第185話 なぜ風呂場では考えが巡るのか
「つっ……」
キラはお湯よりも水の蛇口を強く捻って学校のプールの前に浴びるシャワーくらい冷たい水を浴びた。あれは冷たかったし、地獄のシャワーとも言われていたなあなんてことも思い出したが、気を引き締めるためにやったことなので少しの間頭を冷やすよう浴びた。
ただまあその後は湯船に入るのでまさかヒートショックなんか起こしてニジノタビビトに迷惑をかけるわけにもいかず、体を洗った後の泡を流すときに徐々に足から温度を上げたシャワーを浴びるという一連の流れを見るとちょっとダサくも見えることをした。
「いや、いやいや、倒れるほうがまだダサい」
キラは大丈夫大丈夫とブツブツ呟いて泡を綺麗に洗い流すといつもよりもゆっくり足を湯船に下ろした。
「はあー……」
キラは大きく息をつき、前髪をかき上げて天井を仰いだ。ただその天井を見て思ったのはニジノタビビトのことでも虹をつくることでもなく、この風呂場少なくともキラが宇宙船に乗ってからは防カビのための処置をしたりしていないはずだがどうして黒い点が少しも見受けられないのかということだった。やはり、素材が違うのだろうか。
「そういやこの宇宙船もよくわかってないよなあ」
この宇宙船の性能の良さは異常と言えるほどの特殊技術の集まりだった。
そもそも感情の具現化が行えてその具現化したカケラで虹をつくれるというのがどういう技術なのかキラには到底理解できていないのだが、さらにこの宇宙船はそのカケラのエネルギーを抽出して燃料にもしている。
つまり、この宇宙船は虹をつくることありきなのだ。
「この宇宙船は、虹をつくるために作られた……」
感情の具現化を行うことも目的としてはあり得るがそれならばこの宇宙船が虹をつくれる意味が分からなくなってくる。それに実際にあの虹を見たキラだから分かることだが、この宇宙船の目的は間違いなく「虹をつくること」のはずだ。あれほどのものが感情の具現化のオマケであるはずがない。
では、それはなぜ?
「……いや、やめよう。そこまで考えてたらキリがない」
キラはパシンと両頬を叩いてかぶりを振った。風呂場はなぜか考えが巡るからいけない。もちろんいいアイデアが生まれてくれることもあるが、今のキラにはもっとキャパシティを割かなくてはいけないことがあるのだ。
まずキラが第一に考えなくてはいけないのはやはり自分を故郷に送り届けるために本来の目的から逸れたニジノタビビトを無事に宇宙の旅に戻すこと。そのために虹をつくれる人を探すこと。ニジノタビビトが感情の具現化をおこなっていることが露呈するきっかけになり得ないように自分の存在を秘匿すること。
それからこちらはできる限りになってしまうが別れの時にニジノタビビトに持たせられるお土産を増やすこと。まずはニジノタビビトでも作りやすように丁寧に書くことに努めたレシピ集。……そうだ、あれには今日のマンディアンやチョコバナナみたいな楽しいものも追加しよう。
後は《翡翠の渦》に関するもの。この惑星メカニカでも分かっていないことがほとんどだが、どうやら周辺の星々の中でもどこに行くのか分からない触れたものを吸い込む入り口が出現しているのはこの星だけなのだ。となればこの星にある以上の資料は他にはないはずだ。
「フー……」
キラはまた大きく息をついて湯船から立ち上がった。