誕生日に
多分、これが好きだとか恋だとか言われる感情なのだろうと気付いたのはいつだったか。
覚えていなかった、きっとそう思ったきっかけはとてもくだらなくて些細なことだったんだろう。
気付いたところでなにをするつもりもなかったので、別にどうでもよかった。
あっちは私のことなんか別になんとも思っていないだろうと思っていたし。
詳しくは知らなかったけどなんかやたらと優秀なのは知っていたので、たまたま隣に座ることが多いだけの別世界の人間だと思っていた。
だから、何かがどうにかなって欲しいとかそういうことは一切思わなかった。
ただ、願わくばこの希薄だけど気安く居心地の良い関係が老後あたりまで細く長く続いたらいいなと思っていたし、それだけでもきっと贅沢なのだろうと思っていた。
思っていたのに、なんなんだろうか、この状況は。
「書け」
そう言って押し付けられたのは一枚の紙っきれ、ご丁寧にあっちの名前は記入済みのそれを見て、何がどうしてこうなったのだろうかとぼんやりと考える。
「……正気か?」
「は?」
普通に睨まれた、それでも一旦落ち着いてほしい。
本当に待ってほしい、本当に本気だったとは実はあんまり思いたくなかったんだ。
本日は奴の十八の誕生日。
家に来いと言われたから祝われたいんだろうなと思ってお誕生日仕様の特大お菓子ボックスを用意して、それ以上は深く考えずにここにきたことを今かなり反省している。
そっちから特に何も言われていなかったし、普通に忘れていたのだ。
「…………本気でするのか? まだ未成年だしお前の人生はこれからだ。本当にこんなでいいのか?」
自分を指差しながらそう言うと、奴は心底呆れ返ったような顔でわざとらしくとても大きな溜息を吐いた。
「俺に、お前以外にいるとでも?」
「世の中にはもっと美人だったり優しかったり強かったり頭いい人がいるから、誰かしらはいるんじゃないか?」
頬をぎっちぎちにつねられた。
物凄く痛い。
なんでこんなに痛めつけられなければならないんだ、理不尽極まりない。
「いない。お前以外の他人なんてどうでもいい。……ああ、もういつもこうだ……いつもいつも俺ばかり」
なんかぶつぶつ言い出したし、徐々につねる強さが強くなってきた。
このままだと顔に穴が空く気がする、本当に勘弁してほしい。
痛すぎて涙まで出てきた、下手に動いたり喋ったりする方が危険な気がしたのでそのままの状態で奴の顔を見ていたら、少しして頬から奴の指が離れた。
「い、いたかった……いまのはほんとのほんとうに、本気でものすごく痛かった……」
つねられていた頬を片手で抑えて唸る、どうしようまだ痛い。
「……俺にはお前しかいない。他に誰かいたとしてもお前がいい、お前以外は絶対に嫌だ」
「……そう」
「お前はどうでもいいんだろうがな、どうせ」
「は?」
やけに投げやりというか、ヤケになっているような、拗ねているような声色だった。
しかし真意がよくわからない、流石にどうでもいいとは思ってない。
だからこそ、これでいいのかと確認をしているわけだし。
「どうせ誰だっていいし、どうでもいいんだろう?」
「は?」
「……お前はどうせ、俺以外の男にこうやってしつこく絡まれたらそれも受け入れるんだ、そういうのどうでもいいって」
途轍もなく機嫌の悪そうな顔でそんなことを言われた。
何を言われているのかよくわからなかった。
しかし次第に何を言いたいのか理解してきた。
真っ先に感じたのは怒り、そしてすぐにそんな怒りすらどうでも良くなるような、呆れを。
どうしようもないとは前から思っていたが、ここまでどうしようもないとは思っていなかった。
プライド高くて性格悪いくせに、いや、だからなのだろうか?
こいつ、私が欠片もこいつに対して何にも思ってないとかそう思ってたらしい。
どうしようもないを通り越して普通に酷いと思う、自分の強さとか賢さにはでっかいプライド抱えて自信あるくせに、それ以外の自己肯定感ってやつがひょっとしてカスなんだろうか?
まあ、性格悪いからな、そうなっても仕方ない。
……だとしても、流石にそれはなくないか?
深々と、とても深々と溜息を吐いた。
「……お前って案外ってか、普通に馬鹿なんだな」
「は?」
「この私が、どうでもいい奴にここまで付き合うとでも?」
本当にどうでもよかったり面倒だったり嫌いだったら、とっくにこんな男の前からおさらばする方法を探すに決まってる。
実際にできるかどうかは不明だけど、それでもそういう抵抗をこちらが一切していないのは把握してたんだろうし、だからこそ……こっちが無関心だと本気で思われていたらしいことには遺憾の意を示したい。
「……」
「そこで無言ってひどくないか? なんでそこで考え込む? ええ……じゃあお前、自分のこと好きでもなんでもないと思っているのであろう女にあそこまで引っ付いて離れなかったのか? 神経図太過ぎて引くんだけど」
返事は返ってこなかった、これはまさか肯定ということなんだろうか?
もしそうなら普通にやばい奴じゃん。いや、そうでなくてもやばいのは変わりないか。
度がすぎた執着を向けられている自覚はある。
それでもこいつならいいかと受け入れたのは、抵抗する方が面倒だったとかそういう理由ではなかったのだが。
奴は無言のまま私の顔を見つめている、信じがたいものを見るような顔だった。
勘弁してくれ、いやもう本当に勘弁してくれ、さすがにちょっとあんまりだと思う。
「あのさ、私普通にお前のこと好きだし、当然お前もそれを把握してるものだと思っていたのだが、お前それすら把握してなかったのか?」
「…………初耳だけど?」
「言うまでもないことはいちいち言わないよ。……というかお前、私が好きでもなんでもない奴の我儘に付き合う面倒見のいいお人好しだと思うか?」
また黙り込まれる、本気でそう思われてるならとても心外なのだが。
目を真っ直ぐ見つめると、あからさまにたじろがれた。
それでもじっと見つめていたら、目を逸らされた。
「おい、思ってたのか?」
「……思ってた、そういう隙だらけでお人好しなところにつけ込んでるつもりだった」
ぼそっとそんなふうに返された。
まじか。
「はあ…………隙があるのは、まあそういうところもあるとは思うが……お人好しとかそういうのではなかったんだがな……だいたい、こんな首輪嵌められて一緒にいる時はずっとひっつかれて、バイトちょっと残業しただけで拗ねて不機嫌になるような面倒臭い奴に『お人好し』というだけで私が付き合うとでも? 本気で?」
「あー、もう悪かった! 勝手に一方通行だと思い込んでたのは謝る」
「いや別に謝られても……」
そんなに怒ってないし、呆れの方が圧倒的に強いので謝られてもなという心境だった。
溜息を吐いたらどういう感情なのかよくわからない顔で見つめられて、抱き寄せられた。
そのまま縋り付くように抱き竦まれる。
「お前さあ……言えよ……そういうのはちゃんと言えよ…………お前、お前、わかりにくいんだよ……」
「ええ……」
そんなにわかりにくいだろうか、そうでもない気がするのだけど。
「……もう一回言って」
「は?」
「好きって言って」
「はあ……好き」
「感情がこもってない……」
「そんなことを言われても……」
そのまま動かなくなってしまったので、どうしたものかと思っていたらぼそっと何かを言われた。
「は? 悪い、聞こえなかった」
「……好きなんだよね?」
「だからそう言ってる」
確認がしつこいな、と思っていたら身体を少しだけ離された。
真正面から見つめられる、いやに真剣な顔をしているけど、何が不満なんだろうか。
「…………愛してる」
「は?」
「ずっと好きだった。そんなふうに呪って他人を寄せ付けないようにするくらい、誰かに取られたら気が狂う程度には、お前のことを愛している」
「お、おう……」
そうすれば私も言わなかったけど、こいつからストレートに好きだとか愛しているとかは言われた覚えがない気がする。
態度があまりにもあからさまだったので今までそんな感じがなかったけど、そういえば付き合うようになった時も確か「別にお前のこと好きでもなんでもないけどお前が俺以外の有象無象とそういう関係になるのは滅茶苦茶嫌」とか言われたはずだ。
それで付き合ってみれば滅茶苦茶引っ付かれるしやたらと心配性というか過保護だし、普通にこいつ私のこと好きなんだろうなと。
「なんだよその反応」
「いや、真正面からそう言われたことって今までなかった気がして」
「……そうだね、言ってないかも。そもそも好きでもなんでもないとか言った覚えもある。……馬鹿だよね、こんなに好きなのに、なんであの頃はそれが理解できていなかったんだか」
プライド高いからこんな無能女に惚れてるって思いたくなかったんだろうな、多分。
そんなふうに思った。
「……そういうわけで、お前のこと愛してるし、一生離したくないから、結婚して」
そういえばそもそもそういう話だった。
まだ学生だし、親には何も言っていない、おそらく事後報告になるだろうし、これを言うタイミングが食事中だったら親は多分食べてるものをギャグ漫画みたいにふきだすのだろう。
将来の職場にも伝えることになるけど、まあそちらは特になんの問題もないだろう。
結婚式とかは多分やらないだろう、私は親以外にも呼べそうな人が何人かだけ思いつくけど、こいつが呼べそうなのって弟妹くらいしかいなそうだし。
そういう、諸々のことを考えて、最後にこういう時にどう答えたらいいのだったかと記憶を探る。
こういう時ってなんか定番の言葉があったはずだ、何といったか、自分には無縁だと思っていたのでその言葉が出てくるまで少し時間がかかった。
「えーっと…………不束者ですがよろしくお願いします……?」
これでいいんだよなあってるんだよな、あってるんだっけ? と思っていたら多分しばらくだんまり決め込んでた私に不安がってたらしい奴が安堵と歓喜がごちゃ混ぜになったような顔で、こちらの身体をきつく抱きしめた。
ちょっと痛い、痛いけど、喜んでるっぽいからそれならそれでいいや。




