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第57話 懐疑心ではないもの


 宇宙船のように大層なものを想像していた割にはいささか控えめだな、というのがこれから自分が使うことになるであろう機械を見たラゴウの最初の感想だった。


「こっちでカケラの生成を行います。それで……ここにカケラをセットして虹をかけます」


 ニジノタビビトは手で示しながらここを握るだとか、スイッチはここにあるだとか、ここからカケラを取り出すだとかを説明した。

 キラがこの部屋に入るのは初めて宇宙船に足を踏み入れた日に全体を案内してもらって以来二度目だった。ただキッチンとあまり広さが変わらない部屋に二台の機械と大人が四人も入るとぎゅうぎゅう詰めになってしまうので、キラは入口の敷居のところに立って青竹踏みのようなことをしていた。


「私からの説明は以上です。何か気になることはありますか?」

「そう、だね……」

「私から、いいかしら」


 ラゴウではなく、ケイトが小さく手を挙げながら言った。その表情は少しだけ強ばっている。


「もちろんです」

「じゃあ、その……、カケラを生成するときとかに何か、痛みがあるとか、無くすものとかはないのかしら」


 この中で虹がどんなものであるのかを知らないのはキラとケイトだった。ケイトにしてみたらラゴウが決断したこととはいえ、何か危ないことはないのか、辛く思うことはないのかが心配だった。それはニジノタビビトのことを信用していない、という問題ではなく、一重にラゴウを愛しているからだった。そしてこの場の誰もがケイトが懐疑心からそれを言っているのでは無いことを分かっていた。


「はい、私は生成しようとしても出来なかったので、私の体験に基づいた話ではありませんが、今まで虹をつくってくれた人々に色々たずねてきましたが、今まで痛みを感じた人はいませんでした」


 初めて虹をつくったとき、つくってもらったとき、ニジノタビビトは感情の具現化が禁術と位置づけられるものであることを知っていたが、カケラを生成するために感情の具現化を行うことは決して危険がないことを理解し、確信していた。

 しかしどんなに確信していたってニジノタビビトも当時初めてのことであるのだから当然心配したし入念にシミュレーションを行った。結果として何事もなく、それこそ実験結果に基づいた手順から何も外れることも無く虹はつくられた。


「無くすもの、というと難しいですね。感情を具現化してもその感情自体が無くなる訳ではありません。しかし、具現化する前と全く同じではないと思います。カタチを変えて体積が小さくなることや変化のときの変容はある意味で無くすということも出来てしまうとは、思います……」

「そうですか、ありがとうございます。そうね、変わろうとしている時の無くすって確かに難しいかもしれないわ。すみません、どうしても、お節介かもしれないけれど、心配で……」


 ケイトの言葉を受けてニジノタビビトは力なく笑った。


「アハハ、私が言うのもあれかもしれませんが、私もね、毎回緊張しています。これまでの経験から大丈夫だと確信を持っていてもそれでも彼らが、彼女らが私には出来ないことを手伝ってくれているのにそれを仇で返すことなどないようにと」

「……以前の人々がどうだったかは分からないけれど、君がそうあってくれるからこそ、不安はそれほどなかったと思うよ」


 ラゴウはカケラが虹を見せてくれたこと、何よりニジノタビビトが言葉を尽くして説明してくれたことでそれほど不安はなかった。強いて言えば自分にあんなに美しいものがつくれるのかどうかだけが不安だった。

 ラゴウは目を瞑って一つ深呼吸をすると、隣に立ったケイトの左手の小指を右手の小指で握ってニジノタビビトを見据えた。


「色々と、話をしてくれてありがとう。――私は、虹をつくるよ」


 ラゴウは改めて力強く、そう宣言した。


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