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第22話 フレンチトーストとお菓子のレシピ


「「ごちそうさまでした」」


 ニジノタビビトの今日の食前食後の挨拶は片言にはなっていなかった。昨日はなんだか可愛らしくて教えなかったが、今日は流石にと思い食卓についてすぐに、いただきますをするときは別に目をつむる必要がないことを教えたものの、ニジノタビビトは生返事をして結局食前の挨拶でも食後の挨拶でも、そのキラキラした青緑がかったグレーの瞳を瞼の裏に隠していた。


 クロワッサンのフレンチトーストは強いバターの香りがする。それは元々のデニッシュ生地にバターがたっぷり折り込まれていることと、卵液にひたひたにした後にフライパンにバターを落としてこんがりと焼くからだろう。メープルシロップとか、タルトールから作ったアンバーシロップとかをかけて食べると、甘いものが好きならば口の中が幸せでいっぱいになる。

 二人でクロワッサン三個分、一人一個半分のフレンチトーストを完食した。軽さはあるが生地にも焼くときにもたっぷりのバターが使われているのでしっかりお腹に貯まるのだ。


「実はフレンチトーストも初めてなんだけど、こんなに美味しいとは思わなかった……」


 ニジノタビビトはフレンチトーストくらい甘くてふわふわした喋り方をしていたので少し分かりにくかったが、だいぶ興奮していた。いつも買い出しに出ても必要なものを買ってすぐに宇宙船に戻ってしまうことが多かった。一人で飲食店に入ることになんとなく気が引けていたここと、賑わう市場にどこか後ろめたさのようなものを感じていたためだった。


 ニジノタビビトはキラに出会ってまだ丸一日も経過していないものの、新しい体験ばかりしているせいで時間があっという間にも思えたし、ずっとずっと長くも思えた。


「レインはやっぱり甘いものが好きなんだな。俺はユニバーシティに一部学費免除と奨学金で通ってるんで、あんまり金のかかる趣味はできなかったけど、料理だけじゃなくて本当はお菓子作りも好きなんだ。だから希望があればプリンとか、焼き菓子とか作るからな」


 キラは几帳面でときどき大雑把で器用だったから、正確な計測が必要なお菓子も、ある程度感覚が必要になる料理も得意だった。料理は成果物が生きていくのに必要な食べ物であるし、種類も多く、節約レシピを考えるのだって楽しかったから、ある意味理にかなった趣味であった。

 本当はパン作りも始めてみたかったのだが、道具を揃えるよりも買いたいものがあったし、こねる場所もなかったので断念していた。作っても家にある材料で作りやすいプリンや幾つかの焼き菓子ばかりだった。趣味はいくらでもお金をかけられてしまうものだったりした。


「美味しいものを食べられるのって嬉しいね。きっとこういうことを幸せと言うのかな」


 ニジノタビビトは幸せがどういったものか分からないかのように口にした。ただ、幸せが何かなんてこれまで生きてきた記憶を持っているキラにだってよく分からなかった。それは雲を掴むようなもので、虹のふもとを目指すようなものだろう。キラはニジノタビビトの幸せを見極めることはないし、できない。それでもレインの幸せが甘くて楽しいと嬉しいでいっぱいのものであればいいと思った。



「キラはどんなお菓子が作れるんだい?」

「そうだなあ」


 首を傾げて視線を宙に向けて思案した。色々挑戦したい気持ちもあったけれど結局新しく色々購入するのかというところと、安定と惰性とで大体時間がかからないプリンかクッキーやマドレーヌ、カップケーキなどの焼き菓子ばかりだった。しかし、ときどきどうしようもなくティラミスを飲むほど食べたくなったりしたので、ちょっと頑張って手間暇かけて作ったりもした。そのときは少し安いクリームチーズを使うか贅沢してマスカルポーネチーズを使うか考えて、奮発してマスカルポーネチーズを使った。

 そういったときにはレシピを見れば問題なく作れたので、作ってきたものによりはするものの、失敗という失敗はしたことがなかった。


「多分、レシピがあれば大体作れると思うんですけど……」

「本当かい!」


 そう叫ぶとニジノタビビトは部屋を飛び出していってしまった。すぐに戻ってきたニジノタビビトの手には昨日、今ついているテーブルに宇宙地図を投影するときに使っていたタブレットを持っていた。


「あのね、これ、レシピ検索もできるんだ」


 ニジノタビビトは手帳型タブレットケースのフタをくるんと後ろにやって、画面にレシピサイトを表示してからキラの方に差し出した。

 正直なところ、半年間も宇宙船でどう過ごすのかに不安があったキラだったが、これは翡翠の渦の話以外にも自分ができることが、時間をかけられるものがありそうだと内心安堵して差し出されたタブレットを受け取り、覗き込んだ。


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