第47話 手のひらにカケラ
ラゴウは一昨日、ケイトに黙っていてくれないかと言ってしまったことをひどく後悔している。発言の内容も、言葉選びも、言い方も、その言葉を言い放った時の自分の顔はいかに歪んでいただろうかと想像するだけで疎ましい。
ラゴウは自分が変になってから、ケイトによそよそしくなったり、会う約束もできずに仕事が忙しいと嘯いてかわしたりした。ケイトは人の心の機微を読むのがうまいのだが、殊更ラゴウのことに関しては本人よりもラゴウの気持ちを察するのが上手かったりした。だからきっとラゴウが吹いたホラなどきっとお見通しだっただろうに、分かったと言って二言目には仕事が忙しいことで睡眠時間が減ったりしないかだとか疲労を心配する言葉を吐くのだ。
その心配を受けてまた自分が嘘をついたことを後悔して勝手に苦しくなる。そして後ろめたさからまた会いづらくなって、気にしないでと言ってもらって後悔する。そればかりを繰り返して負の連鎖に陥っていた。しばらくの間ラゴウがおかしいことに気づいたのか、ケイトは途中からは自分も少し忙しくなるから会えないが、毎日の挨拶だけはさせてほしいと申し出てきた。多少忙しくなることも本当だったが、ラゴウが会えないことを気に負わないように、しかし完全に交流が絶たれはしないように考えてのことだった。それで多少気が楽になったものの、すぐにこれはまた気を使わせてしまったのではないかという考えに至って口元を手で覆った。
それきり二人は本当に忙しいときもあったものの、会わない選択をしていた。だからケイトが突然公園に呼び出してきたのには驚いたし、あの時が実にひと月半ぶりの再会だったのだ。
「もういい加減自分にうんざりしてるんだ。今日は少し調子がいいから考える余裕がまだあった。大丈夫、ちゃんと私が考えて決めたことさ」
キラはその目を見て、ヤケになっているというよりも今は足掻く気力があってそれが前面に出ているだけなのではないかと思った。キラもニジノタビビトもラゴウが沈んだところと感情的になっているところしか見たことがなかったから自暴自棄にでもなったのかと不安になったが、ラゴウはこうなる前は元々勝負時に物怖じしないタイプだった。
「レイン、じゃあほら、カケラは? あれを握ってもらえばいいんじゃないか?」
「あ、そっか」
ニジノタビビトは服の下にかけていたペンダントを取り出して、その先についたケースからカケラを出して手のひらに乗せて見せた。
「これは前回虹をつくった人が感情の具現化をして生成したものです。虹はこのカケラ七つを宇宙船に積んでいる機械にセットすることでつくります」
ラゴウはその大きな体を折ってニジノタビビトの手のひらに収まる大きさのカケラをまじまじと覗き込んだ。
「綺麗なものだね、カットも研磨もされているわけではないけれど確かな輝きがある。それから、どうしてかすごく惹かれるものも……」
ラゴウは首の角度を時々変えながらカケラをよくよく観察した。カケラには衛星セルカの光が反射してキラキラ光り輝いていた。しかしラゴウにはそれとは別に、この手のひらに収まる大きさのカケラに目が引かれて仕方がなかった。それを見てニジノタビビトは手のひらをラゴウの顔の方にスッと近づけて差し出した。ラゴウは恐る恐る指先を伸ばして触れるとビクッとして一度離れた。それからまたゆっくり手を伸ばして今度は持ち上げるとそのまま手のひらの中に収めて緩く、しかししっかりと握り込んだ。そしてそれきり目を瞑って黙り込んでしまった。
キラは急に目を瞑って動かなくなったラゴウに驚いてニジノタビビトの顔色を伺ったが、ニジノタビビトは静かに左手を下ろして慣れたように目の前の男のことを見守っていた。




