第33話 次に虹をつくる人
男性は一口水を含んでから堰を切ったようにペットボトルに入った水の四分の三ほどまで一気に飲み切ってしまった。それから口元を手の甲で拭ってから大きく息を吐き出した。
「本当にすまない、ありがとう。少し落ち着いた」
「気にしないでください。何処かに移動しますか?」
「じゃあ……、あのベンチまで一緒に行ってくれるかな」
男性が指差したのは公園の入り口から見える場所ではあるものの、端のほうにあってそれほど目立たないところだった。キラは左手首に巻き付けてある紐の先にカケラがついていることを確認してから男性の背中に手を添えて支えながら木陰になっているベンチまで歩いて行った。
それからずっとキラはベンチに座り込んで頭を抱えてしまった人の背中を撫でてやっていたので、この男性については何も知らないのだ。どうしてこの男性がスーツ姿で公園の隅っこの茂みの奥にうずくまっていたのかも、この顔色この状態で体には異常がないと言い切ってしまったのかも、この男性が何という名前なのかも知らなかった。
「あ、さっき、水買ったんだ」
「いいんだよ、あれは喉が渇いたり、お腹が空いたりした時のために渡したお金なんだから。ところで……」
ニジノタビビトは胸元のペンダントに服の上から触れて、感じる熱をまた手のひらで確かめた。キラの左手首には変わらずカケラが括り付けられていたので、これほどいて熱を感じていないのであれば、やはりカケラはニジノタビビトにしか教えてくれないということになる。ニジノタビビトはもう一度強くカケラを握り込めた。
「キラ、カケラの熱を感じているかい」
その言葉にキラはハッとして、左手首から下がった紐の先でふらふら揺れているカケラを固く握り込めた。しばらくそうしていたものの、やがてニジノタビビトの方を見返して首を振った。
「そうか……。今私の胸元のカケラは確かに熱を持っているんだ」
キラはニジノタビビトが握りしめた胸元に視線をやってから、隣の男性を垣間見て今度はニジノタビビトと目を合わせた。
「じゃあ、この人が次の……」
カケラは結局のところニジノタビビトにしか次にカケラを生成し、虹をつくる人を教えてくれなかったが、今回こんなにも早く見つかったのは、キラがいてくれたからに違いなかった。それは、翡翠の渦に巻き込まれたキラに果たしていこの言葉が適しているのか微妙だがキラの運が良かったことと、何より人に手を差し伸べらる人間だからだった。キラが優しいことはきっとこの場にいる誰よりもニジノタビビトが知っていた。
この項垂れている男性が次の虹をつくる人物の候補ということが分かった今、何にしてもこの人から話を聞いていく必要があった。ニジノタビビトはキラの前であるということでいつもよりもっと緊張しながらも、男性と話をしてカケラの熱を確かめながら、感情の具現化について話をして良いものか判断をする。
元々、これらを見てもらった上でニジノタビビト自身と虹をつくることについてキラの中でどう処理できるのか判断してもらう必要があったのだ。キラがどういうふうに判断して、ニジノタビビトに対してどんな感情を抱いたって無事に故郷の惑星メカニカまで送り届けるつもりであったけれど、それでもキラには、キラにだけは自分ことを嫌いにならないでいて欲しかった。
キラに幻滅されないためにも、嫌悪感を抱かれないためにも、今回は今までで一番失敗できないという気持ちがあった。
ニジノタビビトは一度唾を飲み込んで喉の渇きをどうにかしてから口を開いた。
「ミスター、私はニジノタビビトと言います。あなたのこと聞かせていただけませんか」




