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第5話 キラの頼み事


 今キラの目の前にいる、宇宙船に乗っていた不思議な瞳を持つこの人は、どうやら随分と頭の回転が速いらしかった。


「つまり、君は帰る手段を無くして途方に暮れていたところ、この宇宙船がたまたまちょっと失敗してしまったんで大きな音を立ててしまった着陸音が気になって見に来たわけだ。そしてたまたま宇宙船のようなものがあって、たまたまそれに乗っていたのが、私」


 少し振り返って宇宙船の白いボディをペチペチと軽く叩きながら、キラに問いかけるというより考えを整理するといったふうに呟いた。キラが地に響くようだと感じた大きな音が、着陸音というよりも落下音のようだったのは、たまたま着陸に失敗してしまったらしかった。


 宇宙船に乗っていたこの人は、キラが惑星メカニカで翡翠の渦という事故によってこの惑星に飛ばされたことと大きな音が気になって見にきたことを話しただけでたまたま落下してきた宇宙船を頼りに、危険がある可能性を承知の上で自分のところまで走ってきて頭を下げたということを理解した。

 この人も、もちろんキラはまだ口にはしていなかったが、自分の宇宙船に乗って故郷に帰れないかという思惑があるのではないかということもなんとなく察していた。


「そうです。その、単刀直入に申し上げます。その宇宙船に乗せて惑星メカニカまで僕をつれていってくれませんか。着の身着のまま飛ばされて、ポケットに入っていた回線がなくて使い物にならない通信機と、惑星メカニカの通貨しか持っていませんが、なんでもお手伝いします、力仕事でも、家事でも、なんでも」


 キラは自分を売り込む必要があった。今自分がこの人の宇宙船に乗せてもらうには、乗せるだけの価値がある人間ということを証明しなければ、金も持たない自分は道中でタダ飯食らいにしかならないからであった。

 しかもこの人は先ほど「暇ではないが、話を聞く時間くらいはある」といったのだ。そこに無理を言って惑星メカニカに連れて行ってもらうことが相当難しいであろうということくらい、とっくに理解できていた。


「僕は、アルバイトをいくつか掛け持ちしていたこともあって、体力には自信がありますし、料理も好きで自炊をしていました。それから……」


 キラは言葉に詰まった。この人の利益になれそうでいて自分ができることの少なさに気がついてしまったからであった。


 言葉に詰まって、唇を噛み締めながら俯き加減になり冷や汗を流すキラを前にして宇宙船になっていた人はもちろん困ってしまったが、かわいそうだという思いもあった。

 ふと視線を下に向けるとキラの手があんまりにも固く握りしめられているせいで、爪が手のひらに食い込んで血が滲んでしまっていることに気がついた。それを見て何か声をかけようとして、それでもなんと声をかけていいのか分からず言葉を一度飲み込むしかなかった。


「……とりあえず、買い物に行こうか。この星には食料補給のために寄ったんだ。それで軽く何か食べよう。その道中歩きながら君について聞かせておくれ」


 キラは手足から血が引いて氷のように冷たくなっていくのを感じた。これは、ダメだったかもしれない。ああ、どうしよう、俺帰れないかもしれない。きっとこんなチャンスはもうないだろうに。

 キラは必死になって走った時に付いてしまったのであろう自分の靴のつま先を汚している土を見ながら、冷たくなってしまった手を、爪が手のひらに食い込んで血が流れてしまうくらい固く固く握りしめていた。  そんなになって指先を何かが流れる感覚があっても、キラは痛みを自覚できないほどになっていた。


 宇宙船に乗っていた人はそれを見て何を言うでもなく、憐憫と悲しみとそれとなぜかほんの少しの羨望を持って見つめていた。

 しばらく黙っていたが、一度唇を内側に巻いて軽く噛んでから、少しだけ血色の増した唇から静かに言葉を落とした。


「まずは君のことを教えてもらわなければ、一緒に宇宙船に載せられるのかも分からないんだ。君自身が私に宇宙船に乗せる対価として何が差し出せるのかもそうだれど、実際特に重要なのは君の故郷がこの惑星からどれだけ離れているのかなんだよ」


 キラはこぼれ落ちてはいないものの涙が膜を張った目を軽く見開き、まだチャンスがあることに考えが至ると、少しだけ鼻を啜ってから、はい、と大きく返事をして、無理矢理にでも思考を切り換えた。まだできることがあるのであれば、諦めるには早い。

 キラは現実主義者であったが、汚く生きれる人間でもあった。一方でその生き方は確かに美しさを秘めていた。

 キラにとって、今の状況以下になることはそうそうありはしないのだから、少しでもチャンスがあるのであれば、それに縋ってできることをするしかないのだということをきちんと理解できていた。


 キラの表情が変わったのを見て宇宙船に乗っていたその人は満足そうに口角を少し上げて頷いた。


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