第98話 《翡翠の渦》の被害者
「やばっ、バッテリーがすぐ無くなりそう」
「と、とりあえず充電機!」
ニジノタビビトは慌ててボックスに入れていた充電機を鷲掴んでキラに渡した。あまりに通知が一度にきたせいで、目に見えてパーセントが減っていく。最近は通信機を手に取ること自体が減っていたこともあり充電をサボっていたのも祟った。しかしなんとか電源が落ちる前にコンセントに繋げたので画面が黒一色になることは防げた。
「えっと、うわ、めっちゃ通知きてる。まずなんだ? ここからアパートまでの行き方か?」
キラは少しパニックになって、ブツブツと呟いて言葉を口にすることでなんとか整理しようと試みた。キラの通信機にはメール、SNSのダイレクトメッセージ、ショートメッセージ他友人らとメッセージのやり取りができるツールの全てに連絡が入っており、どうやら全てのツールで送っている人や毎日のように連絡をしてきてくれた人もいるらしかった。
これらに既読をつけてしまうとそれに気がついて酷い騒ぎになりかねないと思ったので、ひとまずそれらのアプリケーションは一切に開かずにまずマップを開いた。現在位置は宇宙船で指定した位置ピッタリだった。キラは自分の住所をマップの検索口に打ち込んだ。
ニジノタビビトはキラの通信機にたくさんの通知が来ていることに少しだけモヤモヤして胃のあたりがムカムカするようで、無意識のうちに左手を鳩尾にあてて温めためるようにした。キラのような人にたくさんの友人がいることなど最初から分かっていたことなのに、彼の一番の友人は自分でいてほしいという思いが確かに自分の心の中に存在していることを自覚して、ニジノタビビトは自分が少しだけ嫌になった。
ニジノタビビトは、虹をつくる人々というかけがえのない人々との出会いを経験してきたが、それ以外にずっと仲良くしている人などキラしかいなかった。そもそもニジノタビビトは友人どころか、記憶喪失を自覚してから約四ヶ月間も誰か同じ人と交流を持つという経験をしたことがなかったので、嫉妬をするほどの人間関係もなかったはずなのに。
「やっぱりここからだとそんな遠くないな」
キラは自宅までの道を把握してから、はたと気づいた。もし、というかこの人数からメッセージが来ているということはまず間違いなく自分が《翡翠の渦》巻き込まれた五人目として報道されている。そのときに名前だけ報道されたのか、《翡翠の渦》に巻き込まれる瞬間だけ報道されたのか、はたまたその両方かは分からないが、顔が知られている場合面倒なことになるかもしれない。
キラはニジノタビビト方をチラリと見やって、もし自分の顔が報道されて《翡翠の渦》の五人目の被害者として知れ渡っていた場合、このままの状態でのこのことアパートメントに戻った場合、SNSにその情報を拡散されでもしたら。間違いなく「《翡翠の渦》の被害者奇跡の帰還!」なんて言われてマスコミや野次馬が自分だけでなくニジノタビビトの周りもこぞって囲むだろう。キラは通信機をホーム画面に戻して別のアプリケーションを開くと検索エンジンに素早く翡翠の渦と入力しながら考えを巡らせた。
もし、ニジノタビビトの存在が変な形で知れ渡りでもしたら? それで虹をつくることを知られでもしたら? そこまでならまだしも感情の具現化について露呈でもしたら?
そんなことになってしまったら、ニジノタビビトに迷惑がかかるどころの話ではない。それだけは、絶対に、避けなくてはいけない。
不幸中の幸いか、キラが《翡翠の渦》に巻き込まれてから四ヶ月弱が経過している。この間に報道されなくなり、自分の存在を《翡翠の渦》の被害者として初めて知った人間の記憶からは薄れていることだろう。
あとは半端に自分のことを知っている人間さえ躱せれば。キラは自分が《翡翠の渦》の被害者として顔も名前もその他のいくつかの情報も報道されていることを把握して、そのプライバシーのなさにどうせもう戻ってきやしないんだと思われていることが透けて見えて内心舌打ちをしながらも結論を出した。
変装するしかない、と。




