたらそれをどこからか聞きつけ私より先に準備を済ませ、先生に「私が準備しておきましたぁ。」なんて媚を売っている。でも、その資料は2年生が使う全く別物だったりしたから、2年生の先生が、資料が消えた!盗まれた!!なんて騒いだため、大きな問題になったことがあった。担当の先生から説明があって事なき終えたんだけど、余計なことをするな、とかすみは注意されていた。
それ以降、私を恨めしげに睨みつけるようになったんだ。こっちとしてはいい迷惑なんだけどね。
そして、夏休みが終わり二学期に入った直ぐに同じクラスに彼氏ができた。元々中学から一緒でよく話す男の子だったから、友達の延長でなんとなく付き合おうか、て話になった。
特に隠す必要もないから、朝待ち合わせて一緒に登校したりデートの約束も教室で話したりしてたんだ。交際は順調に進んでいたはずなんだけど、冬休みが間近になった辺りから、彼がよそよそしくなっているのに気付いた。
「今年のクリスマスは、丁度土曜日だから一緒に過ごさない?」
私が尋ねると、
「あっ、ごめん。クリスマスはクラスの男子と遊ぶ約束してるんだ。」
一瞬、え?と思った。普通彼女持ちの男が友達を優先するかな、と。でも、その時はそういうこともあるのかぁ、と軽く考えていたから私も女友達とクリスマスパーティーをしよう、と計画を立てた。
当日、女友達数人とファミレスでランチしてカラオケで盛り上がろう、と店に向かっていた。
みんなでワイワイしながら歩いていると、ちょっと鼻に掛かった甘ったるい感じの声が聞こえた。
「あれ〜、海歌ちゃん。メリークリスマスゥ。」
声がした方を見ると、かすみが顔の近くで小さく手を振っていた。しかも、その隣には私の彼氏が…。かすみとしっかり手を繋いだまま、目を見開いてこっちを見ている。私は、思考停止。
友人の1人が、
「何よ!どういうこと!!あんた海歌と付き合ってるんでしょ!?何でかすみと一緒なのよ!」
「え〜、何でって言われてもぉ…」
チラッと彼の顔を見て、今度は彼の腕に自分の両腕をグッと絡ませながら、
「いいじゃな〜い。別に海歌ちゃんと結婚している訳じゃないんだからぁ。恋愛は自由でしょう。」
ニヤッと笑うかすみ。
「だからって彼女がいる男を…!」
私は、なおも噛みつこうとする友人の肩に手を置いて、顔を横に数回振った。もう何も言わないで、と。
友人を背にして、私は彼氏に言った。
「二股する男なんて大っ嫌いだから、これでサヨナラ!学校でも二度と声掛けないでね!!」
そして友達全員に、行こうと目で合図してその場を立ち去った。
「また3学期に会おうねぇ〜。良いお年をぉ〜。」
後ろから聞こえる、いちいち語尾に小文字が付いてくるような言い回しに、イライラしながらそれでも絶対振り返ることはしなかった。
その夜、彼氏…いや元カレからスマホに着信が何度かあったが、着信拒否に。その後、メッセージが来たがそれも読まずにブロック。
後から聞いた話、かすみは高校生になってから急にカップルクラッシャーになったそうだ。男を奪うだけでなく、他人の持ち物に異様に興味を見せ物欲しそうにすることもあったそうだ。それまではどこにでもいる中学生だったはずなのに。
そして、奪った男とは数ヶ月、酷いときは数日で「飽きたぁ。」と言って別れるらしい。
現に元カレも、3学期始まって直ぐに捨てられていた。
そんな過去の話を毬絵にしてみせた。
「へぇ〜、ホントにいるんだね、そんな女。私とは絶対気が合わない!確かに男受けする顔ではあったけど。てか、今回も海歌の彼氏だから奪ったとか?」
その言葉に一瞬、おや?とも思ったけど
「まさか〜。」
と冗談交じりで毬絵と2人、笑いながら家路に向かった。
その日の夜、登録していない番号から着信があった。訝しげに思って無視していたら、しつこく何度も掛かってくる。取り敢えず、応答してみた。
「もしもし?」
『あ〜やっと出てくれたぁ。』
この声…鼻に掛かった甘えた感じの、しかも語尾に小文字がくっつくこの声は…
「誰?」
分かっていたけど、聞いてみた。
『か・す・みだよぉ。久し振りぃ。』
もうこの時点で切りたくなった。
『ねぇ〜、海歌ちゃ〜ん。聞いてるぅ?』
「はいはい、聞いてるわよ。久し振りね。ところで私の番号は誰から聞いたの?」
『え〜、それ聞いちゃうぅ?今日見てたでしょぉ〜?かすみと彼ピンが一緒にいるとこぉ。』
彼ピン?なんじゃ、そりゃ。鳥肌が立つくらい気色悪いんだけど。
「あぁ、気付いていたんだ。見たわよ。てことは、聖也から聞いたのね?」
『ブーはずれぇ。彼ピンのスマホ勝手に見ちゃったぁ。』
「はぁ?あんた、人のスマホ勝手に見たの?相変わらず最低ね。」
『だってぇ、どうしても海歌ちゃんに言いたいことがあったからぁ、仕方ないでしょぉ。』
イチイチ感に触るな、この言い方。
「何よ?言いたいことって。」
『ウフフ、かすみと彼ピンねぇ今日付き合って3ヶ月記念だったのぉ。』
え?3ヶ月??かすみの言葉に一瞬頭が真っ白になった。待って、私と聖也は別れて1ヶ月…てことは…私とかすみ…被ってた?
『それでねぇ、超高級ブランドSの限定バッグ買って貰っちゃったんだぁ。あ、あとねぇ、1ヶ月記念はUのネックレスでぇ、2ヶ月記念はぁ…』
「待って待って。まさか…また私の彼氏を…奪ったの…?」
動揺を抑えようとしたけど、口から出る言葉は制御できない。
『あ〜気付いちゃったぁ?でもぉ、仕方ないよねぇ。海歌ちゃんとかすみを比べたら〜やっぱり、ねぇ?海歌ちゃんは、フツーよりはカワイイけどぉ、かすみはほらぁ、女のコ達からも嫉妬されるくらいだからぁ。』
クスクスと笑いながら、小馬鹿にしたような言い方。
「何で…?」
『え?何がぁ?』
「私はかすみに何かしたの?高校の頃から何かと私を嫌っていたけど、どうして?」
スマホを耳に当てたまま、かすみの返事を待っているとフ〜と長い溜息が聞こえた。
『…かすみのパパね、かすみが中学3年の時に会社が倒産して無職になったの。』
かすみの声がいつもと違う。あの鼻にかかった甘ったるい声じゃなくなっていた。あれは、やっぱりワザとだったんだ。
『かすみ、その時から何もかも無くなったの。ママはパートだったから、給料も少なくて…あたし高校行くことを諦めかけてた。でも、パパ方のおじいちゃんが入学金出してくれたから高校は行くことができたの。けど、パパの仕事が見つからなくて欲しい物たくさんあったけど我慢したの。なのに…それなのに…』
かすみの声に段々と怒気が混じってくる。
『あんたは!医者の娘ってだけで、あたしが欲しい物全部持ってた!!筆箱もノートも、カバンに付いてるキーホルダーも全部!全部あんたが持ってた!!他のみんなもそうよ。あたしだけ何も持ってない。持てなかった!それが悔して憎くて溜らなかった!』
もう1度長い溜息が聞こえた。
『だから、奪える物は奪いたかった。み〜んなをあたしと同じところまで引きずり込んでやりたかったの。まぁ、パパも1年の終わりにようやく知り合いの会社に拾われたから良かったけど、それでもあたしが受けた傷は癒えなかった。だから、大切な物を奪いたかったのよ。』
語尾に少しだけ、微笑が入ってるような声だった。
「何よ、それ。ただの逆恨みじゃない。私はかすみのお父さんのことなんて何も知らなかったのよ?たまたまそういう家庭に生まれたってだけで、誰のせいでもないじゃない。それなのに…」
『うるさーーーーい!!!お説教なんか必要ないわ。あたし、海歌ちゃんに初めて会った時からずぅっと考えてた。いつか絶対海歌ちゃんよりお金持ちになってやるって。だから、都会に行ってお金持ってそうな男を捕まえたかったのに、意外といなかったのよね〜そんなイイ男。』
私は、この時すでにスピーカーモードに切り替えて課題の準備を始めていた。
『でも、噂で聞いたの。海歌ちゃんの彼氏があのG商事の社長息子だって。だから、急いでこっちに戻ってきて聖也に近付いたってわけ。結構簡単にあたしに靡いてくれたわ。高校の時のあの彼よりも…ね。』
もう彼ピンとは呼ばないんだ、と思いながら聞いていた。
「あのさ、私来週中に提出予定の課題がたくさんあってそっちに集中したいから、もう終わって良いかな?」
『え?』
私があまりにも平然と言っていることに、困惑したような声を出したかすみ。でも、次の瞬間には
『へ〜、奪われた彼氏の話は悔し過ぎて聞きたくないってことね!これが電話で残念だわ。あんたの悔しい顔を見られなくて。1つ良いこと教えてあげる。聖也の会社、海外に進出することがほぼ決まっているの。その海外支社の支社長を聖也に任せるみたいよ。あたしは玉の輿に乗って、海外でセレブ生活するの!きっとあんたよりず〜っとお金持ちになれるわ。SNSであたしのセレブっぷりを発信してあげるから、指咥えて観ればいいわ!!』
そう言ってガチャ切りされた。なんだか、課題に取り掛かる前にどっと疲労感が…。
すると部屋のドアをノックと共に、弟が入ってきた。
「姉ちゃん、はい。」
そう言いながら、マグカップに注がれたココアを渡してきた。
「わぁ、ありがとう。今から課題に取り掛かろうと思ってたから、嬉しい!」
「でしょ?俺も今から勉強するから、お互い頑張ろうな。」
ニカッと笑って部屋を出て行く弟の優しさに、さっきまでの疲労感は消え失せてしまった。
もう閉じられたドアに向かって、私は呟いた。
「ありがとう。」
あれから2ヶ月程経ったある日曜日のこと。
私は、自室でのんびりしながらテレビをザッピングしていると、驚くニュースに目が止まった。
【G商事社長ご子息、婚約会見!】と銘打った番組が放送されている。
テレビによると、聖也のお相手は海外に拠点を置く大企業のお嬢様で、交際期間は約2年だと。
この時点で、私とかすみは丸被りしており浮気相手になっていたことが腹立たしい。
出会いは、聖也が大学在学中に短期留学をしており、その留学先の学校でだそうだ。
かすみが以前話していた、海外進出はこのお相手の父親の支援ありきであることも判明。
あれだけ必死になってアプローチしてきた男が、まさか既に彼女がいたなんて思いもよらなかった。
聖也が平気で、私やかすみと付き合えたのは恋人が海を越えた場所にいるので、バレないと思ったんだろうな。
聖也の婚約者が左手薬指に光るダイヤの指輪を記者たちに向けながら微笑んでいるのを、テレビ越しに観ているとスマホの着信音が鳴った。
画面を見ると、また知らない番号。
「はーい、もしもし。」
『……。』
「どなた?」
『…あたし…かすみ。』
「ゲッ!何で?あんたの番号着拒したのに、誰のスマホから掛けてるのよ?」
『これ、ママの。やっぱり着拒したんだ!酷い!!』
「んなこと言われても、お互い嫌い同士なのにスマホ登録するのは可笑しいでしょうが。」
『…もしかして、観てるの?テレビ。』
どうやらテレビの音声が漏れ聞こえているようだ。
「このこと、知ってたの?」
『…一昨日、別れてって言われたの。何で?て聞いたら、元々遊びだったって。本命が海外にいるし、結婚決まったからって…。』
うわ〜最低だな、聖也のヤツ。
『あたし、言ってやったの。そっちがその気なら、SNS使って聖也とのことバラすって。…そしたら、そんなことしたら、パパが働いている会社に圧力掛けてパパをクビにするって言われて…何も言えなくなった…。おまけに、お金の入った封筒渡された。』
「…いくら?」
『30万。』
「ふーん、口止め料てことか。その封筒持ってG商事に乗り込めば?聖也の父親に何もかもチクればいいじゃない。」
『無理よ。』
「どうして?」
『もう使っちゃった…ムカついたから、彼氏呼び出してホテルのスイートルームに泊まったから。』
私の耳は、突発性幻聴にでもなったのかな。とんでもない言葉が聞こえた気がする。
「は?彼氏?それって聖也…のことじゃなくて?」
『違う。もう1人の彼氏。』
うーん…私とは違う世界にお住みのようです。
「かすみも二股していたってこと?」
『…1番は、聖也だったもん。』
もん、てお前何歳だよ!
「お互い二股していたんなら、お互い様じゃない。聖也だけ責めるなんて出来ないよ。おまけに貰ったお金を使ったんなら、口止め了解したことになるから下手なことしない方が身のためよ。」
私がそう言うと、かすみはしばらく黙ってしまった。
「じゃ、もう切るから。」
そう告げると、小さな声が聞こえた。
「え?何?聞こえない。」
『何でこうなるのよ!ただ海歌ちゃんより上に立ちたかっただけなのに!何でよ!!』
絞り出すような、悲鳴のような声だった。
「あのねぇ、誰かを陥れるためだけに行動したって結局自分が落とし穴に嵌るの。今のかすみがいい例でしょ。人を呪わば穴二つって言うでしょうが。人を憎んだり貶めたりすることより、自分にできることを頑張ってやってみなさいよ。かすみのお父さんだって、リストラされても頑張って再就職したんだよ。それってかすみやかすみのお母さんの為に必死になってたはずだよ。そんな尊敬するべき父親がいるのに、かすみがそんなんだと何のために努力してきたのか、わかんなくなっちゃうよ。」
そこまで言うと、スマホの受話器から小さくすすり泣く声がした。
「ねぇ、かすみ。私、かすみのこと好きじゃないけど、同級生のよしみとして言うから。聖也にはいつか罰が下るよ。元々浮気性みたいだから、結婚しても浮気癖はそう簡単に治らない。いつか手痛いしっぺ返しが待ってるはずだよ。その時、私やかすみが幸せになっていたらそれこそ良い復讐だよ。逃した魚は大きかったと後悔させてやればいいじゃない。そのためには、玉の輿とかに囚われず1人の人と誠実に向き合うの。私は私の幸せを探すから、かすみもそうして欲しい。」
グスッ、グスッと鼻をすする音は聞こえるけど、かすみの声は聞こえない。
「じゃあね。」
私はそのままそっと電話を切り、その番号を着拒した。
テレビはまだ聖也の婚約会見を映している。それを観ながら、果たしてこの男は本当に幸せなのかな。婚約者の父親の力がなければ、海外進出なんて不可能だったはず。結局この男も金と権力に支配されて生き続けるんだろうな。
そう思いながら、テレビを消した。
そして、更に1年が経った。私は近隣の整形外科に理学療法士として内定が決まっている。父のコネは使わずきちんとした面接を受けての内定だ。
かすみからの連絡はあの日以降来ていないし、彼女がどんな生活をしているのかも知らない。
ただ、G商事海外支社長の不倫記事が週刊誌にすっぱ抜かれていた。それに伴い過去の女性関係までが赤裸々になっている。週刊誌の記事に、支社長の元恋人の後ろ姿の写真が載っていたけど、それがかすみに似ていることは誰にも言ってない。
《第3話に続く》