第58話 緑野の上で
ニジノタビビトは力強く宣言したラゴウの瞳を同じくらいの力強さを持って見返すと唇をかみしめてから小さく笑った。
「ありがとうございます。すぐにつくりますか?」
「いや、少し休憩を貰ってもいいかな。たくさん話してもらったからね、少し気持ちを落ち着けたい」
「はい、それでは準備が出来たら教えてください。旅人である私が言うのもあれですが、宇宙船の外の草原から森にかけて風や鳥の声なんかが気持ちよくっていいですよ」
この星、第六二四系第七惑星クルニは高層ビルも立ち並ぶなど人間のための街として発展している一方、そのビルの壁をつた植物がおおっていて遠目には緑色のビルに見えていた。街路樹も道路端の花壇も多く、公園には草っ原があり、街のすぐ近くには宇宙船が着陸できる広さの草原もある緑の豊かな惑星であった。
「そうそう、俺の故郷でも街に花が植えてあったりしますけど、この星は本当に多いですよね。あのビルとか初めて見た時びっくりしましたよ」
キラが生まれた惑星メカニカでも、二つ隣の第五惑星イニーカの自然保護が厳重に行われている風を受けて、そこそこに緑化運動が推進されていた。それでもこの星のように印象に残る色が緑というわけではなかった。
ラゴウとケイトは入り口のところに立つキラの方を振り向いた。
「そうか、この星は植物と共に生きてきた星だからね」
「家やビルの人工建造物も見た目だけじゃなくて植物の力を借りて建てていたりするのよ」
「そうなんですね……、朝の空気があんなにも心地いいのはそういうのがあるのかもしれませんね」
惑星の外からきた人にそう生まれ故郷の星を褒めてもらえてラゴウもケイトも嬉しくなった。二人にとってはそれが当たり前になっているが、この星が緑の星だと近隣の星々に言われていることを、たとえ直接的にしているのが自宅の観葉植物の水やりや生けた花の水を変えることぐらいだとしても誇らしく思っている。
――ガチャン。
「それじゃあ、準備が出来たら教えてください。宇宙船内も、この空間でしたら好きにしていただいて構いません」
「飲み物とか、お菓子とかおかわりが欲しかったらいつでもご用意するんで言ってください」
ニジノタビビトは念の為機械を設置している部屋の鍵を閉めてからラゴウとケイトにこう声をかけた。それに続いてキラも何か自分にできることはないかと考えて声をかけた。
「ありがとう。でもとりあえずそこら辺を散歩してこようかな、話をしていたら、この辺りにはしばらく来ていないことを思い出してね」
「私も一緒に行ってくるわ」
ニジノタビビトは扉横のパネルをいじって入口を開けてタラップを降ろした。ラゴウはケイトをエスコートするようにして草の上に足をおろすと、振り返ってニジノタビビトとキラに軽く手を振った。
二人はそれに振り返して、恋人たちの背中を見送った。
「キラ、私フルーツソーダが食べたいな」
「ん、おっけ」
ラゴウとケイトは手を繋いで、草原をこえて街の方へ向かう途中にある小さな森に少しだけ入って、また草原の方にでた。途中で野花のそばにしゃがみ込んだり、小鳥の声が聞こえると立ち止まってそちらを見上げたりした。
それから今日の朝ニジノタビビトも登った、街が望める丘の上まで来て二人は立ち止まった。ラゴウはポケットから大判のハンカチを取り出すと広げて置いた。自分はその上には座らずにハンカチから三十センチほどの距離を置いてそのまま草の上に座り込んだ。
ケイトは少し悩んでラゴウが引いてくれたハンカチの上にそっと腰を下ろした。
「――ケイト、ありがとう」
「……ラゴウ?」
ラゴウはケイトの瞳を見て笑って答えなかった。しかしケイトにはラゴウの表情と何よりも目が雄弁に語っているのが見てとれて、こちらも何も言わずにそっと手を伸ばして緊張で冷えた大きな手を、自らの体温を分け与えるようにそっと握りしめた。




