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第20話 朝日が差さない朝


 翌朝、キラは瞼に刺さる眩しさを感じて目を覚ました。


「ん、朝か、なんかだるいな」


 そう一人呟いたキラだったが、上体を起こしてボリボリと頭をかきながら顔の真ん中にぎゅっとパーツを寄せた。寝ぼけたまま、今日はバイトがあるからなんて考えたとき、はたといつも寝ているベッドではないことに気がついて一気に覚醒した。


「そうか、俺今宇宙にいるんだ」


 宇宙を次の目的の星に向けて飛ぶ宇宙船に朝日なんてものが差すわけがないのだが、この宇宙船は一日の感覚が狂わないようにするために、消灯してから一定時間経つと明るくなるようになるシステムがあった。元々倉庫というか物置にしていたこの部屋はそのシステムが切ってあったのだが、昨日キラの入浴中にニジノタビビトがこの部屋を掃除したときにスイッチを入れていた。


 あんなに大変なことがあって、眠くて仕方がないのになかなか寝付けなかったものだから、そりゃあだるいはずだと思いながらそれを吹き飛ばすようにして勢いよく立ち上がり両腕を()に突き上げて大きく伸びをした。


 とりあえず食卓のある部屋に出ると、ニジノタビビトはまだ起きてきていなかった。ひとまず洗面台に行って顔を洗ってから軽く歯を磨いた。

 ニジノタビビトが後どれくらいで起き出してくるのか分からなかったものの、お茶を飲むついでにひとまず朝食に何が作れるかだけ確認することにした。


「甘いものが好きならフレンチトーストとかいいかな……」


 お茶の入ったコップを片手に持ちながら、大容量のブレットケースを覗き込んでみるとそこには食パンとバケット、クロワッサンが複数個入っていた。意外と菓子パンは入っておらず、汎用性の高そうなものばかりだった。


「これはもしかしてごはんに甘いものを食べたくないタイプかな。クロワッサンでフレンチトースト作ると美味しんだけど」

「ううん、朝食にフレンチトーストなんて最高じゃない」


 キラは大きく肩を跳ねさせてバッと後ろを振り返った。ブツブツと独り言を呟きながら献立を考えているうちにニジノタビビトが起き出してきていた。キラはうっかり忘れていたが、ニジノタビビトは軽く何かつまもうかと言って準惑星アイルニムの市場でガウニの包み焼きはそこそこにマドレーヌを食べていたのだから、そりゃあ朝食にフレンチトーストは歓迎するに決まっていた。


「お、おはようございます、タビビトさん」

「おはよう、キラ。よく眠れたかな」

「まあ、そうですね。ええと、じゃあ、フレンチトーストにしましょうか」


 よく眠れた、と言えば時間と状況と緊張の割には眠れたが、どちらかといえばよく眠れなかった。かといってここで真正直に言うことでもなかった。

 キラはまだ心臓がバクバクしていた。今まで後ろから急に声をかけられてことも、びっくりしたこともあったが、こんなに鳴り止まないこともなかった。キラはそれを無理矢理押さえつけるようにして提案した。


「うん、楽しみだな」


 ニジノタビビトは頭が完全に起きておらずぽやぽやとしていて、えへへというふうに笑いながら楽しそうに頭を左右に揺らした。しかしすぐに顔を洗ってくるね、と洗面所に行ってしまった。キラの背中が見えたから先に声をかけたらしい。戻ってくると先ほどは重そうだった瞼がしっかりと上がってキラキラした不思議な目がまん丸に見えていた。昨日は青みがかったグレーだと思ったが、今日はブルーグリーンっぽいなとキラは思った。


 男女では女性の方が色が細かく認識できているという話だが、キラは生まれつき色の変化に敏感だった。だからこそ、ニジノタビビトの少し不思議な目がグレー一色ではなく、光の加減で様々に変化することに気づくことができた。ただそれだけでなく、出会ったときに最初に目に入ったのが瞳で、見たことはなかったけれど翡翠の渦に巻き込まれるくらい希少な現象である故郷の星より遥か遠くの恒星カメルーナの瞬きは、きっとこれほどに強烈なのであろうと思っていた。


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