第42話 三棟のビル
「キラ」
「うん、ケイトさんが指差していたのはこの三棟のビルのうちのどれかだと思う」
先ほどのベンチからの視線、公園で手に入れた周辺マップをもとにして、ベンチにくっついて座り込んで、ニジノタビビトの端末を二人で覗き込みながら話し合った。キラの端末にも同じ写真は入っているのだが、同じ地図を覗き込んだ方が二人にとっては相談がしやすかった。
どうやって三棟に絞り込んだのか、そう難しいことはしていない。
まず、宇宙船から最も近い公園の入り口から見て左側にある木の下の、ベンチの右側に座る。ここが昨日ケイトが座っていた場所だ。その次にケイトが正確にラゴウの勤めるビルの位置を把握した上で指差していたと仮定して、彼女の視線に合わせて見ると、ケイトが「すぐそこのビルに勤めているのよ」と言いながら指差したのは、正面を向いて肩をまっすぐ下ろしてから右腕を垂直にあげて、さらに上方向に三十度、右方向に四十度ほどずらして人差し指をピンと伸ばした場所。この時点ではその方向にあるビルは奥にあるものを含めると直線上に三棟、多少範囲を広げると九棟ある。
そこで重要になってくるのがラゴウがケイトにメッセージを返信してからこの公園に着くまでかかった時間である。ケイトにメッセージを返信してから、急足から小走りできたとしても、少し話をしている間にラゴウは公園までたどり着いた。ラゴウからメッセージが送られてきたタイミングにバイブレーションが鳴っていたことを二人とも確認しているので、そこからラゴウが公園に現れるまでの時間をもとにおおよその距離が算出できると考えたのだ。
ビルであることから、エレベーターに乗っていた時間などを加味して考えても、ニジノタビビトの持つカケラについて話をしている間に公園にたどり着いている。つまり相当近い場所にあるビルなのではないかと仮説を立てられた。地図上に公園から同心円をいくつか描いたところ、ある一区画が見えてきた。この時点でこの一区画内にあるビルが全部で四棟あった。
このうち、一つは企業が入っているビルではなかったため除外し、合計三棟のビルがラゴウが勤めている場所の候補として挙げられた。
「うまいこと絞れたな。後はビルの出入り口が一ヶ所から見える位置にあれば最高なんだけど……」
「キラ、もうすぐお昼時だ、とりあえず見に行こう」
二人は急足で公園を後にした。直線距離にしておよそ二百メートル。気が急いていても、もしうろついている姿をラゴウに見つかってしまったら通報されても何も言えないので、気をつけながらまず一番近いビルまで急いだ。
「ラッキー、レインここからビル二棟の入り口が見えるぞ」
「よし、じゃあキラにはここをお願いして私はもう一つのビルの出入口を見てくるよ。ある程度時間が経ったらここに来るね」
「了解。お互い不審者にならないように、気をつけような」
さながら張り込みをする刑事や調査員のような心持ちで、しかししていることには後ろめたさがあるというチグハグを抱えながら、比較的死角になっているビルの入り口が見える街路樹のそばに立って時間を過ごした。
「キラ、どう?」
いつの間にかニジノタビビトが後ろにいて、声を潜めるようにして話かけてきた。
「いや、ダメだな。出入りする人は何人かいたけど、そもそもの母数があまり多くない」
「やはりか、こっちもだったよ。……とりあえずお昼にしようか」
キラも声を潜めながらコソコソと話した。それがどこか怪しさを増す要因になっていたものの、幸い、このタイミングで周りに人がいなかったので何とかなった。二人はひとまず遅い昼食を取るために、周辺地図にものっていたすぐそこにあるカフェまで移動することにした。




