第182話 二切れ目
ニジノタビビトはムースを口にしてから一度もフォークを置くことなく、しかしゆっくりと口の中で溶けていくチョコレートムースを楽しみながら時間をかけて完食した。
「とってもおいしかった……、ごちそうさまでした」
そしてやっとフォークをおいたニジノタビビトは思い出したように幾分かぬるくなってしまったマグカップを両手で包み込むように持ってミルクティーを飲むとホウ、と大きく息をついた。
「レイン、チョコムースまだあるけど、もう一切れ食べる?」
「え…………どうしよう、かな」
ニジノタビビトはマグカップを両手で包み込んだままテーブルに置いて考え込み始めた。いや実を言うなら食べたい。しかし今日は朝食も夕食も贅沢でお腹いっぱい食べたのだ。昼食を摂っていないとはいえ、朝食を摂った時間が遅めだったし、そのあとは動くこともなく昼寝をしていた。
そこに横幅大粒のいちご二つ分、奥行き大粒のいちご一つ分強、高さ大粒のいちご一つ半のチョコムースを二切れも食べてしまったら贅沢をしすぎではなかろうか。
甘いものは別腹だとかいう言葉があるが、ニジノタビビトもそういうタチだった。
何せキラと出会う前には昼食の代わりにケーキを食べていたこともあるほどのお菓子好き、甘いもの好きなのだ。もしも甘いスイーツだけで必要な栄養素が補給できたとすればニジノタビビトの食事の半分以上はそれになっていたことだろう。
だから先ほどごちそうさまと言ってもうお腹いっぱいだ、と思ったはずなのに、キラに二切れ目の提案をされてもうすでにそれくらいは軽く入りそうだと思っている自分もいる。
いや、グダグダと考えたところで結局ニジノタビビトの思いとしては食べたいのだ。しかし食べ過ぎではないかとか、キラに食い意地が張っていると思われたりしやしないかとかそう言ったことを考えてしまって黙り込んでいた。要するに、自分がもう一切れを食べるための一押しというか、免罪符があれば簡単に二切れ食べる方に天秤は傾く。
「もうお腹いっぱい?」
「あ、いや、その……」
「うん?」
「えっと……」
キラは口籠もるニジノタビビトの様子を見てしばらく不思議そうな顔をしたものの、はたと思い至ったのか微笑ましそうな、しかし少し仕方がなさそうな表情をした。
「いちごがね」
「え?」
「いちごが生で、いちごって切り口とかから結構水分が出てきちゃうんだ。だから、早く食べるに越したことはないんだけどもしまだ食べられて、食べたいと思ってくれるなら一緒に食べない?」
ニジノタビビトはキラの微笑みで自分のことに気がついてくれたのだと気づいた。自分は甘やかしてもらってばかりだと思いながら、今はキラのそれに甘えて受け入れることにした。
「……うん、食べる。食べたい……キラ、その、ありがとう」
「うん? 何が?」
そう言ったもののキラは穏やかに笑って何かを疑問に思っているようには到底見えなかった。ニジノタビビトはそんなキラになんでもないと返しながら今度は変に意地を張らないようにできたらと思った。