第71話 知っていた別れ
ひとまず、今日の予定にあった買い出しは済ませてしまわなくてはいけなかった。そうしないと明日や明後日が大変になってしまうことは目に見えていたのだ。
今日は次の食糧補給の星を決めて、そこまでに必要な食料の買い出し、売るためのものの仕入れをする。生鮮食品の買い出しはラゴウと再び会ってから、つまり明日以降にするとして、日持ちのするものは先に買っておくことにした。
本当だったら、カケラからエネルギーを取りだして、次はここまで進めるよキラの故郷までどれくらいだ、なんて双六みたいな事を言っているはずだったのに。知らないうちにサイコロが六面体から二十面体になってその中でも最大の二十の目を出してしまったような感じだ。
ニジノタビビトは虹をつくるために、記憶を取り戻すという目的のために旅を続けなくてはいけないから、キラを惑星メカニカに送り届けても次の星に行かなくてはいけない。
ニジノタビビトは荷物の七割を持ってくれているキラの少しだけ後ろを歩きながら、この光景すらあと途中の食料補給に立ち寄る星々でしか見れないことに気がついてしまった。
「さみしいなあ」
小さな声だった。無意識的に漏れ出てしまった声。しかしポソッと独り言にしても小さい声で発したとはいえ、もうすぐ宇宙船に着くという頃、周りには森と草原しかない。そしてこの時運悪くニジノタビビトの後ろから前に向かって風が吹いていた。つまり、キラの耳にも届いてしまった。
「レイン?」
キラはもしかしたら聞き間違いかもしれないと思いながら振り返った。さっきだって笑って、帰れる予定が早まったことをおめでとうと言ってくれていたのだ。
ニジノタビビトはハッとして自分がさみしいと漏らしてしまったことに気がついた。ああ、せっかく次の目的地を告げた時には堪えられたのに。すぐに台無しにしてしまった、とにかく弁解しなくては。
「あっ、いや、違くて、いや、違くはないんだけど……。その、とにかく君がはやく帰れることを疎ましくなんて思っていないよ。もちろん!」
でも。そう言ってニジノタビビトは顔を伏せてしまった。必死に訂正しようとしてできなくて、ブンブンと横に振っていた手も一緒にうなだれてしまった。
「でも……、その、やっぱりお別れは、さみしいなあって」
元々、キラの目的は故郷の惑星メカニカに帰ることであって、ニジノタビビトと共に旅をすることではない。これはニジノタビビトの目的が虹をつくりながら記憶を取り戻すことであって、本来の目的はキラと共に旅をすることではないことと一緒だ。
まだ、出会って十四日しか経っていないのに。そうだ、まだたった十四日だ。キラと旅が続けられなくなることなど最初から決まっていたことで、分かりきっていたことなのに。こんなにも彼が自分の心に根を張るだなんて思ってもみなかった。
一人ぼっちで旅をしてきたニジノタビビトは、誰かと旅をしたって何も変わりはしないだろうとたかを括っていた。
こんなことになるなら。こんなことになるなら、一緒に旅なんてしなければよかった? いいや、いいや、決してそんなことはない。ニジノタビビトは思いついた考えを即座に否定した。キラとの別れが前提だったとしても、今もしこんな気持ちを抱くと分かったまま過去に戻ったとしたって、またキラと短い旅をしたいと思うだろう。
ニジノタビビトはなんだか目が熱くなってきて、でもキラの前で泣くわけにはいかないと思った。きっとキラは自分が記憶を取り戻して、もし記憶を無くしている今とは人が変わってしまったって、悲願だった記憶を取り戻せたと喜んでくれるだろう。キラの悲願の達成が目前に迫った今、自分がさみしいからなんて理由でキラに涙を見せて無様に追い縋るなんて真似だけはしたくなかった。せめて、唯一無二の友の門出は笑顔で祝いたいのだ。
知っていた。キラとの別れがあることなんて、知っていた。あーあ、こんなはずではなかったのになあ。ニジノタビビトは目算が甘かった自分に呆れて、それでも自分にも、こんな放浪者にもかけがえのない存在ができたことが嬉しかった。




