第68話 虹をかけん
「まぶしっ」
思わずキラの声がこぼれた。
カケラにあたる光が強くなったと言ったって、そこまで強烈な光ではなかった。懐中電灯を向けられたような、対向車のハイビームを正面から見てしまったようなそんな強烈な光ではない。にも関わらず、一瞬目を閉じて手で庇ってしまうような眩しさがあった。少し離れたキラですらこれだからラゴウたちはもっと眩しかったのではないだろうか。
しかしラゴウは直立で、手で顔を覆うような様子はなかった。隣のケイトも、ニジノタビビトも同じだ。
ラゴウは輝きを増したカケラを見つめて涙がこぼれそうだった。ケイトに涙を見せてしまうのはここ数日でもう今更になってしまったが、ニジノタビビトに見せるのはまだ恥ずかしくて何とか堪えた。
「……準備が整いました。外に出て、待ちましょう」
ニジノタビビトはラゴウの雰囲気を見て静かに、低めの声で告げた。
ラゴウは一度俯いてギュッと目を瞑ってからケイトの手を握りしめて踵を返した。そのまま入り口のところに立つキラの方にまで向かってきたので、キラはバッと横に避けた。ラゴウはそのまま前に進んで宇宙船の出入り口の方まで歩いていった。
キラは部屋から出てきてドアを閉めたニジノタビビトの後ろに続いて外に出た。ニジノタビビトはキラが出てから宇宙船の入り口を閉めてロックをかけた。
「これから宇宙船が飛び立ちますから、少し離れていましょう」
四人揃って丘の上まで登って宇宙船を見下ろした。
そのまま少し待つと宇宙船がブオンと音を立てた。キラは宇宙船が打ち上がるところを見るのは初めてだったのでラゴウの虹とは別に少しワクワクした。
ピ、ピ、ピーッ!
〈まもなく離陸に移ります。離れてください。繰り返します。まもなく離陸に移ります。離れてください〉
ピピ、ゴウン。ブウゥーン。
さまざまな音がする。自動音声が注意喚起する音、宇宙船が今まさに飛び立とうとする音。宇宙船内にいたときは全く気が付かなかったがこんなに色々な音がしていたのかとキラは驚く。
〈離陸まで二十秒前、十九、十八……〉
キラはドキドキしていた。こうカウントダウンをされるとそれに合わせてより緊張が高まっていく。キラは唾を飲み込んで両手をギュッと握りしめて少し前傾姿勢になった。
しかし対照的にラゴウもケイトもニジノタビビトもピンと背筋を伸ばしたまま動じず、ただただジッと見つめていた。
〈五、四、三、二、一、ゼロ〉
キューン、ピピ、ガウン!
宇宙船が下の方から煙を吹き出した。少し上に動いて浮いたように見える。
ゴゴゴゴゴ!
大きな音を立てて、今度は目に見えて浮いた。そのままゆっくりとまっすぐ上昇を続けて、直ぐにキラが見上げなくては見れないところまで昇っていく。
ニジノタビビトが言っていた上空二百五十メートルオーバーまで到達したのだろう、宇宙船は上昇をやめてそこに留まり始めた。
「あ、」
キラは思わず声を漏らしたが、声が出たことに自分でも気づかないくらい夢中になって空を見上げていた。
宇宙船一度振るえて、七色の光が漏れたかと思うと宇宙船から投影するように光が溢れてアーチの形をつくりあげていく。
「ねえ、ラゴウ。すてきね、とっても、すてきだわ」
ラゴウがさっきカケラの光が増したときに我慢していた涙は、とっくに頬をつたっていた。ケイトはそんなラゴウに虹から視線を外さないまま頬を濡らして少しつまった声でそっと語りかける。
空には大きな、自然現象の虹に比べて色のトーンに多少ばらつきがある虹が、かかっていた。




