第40話 星は昇る
ニジノタビビトは緩くキラの手を握り返した。俯かせていた顔をそっと上げるとキラは変わらずに笑っていて、それを見たニジノタビビトはもう大丈夫だという気になってきた。この青年が自分の手をとって笑ってくれているうちは、自分がどんなに不甲斐なくて立ち止まってしまったって、自分の力で立ってまた一緒に歩き出せると信じられた。
「さ、とりあえずお昼ご飯にしようよ。レインは何が食べたい?」
「……キラが作った、スープパスタが食べたい」
ニジノタビビトは少し恥ずかしそうに言った。キラは少しだけ目を見張ってゆるゆると笑うといいよと言った。
二人で並んで、しかし何も話をせずに少しゆったりとした足取りで宇宙船に向かう道を歩いた。今日の朝、街へ向かうときはあんなにも決意と正義感に満ちていたのに、半日ほどで壊れてしまった。
それがどんなに相手を思いやっていることであっても、どう思うのかは結局のところ相手の自由なのだ。その結果が思い描いていたものでなくたって、それは受け入れなくてはいけない。
冷蔵庫の中身一掃スープにあとでパスタを入れたものとはいえ、スープパスタは一昨日の夜に食べたばかりであったので、今日はミルクを入れてクリームスープパスタにした。具材はキノコとソーセージ、それからほうれん草、コーン缶もあったのでこれも入れた。
公園を出たのは恒星が空の真ん中を過ぎた頃だったので、すっかり食べ終わって片付けを終えた頃にはもう恒星はだいぶ地平線に近いところまで落ちてきていた。
「なあ、レイン。やっぱりもう一回だけラゴウさんのところに行かないか?」
「でも、もう……」
ニジノタビビトは悲痛に訴えたラゴウの姿が目に焼き付いていた。今まで協力してくれた人たちは何人もいて、中には断られてしまうこともあったが、あんなにも激情を持ってして突き放されたことはなかった。
「これはもう俺の妄想でしかないけど、ラゴウさん、多分自分でもどうしたらいいのかわかんないんじゃないかな。だからあんなにすまないって何度も謝ってたと思うんだ。ほら、ケイトさんもあんなこと言いたかったわけじゃないだろうって」
それでもまだニジノタビビトは渋った。これ以上彼を傷つけるのが怖かったし、人を傷つけた自覚を持って自分が傷つくのが怖かった。
「せめて、虹について話はできなくても、あの人が今後俺たちを突き放したことを思い出して自分を責めることがないようにしたいんだ」
キラは自分が勝手なことを言っているのを分かっていた。それは今日のこともあって身に染みていたが、いっそのこと彼が謝らなくていいくらいに自分達を嫌いになってくれたいいとすら思っていた。
ニジノタビビトは自分達が飛び立ってしまったあとのラゴウについては考えが至っていなかった。このまま別れたとして、彼がどこに行ったともしれない異星の旅人二人に言ったことを後悔しない日が来ないとは決して言い切れない。
「大丈夫、星は昇るよ」
「星は、昇る……?」
「俺の故郷の言葉だよ。名前が呼べなくたって、言葉を尽くせなくなったって、真っ暗闇で言葉を無くしてしまっても、星が昇り続ける限り可能性はあるっていうことさ」
キラは勢いをつけて立ち上がってニジノタビビトに手を差し出した。
「ニジノタビビト! 虹をつくるっていうのはも言われぬ感情を抱える人々や、大きな思いを抱く人たちの思いを昇華できるんだろ? でもそれはニジノタビビトがいなくちゃできないことじゃないか!」
ニジノタビビトは、青年の手を取った。




