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第31話 永い時を生きた松の色のマグカップ


 ニジノタビビトがこっそりひっそりサプライズのために駆けていったのをもちろん何も知らずに見送ったキラは、方向音痴ではない自信を持っていながらも、てんで知らない星で迷子になりたくも迷惑をかけたくもなかったもので、念には念を入れて公園が見える範囲内でまわることにした。とにかく時間と場所を厳守で探そう。キラはカケラを握りしめた左手をポケットに突っ込んだままゆっくりと歩き始めた。


 誰か分からない人探すというのも難しいものがあるなと思いながら、あまり人のことをぎょろぎょろ見つめていては不審者になってしまうので、あくまで散歩している人くらいに見えるように気をつける必要があった。ひとまず出来るだけゆっくりと公園を中心にぐるぐると渦巻き状に歩くことにした。




 その頃ニジノタビビトは、急いで服と生活用品を買い集めていた。二人で共用で使う石鹸とか歯磨き粉とか、そういうものは後で二人で買っても問題なかったが、まず何といたって服が必要だった。宇宙船内でキラは元々来ていた服か、ニジノタビビトにサイズが合わなくて余っていたルームウェアの二着を着回していただけなのだ。一週間は何とか乗り切ったが、洗濯の回数が増えてしまうことを考えると節水のためにも服はあるに越したことはない。

 宇宙船では途中の補給というものが難しいので特に水には気をつけていた。循環システムも浄水システムも積んでいるし、一応宇宙船外にある水素を酸素と結合させるシステムも積んでいるが、元々積んでいる水にも酸素にも限度があるので基本節水を心がける必要がある。といっても二人の人間が毎日のシャワーと二、三日に一回の洗濯、食器の洗い物をしてあとは普通に生活をしてもそこそこのゆとりがあるようにはなっているので、気をつける必要があるという程度ではある。

 それにしたって着回すにしてももう二、三着あった方がいいのは確実である。これじゃあせっかくある宇宙船内で小型のエアロバイクとランニングマシンを使ったって汗をかいた後に着替える服もない。宇宙船から降りる星々全てが長袖一枚で丁度いい場所であるとは限らないのだ。


 寝巻きになるものと普段着になるシャツとパンツを二組、運動着として使えるティーシャツとハーフパンツも二組、それから下着と自分の分も含めた歯ブラシを何本か。思ったよりも買い込んでしまった。コートは宇宙船にサイズが大きものが余っていたからとりあえずは大丈夫。

 それと必要不可欠には該当しないことが分かっていたし、最後これだけが残ってしまえば寂しさを助長するだろうとも思ったけれど、キラの瞳と同じ永い時を生きた松のような深い緑色のマグカップも見つけてしまって思わず買ってしまった。

 マグカップの入った箱と服とを一つにまとめてもらった紙袋を抱えてニジノタビビトは走っていた。思ったよりも時間がかかってしまって待ち合わせの時間が迫ってしまっている。エアキャップに包んでもらっているとはいえ、せっかく買ったマグカップを落として割ってしまっては悲しいので、それには十二分に気をつけて公園に向かって走った。


 ニジノタビビトがキラと約束をした公園に着いたのは、待ち合わせの時間まで後少しというところだった。何とか間に合ったと息を整えながら辺りを見渡してキラを探すために歩き始めた。キラならもうすでに公園に戻っているだろうと思ったのだ。さらにいうならニジノタビビトが見つけやすように目立つ場所にいるだろうとあたりをつけていた。


「あ、キラ……?」


 ニジノタビビトはすぐにキラを見つけることができた。キラは案の定公園の入り口から見えるベンチに座っていた。ただ思わずキラにかけようとした声が尻すぼみになって立ち止まってしまったのは、その隣に体格のいいスーツを着た男性が座って頭を抱え込んでいたからだった。キラはその人の背を撫でながら話を聞いている様子だった。

 ニジノタビビトは面食らいながらもキラの方にゆっくり歩み寄った。その時、ニジノタビビトの服の下にかかっているカケラがほのかに熱を持ち始めた。もう一度立ち止まって右手に持った紙袋を持ち直すと左手で胸元をぎゅっと握りしめて、そのほのかな熱が勘違いでないことを確かめた。


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