第38話 女性との交渉
ニジノタビビトは迷ったが、詳しいことを話さないとこの手がかりすら手放してしまうことになってしまうだろうと考えて、感情の具現化については伏せながらも、虹をつくりながら宇宙を旅していることを話すことにした。
ニジノタビビトはまず女性に少し時間をもらえるか確認してから、昨日キラとラゴウが共に座ったベンチまで移動して、少しの距離を空けて女性と並んで座った。キラは座らずにニジノタビビトの横に立って、できるだけ女性に威圧感を与えないように努めた。
「私は、無くした記憶を取り戻すために虹をつくり、宇宙を巡っています。隣の彼は、諸事情である星まで送っている途中です。記憶喪失になってしまった私の記憶を取り戻せる可能性があるのがつくられたた虹を見ることなのです。しかし虹をつくれる人は限られていて、私自身もつくることはできません。そこで星々を巡りながら適性のある人々に協力をお願いしているのです」
ニジノタビビトは一度唾飲み込んで唇を軽く舐めてから、前に向けていた視線を女性の方に移して顔を伺いながら続けた。
「ラゴウさんはその虹をつくれる可能性があって昨日お声がけしたのですが、彼の体調がすぐれなかったこともあり、虹についての話をする前にお別れしてしまって……。虹をつくることは強制できることではないので断られてしまえばそこまでですが、虹をつくれる人が限られていることもあり、せめて話だけでもさせていただけないかと思い探していたのです」
女性はニジノタビビト方は見ずにずっと黙って前を向いて話を聞いていた。その姿勢はピンとまっすぐ伸びていて、顎もスッとひかれていて、まるで絵画のモデルのような雰囲気であった。
女性は肩は動かさずに、首を動かして顔だけをニジノタビビトの方に向けた。
「ラゴウが、断ったら強制はしないんですね?」
「はい、お約束します。まだラゴウさんで確定していないので虹のつくり方を詳しくお教えすることができませんが、そもそも本人に虹をつくるという意志がなければつくれない仕組みになっています」
女性はニジノタビビトとしばらく黙って相対していたが、やがて顔を前に戻して肩の力を抜いた。
「分かりました、それでしたらラゴウに連絡をとってみましょう」
「今、メッセージを送りました。この時間でしたらラゴウはすぐに返事をくれると思います」
「ありがとうございます」
「あの、ラゴウと話をする場に私がいても構いませんか?」
「そう、ですね……」
ニジノタビビトは少しだけ思案して、いずれにしてもまだ感情の具現化を話すべきタイミングではないと判断した。
「構いませんよ」
「ありがとうございます。あ、」
バイブ音が聞こえた。この場にいる全員が端末を持っているが、キラの端末は時計を確認するためだけのものと化しているし、ニジノタビビトの端末に通知を寄越してくる人間はいないので必然的に女性の端末に通知がきたことになる。
「ラゴウに、あなたに会いたいと言っている人がいるのだけれど今この公園に来れるか聞いたの。ちょうどお昼休みだから、しばらく待っていれば来てくれるそうです」
すぐそこのビルに勤めているのよ、と言いながら女性は緑のビルがいくつか建ち並ぶ方を指差した。
そうして沈黙が訪れた。気まずい空気にどうしようもなくキョロキョロと視線をさ迷わせていたキラだったが、意外にもこの沈黙を破ったのは女性だった。
「あの、そこの彼はさっきあなたが持っているものを持った感想が欲しい……と言っていたのですが、それは?」
女性にしてみれば、あるものを持った感想が欲しいという話と、虹をつくる話を聞いて欲しいという点で話がズレている。
ニジノタビビトはキラの方を見てなんのことか視線で問うた。キラは小声でカケラのことと返すと納得してひとつ頷き女性の方に振り返った。
「虹をつくることに同意、あるいは前向きに検討していただける場合に私が持っている鉱石のようなカケラを握って貰っているんです。私自身は虹をつくれないので詳細は分からないのですが、虹をつくれる人にだけ、カケラを手に握ることで具体的に虹をつくることについて理解出来るようになっているんです。彼自身も虹をつくることを見たことがないので説明に不十分なところがありましたね。申し訳ありません」
「はあ、カケラですか……」
「はい。虹をつくる過程でできるものなんですよ」
キラはそばに立ってその話を聞きながら、なるほどそういうプロセスなのかと思っていた。しかしこの話を詳しく理解していなかったのはニジノタビビトの説明不足というよりも、女性が抱いた疑問を持ったか持たなかったかの差によるものだろうなと感じていた。
「あ……」
キラの声に二人はキラを見た。そしてキラの視線の先を追った。
三人の視線の先にはラゴウがこちらに歩いてくる姿があった。




