第186話 感情の具現化が縛るもの
キラは風呂から上がってガシガシとタオルで髪の水分を拭き上げながら鏡の中のまだズボンを履いただけの上裸の自分の姿をまた睨みつけた。
キラは最近鏡を見るたびにいかに自分が自分らしく見えないかを考えているのだがこれがまあ難しかった。
キラも思春期の時や受験期に人並みに自分らしさについて悩んだことはあったが、まさか自分らしさとはについて悩み考えてきたのが自分らしくないを追求することになろうとは。
こんなふうに見つかりたくないという理由で自分が自分には見えないようにすることを考えているのは逃亡犯と、犯罪まではいかないもののちょっと言えないような後ろめたいことをしている人と、自分くらいのものだろう。
いや、安全だとはいえ禁忌と言われる感情の具現化を行おうとしている時点で後ろめたくはないものの自分もそういう人たちとそう変わりはないのかもしれないとキラは自嘲した。
しかし自分がそういう人たちと変わらないとなってしまうとニジノタビビトまで罪人ということになってしまわないか。あの、素晴らしい虹をつくれる人が?
キラは自分が責め立てられるならまだしもニジノタビビトが後ろ指を指されたり責めたてられるのは納得がいかなかった。もちろん普通に考えれば主体となっているニジノタビビトが責められず自分だけ責められることにはならないと分かっていてもだ。
「いや、待てよ……?」
キラは顔顰めた。鏡の中のキラは右側の目を細めて眉間に皺が寄っている。
「そもそも感情の具現化って犯罪なのか?」
感情の具現化は禁忌であるというのが宇宙広しと言えども共通の認識として存在している。そう、この広い宇宙で決して近くはないのにも関わらず少なくともニジノタビビトが旅をしてきた星からキラの生まれた星、第七五六系の惑星メカニカまでの範囲の星々ではそう認識されているのだ。
しかしこれはおとぎ話のように語られている節もあるとキラは認識していた。それこそ、何もないところから何かを生み出す魔法や金を作り出そうとした錬金術のように。
キラは当然、常識として感情の具現化がいけないことだと知っていた。だからニジノタビビトに言われた時にも混乱した。ただ混乱の理由にはニジノタビビトから聞くまでまさか感情の具現化ができるはずがないとも思っていたというのもあった。
それは感情の具現化が完成されないまま途絶えたもので、やろうとしても到底簡単にできるものではないからだ。
今考えてみれば愚かな話とも言えるかもしれない。完成しないまま、よく分からないまま危険かもしれないとたった一人の画家の言葉、それだけで禁忌として忌避するようになった。そしてなぜか当然のようにそれを成し遂げる人はいないと思っていた。
「感情の具現化を禁止した法律が惑星メカニカに存在していなかったとしたら、そもそもこの星ではレインを拘束することすらできないんじゃ……」
もしキラと同じように古いおとぎ話のようなものだと思って法定されていなかったとしたら。そうすれば万が一バレてしまった場合でもニジノタビビトに確かな逃げ道があることになる。もちろんバレないに越したことはないが、何かあった時のことを考えておくことは悪いことではない。
キラは多少熱が放出された体に寝巻きにしているスウェットを被った。