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地球が舞台の話(ローファンタジー)

猿人転生

作者: ひつじかい

2023.02.25 誤字を訂正。

 ある日、肉とは、生きた動物をわざわざ殺して作るものだと知ったグレールは、肉を食べる事を拒否した。


「そうは言ってもね。人間は雑食なのよ。肉を食べなきゃいけないの」

「そんな事無いわ! ちゃんと調べたのよ! 大豆とかクルミとかキノコとかアーモンドとかデーツとかを食べれば良いの! サプリもあるし!」

「でも、ねえ……。虐待していると思われたら嫌だわ」

「肉を食べさせる方が虐待よ!」


 結局、グレールがハンストしたので、母親は折れた。

 医者には連れて行かなかった。




 大人になっても、グレールは肉を食べない生活を続けていた。

 薬を作る為に動物実験をしていると知って以降は、薬も拒否していた。




「ここは……?」


 気が付けば、見知らぬ場所にいた。

 チリも汚れも無い真っ白な道の先には、役場の受付の様な場所があった。


「あの……」

「ようこそ。死後の世界へ。お疲れ様でした」

「え?」


 受付にいた女性に話しかけると死後の世界だと言われ、普段のグレールなら馬鹿にしているのかと怒る所だが、今は何故か素直に信じた。


「わたしが死んだ? どうして?」

「自殺ですね」

「自殺する理由なんて、無いわ!」


 グレールには、自殺したいなんて考えた事は一度も無かった。


「自殺した方の何割かは、そう仰います。亡くなる前の数年分の記憶が無い事も、珍しくありません」


 そう言われては、否定もし辛かった。


「貴女は自殺したので、まだ天国へはいけません。もう一度、生きて貰う必要があります」

「え?!」


 グレールが信仰する宗教では転生をしないので、彼女は困惑した。


「あちらへどうぞ」




 示された方へ暫く歩くと、グレールと同じように転生するよう言われたのか、大勢の人間が並んで居た。


「グレールさん。貴女は、この列です」


 列の先には扉があり、それを開けると即転生するのかとグレールは思ったが、扉の向こうは小部屋になっており、席に着いた女性がいた。


「お座りください」


 対面の椅子に座ると、女性が説明を始めた。


「転生先は、貴女が生きて来た地球ではなく、遅れている世界です」

「遅れている?」

「大変不便ですが、記憶を引き継ぐ訳ではありませんので、ご安心を」

「わたしが、わたしじゃなくなるって事?! そんなの嫌よ!」

「貴女のまま転生しても、辛いだけですよ」


 そう言われても、グレールには、自分が消えるなんて受け入れられる訳は無かった。


「わたしじゃなくなったら、天国に行けるのも、わたしじゃないって事でしょう!?」

「では、貴女の意識を保ったまま、転生すると言う事で宜しいですか?」

「勿論! 出来るなら、最初からそうしてくれれば良いのに!」


 グレールが怒っていると、女性は書類を捲ってこう言った。


「貴女は、菜食主義なんですね。じゃあ、転生先は、植物食の猿人にしますね」



 一瞬、理解出来ずに聞き返す。


「猿人? 猿人って、大昔に絶滅したあの猿人?」

「異世界では、まだ絶滅していないんですよ」

「冗談じゃない! 何で、わたしが猿人になるのよ!」

「でも、原人は肉食なので」

「何で、その二択なの! 他にいるでしょう!」

「いないんですよね」


 グレールが考える文明と言うものが、遅れているどころか、存在すらしていないと知って、愕然とする。


「何でそんな世界に?! ヒドイ! 地球じゃ駄目なの?!」

「ですが、貴女は、畜産が嫌いですよね?」

「そうだけど」

「では、畜産をしていない世界の方が、良いですよね? この異世界なら、環境問題もありませんよ」


 だからと言って、猿人や原人になりたいとは、とても思えなかった。


「もっと、文明が進んだ世界なら、畜産を止めた所もあるんじゃないの?!」

「ありますが、その世界はもう直ぐ人類滅亡しますので、お勧め出来ません」

「もう直ぐって、どれぐらい?」

「一年持つかどうかですね。短過ぎるので、もう一度転生して頂くことになります」


 それでは、意味が無い。


「猿人なんて、絶対に嫌! 地球にしてよ!」

「正直に申し上げますと、自殺したので、駄目です」

「そんなの覚えてない! 嘘なんじゃないの?!」


 立ち上がり怒鳴るグレールを、女性は静かに見上げた。



「貴女は、ある酪農家にしつこく嫌がらせをし、酪農を辞めさせました。廃業した彼は、養えなくなった牛を処分しました」


 言われて、グレールは思い出した。

 好きになった相手が酪農家だと知って、辞めるよう説得した事を。

 そして、牛を殺処分したと言う彼に、何故、借金してでも最後まで面倒を見なかったのかと詰め寄り……。


「それを知った貴女は激しく憤り、彼を突き飛ばして死に至らしめました」


 愛する男の死に顔が・自分がこの手で死なせてしまったと言う絶望が、まざまざと思い出される。


「だから、自殺したのです。思い出したようですね」

「いやああああアアア!!!」


 こんな記憶、思い出したくなかった・忘れたままでいたかったと思いながら、グレールは泣き叫び続けた。




「落ち着きましたか?」


 叫ぶのに疲れて大人しくなったグレールに、女性は声をかけた。


「ああ。不殺傷を掲げる宗教が存在する世界がありました。此処に」

「記憶を消して」


 話を遮って、グレールが頼む。


「彼を死なせた記憶だけを消す事は、しませんよ。規則ですので。消すなら、全部です」

「……それで良い。忘れたい」


 忘れて、愛する人を殺したという事実から逃げたかった。


「転生先は、どうしますか?」

「全部忘れるんだから、もう、猿人でも構わない。勝手に決めて」

「……解りました。では、其方のドアから出ると、チューブ状のスライダーが在りますので、それを滑り降りると転生です」


 右の壁に、先程まで無かった扉が出現していた。


「それでは、良い生を」




 スライダーを滑り降りると、記憶が次々と消えて行った。


 幼い頃の記憶・両親から受けた愛情・動物の命を利用する人間への嫌悪・地球環境を悪くした政治家達への怒り・人々の意識を変えようと活動する自分達を悪人扱いする者達への苛立ち・彼への恋心……。

 最後に、彼の死に顔と、彼を自分が死なせたと言う現実への強烈な恐怖。




 自分がグレールだった事を忘れた彼女は、猿人として産声を上げた。

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