第19話 宇宙船で過ごす初めての夜
遠い目をしはしたものの、せっかくだったのでキラもアイスキャンディーを一本いただいた。ソーダとクリームが何層かになっているクリームソーダ味のもので、しっかり熱いシャワーを浴びた後に食べたということもあって大変おいしかった。冷凍庫にはクリームソーダだけでなくメロンクリームソーダの味もストックされていた。
二人でなんとなく話をすることもなく静かにアイスを食べた後は歯を磨いた。旅路はそこそこ短く、そこそこ長いのだからまた明日以降ゆっくり話すことにして今日は寝ようということになった。二人ともお風呂からあがったらなんだか急に疲れてしまったのだった。キラは言うまでもなく、ニジノタビビトも記憶喪失になってから、こんなに長い時間誰かと二人きりで過ごしたことがなかったので知らず知らずのうちに疲れていたらしい。
ニジノタビビトは自室に、キラは倉庫にされていた部屋に入った。なんとキラがお風呂に入っている間にニジノタビビトが簡単に掃除をしてくれ、ベッドメイキングまでしてくれていた。簡単にちょっと掃除機をかけただけだよと言っていたが、元々定期的に掃除をしていたのだろう、十分なほど綺麗だった。
「これから、一緒に旅をするなら、タビビトさんって呼び方は他人行儀だよなあ」
キラはときどき窓から光が差すほどんど真っ暗な部屋でベッドに寝転がって天井を見上げていた。今日色々なことがあったせいで体はヘトヘトで、心境の変化も凄まじかったものだからもうとっくに瞼が重くなっていた。それでも、あの、名前が分からないとなんでもない風に言ったニジノタビビトについて色々考えてベットに横になったもののなかなか寝付けないでいた。
あの人がいなければ、今自分は間違いなくこうして空調の効いた部屋でふかふかのベッドに包まれてなどいなかったはずだったし、明日の飯どころか水にだって困っていたはずだった。互いが互いを利用しようだなんて言っていたけれど、金も何も持っていない自分を連れて行くことになるニジノタビビトの方がマイナスの割合が大きく、自分の方が遥かに得をしているということもキラは分かっていた。
キラは自分の名前が気に入っていた。綺羅星から取られたらしい名前は自らの生き方の大事な根っこの一部のように思うことすらあった。だからこそ、役職のような俗称のようなニジノタビビトという言葉がこの人を縛っていやしないのだろうかと思ってしまった。だから、自分以外に呼ぶ人間がいないかもしれないと思いながらも、ニジノタビビトにある種の畏敬と、何よりも親しみを込めて何か名前というかあだ名というか、愛称をつけたいと思ったのだった。
キラは一度起き上がって、厚手のタオルケットを避けてから裸足でぺたぺたと部屋の反対側にある窓に歩いていった。あまりに目的ではない星や恒星の近くを通ると、引力によって軌道が逸れる危険性があるためコンピューターが自動的に弾き出した最適なルートを通る宇宙船は、室内の灯りを消してしまうと窓の外の恒星の光がよく見えた。眩しく、目を焼くはずの恒星の光は窓に貼られた特殊なフィルムを通して見ることで程よい明るさになっていた。
走馬灯の光は、こんな感じなのだろうか。
普通、こんなふうに宇宙の中を動き回りながら星を見ることなどできないため、自転を待つゆっくりとした動きではなく、雲が風で移ろうのが目に見えるように星々が動いている様を見るのはキラにとって初めての事だった。
「孤独だけど、孤独じゃない。泣いている暇は、ない」
宇宙に一人ぼっちになったかのように感じさせる景色はキラの思考を北の海の深海に沈めた。しばらく、深く差すような冷たさの海の底を漂ったキラの思考は、ふと何かに引き上げられるようにして浮上した。
「しまった、明日の朝食どうするのか話してなかった」