第80話 ケイトと二人
「スーパーってあんまりぞろぞろいても邪魔になるからラゴウとニジノタビビトさんはどこか別のところを見ていてくれないかしら?」
マジか。いや、キラとてケイトと二人になるのが別に嫌というわけではないが、こう別行動になるとラゴウがケイトをいなしてくれたりはしないだろうし、緊張と何よりどうしようという気持ちがあった。それにただ初めてのスーパーというだけでなく、ここは異星だ。
確かにキラも地元のスーパーでぞろぞろと大人数でいられて通れないなと思ったことがあるにはあるが、それにしたって心細くて仕方なかった。
「いや、私は構わないが……」
ラゴウはそう言いながらキラの方に視線をやったし、キラにはそれに不安そうな視線で返したが、残念ながら隣の彼女がそれに気づくことはなかった。
「決まりね! じゃあまた後でここに合流しましょう。それほどかからないと思うわ」
「あっキラ、これお財布!」
ニジノタビビトは慌てて財布から少しのお金を抜き取って自分のポケットに突っ込むと、財布ごとキラに投げ渡した。
スーパーといっても、惑星メカニカにもあったようなさまざまなものが揃ういわゆるスーパーではなく、プラスして肉屋と魚屋、それからちょっとお高いオーガニックのお野菜と果物なんかを取り扱っている専門のお店が区画内に出店してるらしかった。
品揃えが良くて、鮮度もいい。キラはもうこの星を明日にら発つ予定だが、早くここを知りたかったと思った。
「その、ごめんなさいね、ちょっと強引にしてしまって。あなたとも二人で話してみたかったの」
ケイトが別行動を提案したのは成人四人で歩くと邪魔になるからというのももちろんあったが、キラとも二人で話してみたい、伝えたいことがあったことも理由の一つにあった。
「まあ、ちょっとびっくりしましたけど……。話してみたいことってなんですか?」
ケイトは買い物カートにピュアレッドのカゴを乗せた。
「話してみたいことというか、その、ありがとうを言いたくて」
「えっ?」
キラは自分の耳を疑った。そしてもう一度ケイトがなんと言ったかを反芻して困惑した。キラは自分がケイトに何かお礼を言われる心当たりが全くなかった。例えば、ラゴウの虹をつくることの話し合いで多少強引にことを進めたりだとか、それこそ出会い頭の不審さについて苦言を呈されることがあったとしても、自分はケイトやその恋人であるラゴウになにかしてやれたという実感が全くなかった。
キラは困惑して立ち止まったが、ケイトは背中を向けてカートを押しはじめていたのでそれには気づかなかった。
「あのね、昨日ラゴウともゆっくり話をしたのだけれど、ニジノタビビトさんだけでなくて、あなたがいてくれたからラゴウは虹をつくれて、自分の殻を破ることができたと思うの」
「いや、でも自分は、本当に何も……」
「いいえ」
ケイトは即座に、強くそれを否定した。
「少なくとも私とラゴウはあなたが、キラくんがいてくれたから虹をつくれたのだと思うわ。だってあなたが最初にラゴウに手を差し伸べてくれていなかったら、彼は話すら聞かなかったでしょう。あなたが私と出会っていなかったら、ラゴウと再会することもなかったでしょう。これは二人で話して確かめた、間違いのないことよ」
「……ありがとう、ございます」
お礼を言ったのは自分なのに、それに対してお礼を言われたことがおかしくてケイトはふふと笑った。
キラもありがとうを言うのは変な感じがしなかったわけではないのだが、自分の今の気持ちを如実に伝えられる言葉をこれ以外に知らなかった。
「さ! あんまりあの人たちを待たせてあれだから、さっさとお買い物をすませちゃいましょ」
「ッはい!」
キラはグッと一度拳を握りしめてから、少し周りを気にして話すよりも少しだけ大きな声で返事をした。




