第195話 親の愛、親へのすきという思い
私はこの度の調査において決めていたことが一つある。それは調査にソーシャルネットワーキングサービスを使用しないということだった。もちろん、これらを使用した方がたとえば目撃者を探すにも「拡散希望」とハッシュタグをつけて投稿し、情報を募集すればすぐにでも連絡を取ってきてくれる人がいるだろう。
私は老ぼれだが、情報収集にSNSを使用したこともある。翡翠の渦についての情報がタイムラインに流れてきたこともある。だからその拡散力も多少は知っているつもりだ。
しかし私はその送られてきた文字の情報を真と見分ける術を持ち合わせていない。古臭いと言われようとも現地に足を運んで人から話を聞くことにしたのはそこにある。直接話を聞いたとて嘘をつく人はいるだろう。しかし文字だけの時よりはよほど嘘か嘘でないかは分かると思っている。
それともう一つ。私は、息子とその恋人が、大衆に消費されることが嫌で仕方がなかった。もうすでに被害者となったあの子たちが、私が情報を収集したいがためにSNSで勝手に個人情報を開示され、あの子たちが何か言われるのがどうしても許容できなかった。
私は、あの子たちが帰ってくることを諦めていない。その思いに矛盾しているかもしれない。
それでもあの子たちが帰ってきた時に私のせいであの子たちが美談として世間に消化される要因を可能な限り作らないようにしたい。
キラはツキンとした痛みと微かに感じる鉄の味で自分が無意識のうちに唇を噛み締めていたことに気がついた。
キラは両親の記憶というものがない。両親の愛というものが分からない。施設の職員さんに愛してもらったと思っているが、それに親心があっても親の愛とは違うのだろうな、とはなんとなく思っていた。比較しようもないので定かではないが。
しかし、今までわからなかった親の愛というものを形として今、初めて見た気がしている。そしてそれは思っていたより友や恋人に向ける愛とに似通った形をしているのだろうと思った。
キラは両親の顔を写真でしか知らない。声は知らない、覚えていない。けれど、きっと自分は二人のことがすきなのだと思う。キラは自分の名前が好きだった。綺羅星に向かって標を見失うことのないようにとの願いを込めてつけてくれたこの名はキラにとって初めてもらった宝物なのだ。
キラはズッと鼻を鳴らして袖口を目元に当てた。そうしてああ、自分は両親のことを何も知らないけれど両親に愛と呼べそうなものを抱けているのだという事実に安心した。
キラは両親のことを知らない。でもきっと、両親が生きていたとしたら、きっと、きっとこのサルニ・ガロンのように自分のことを探してくれているだろうと、願いも込めてそう思った。
私は変な意地を張っていることは自覚しているが、それでも意地だった。
次に私は二件目の被害者の知人や友人、家族はいないかと探した。しかしいくら探しても知っているのは名前くらいという人ばかりだった。