第180話 いちご入りチョコレートのムース
「レイン、できたー?」
「あ、うん、できたよ」
キラが声をかけながら近づいてきた。ニジノタビビトは熱中しながらもコルネの中のチョコレートの量がそこまで多くなかったこともありもうすでに飾りは描き終わっていた。
「チョコレートの量少なくなかった?」
「ううん、ちょうどいいと思う」
キラは見せてと言ってニジノタビビトの手元にある裏返したバットの上のクッキングシートを覗き込んだ。
ニジノタビビトは何を描けばいいのか悩んで結局マンディアンにアーモンドスライスを天使の羽のような形に乗せたのを思い出して翼の形になるようにチョコレートを搾り出した。アーモンドスライスはベージュっぽさのある薄い黄色だったので天使の羽に見えていたが、これは普通のミルクチョコレートで形作ったために普通の鳥の羽にも見えた。
「羽の形にしたんだ。いいね」
「うん、さっきのと、モチーフ被っちゃったんだけど……」
「いや、でもこれは色も使ってるものも違うし、さっきのよりもずっとリアル寄りじゃん。というか羽って描くの難しくないか? 俺多分こんなにバランス良く描けないな」
ニジノタビビトはキラが全部褒めてくれるので照れたような顔をして少し俯き加減になたが、キラにしてみればたとえモチーフが同じだろうと純粋に凄いと思ったが故の言葉だった。
「レイン、こういうの楽しかった?」
「え、うん。なんか色々できるから……あと食べたらおいしいし……」
「おいしい。うん確かに大事だ。こういう、チョコレートとかで飾りを作るっていうのは結構色々あるからまたやろう。俺も詳しく分かっているわけじゃないけど二人で調べてみてさ」
「っ、うん。……楽しみだな」
キラはにっこり笑って、ニジノタビビトに笑うと紅茶でいいか聞いてここで待つように言うとまたキッチンに戻った。キラはお湯を沸かしている間に仕込んでいたデザートをカットし、皿に盛る。ニジノタビビトはソワソワとこちらを気にしているようだが待ってくれているようだ。
キラは二人のカップに紅茶を淹れると少し考えて砂糖は入れずにティースプーンとシュガーポットも一緒にテーブルに持っていくことにした。
「先に紅茶ね、レインミルク使う?」
「えっと、うん」
それを聞いたキラは先にミルクを持ってきてニジノタビビトのカップに直接注いでから今度こそデザートを乗せた皿を二つ、両手に持って恭しく入場した。
「はい、本日のデザートはいちご入りチョコレートムースです」
キラは何となくそれっぽく見えるようにカタンと音が鳴らないように細心の注意を払ってテーブルに皿を置いた。ニジノタビビトは上から降ろされるところから凝視して目の前に置かれた皿の上に乗ったデザートに目を輝かせた。
本日、キラが用意したデザートは四角く切られたチョコレートのムースの中に行儀良くイチゴが並んでいるものだった。
これは四角い型にクッキングシートをピッタリ敷き込んで、砕いた市販のクッキーに溶かしたバターを混ぜたものを敷き詰め、その上に丁寧に洗って水分を拭き取ったいちごを並べ、その間もみっちりとチョコレートのムースを流し込んで作る。
いちごに水分が残らないようにしっかり拭き取らなくてはいけなかったり、いちごが浮いてこないように、間に空間ができないようにムースを流しこまなくてはいけないなど、工程の少なさの割に気をつかわなくてはいけない点も多いのだが、これを思いついた段階でキラはニジノタビビトの目の前に差し出した時の顔を想像してその時にはもう作らないという選択肢はなかった。
キラはこれをニジノタビビトが夢の中にいる間に仕込んで冷蔵庫で冷やしていた。それを先ほど上に茶漉しでココアパウダーをかけていちごがちょうど縦半分になるように断面も意識して温めた包丁でカットし、皿に並べたのだった。
「さ、これはまだ完成していないんだ。レイン、飾りを」
ニジノタビビトはハッとして目の前に置かれた二つの皿と端に寄せていた裏返されたバットの上の羽を見比べたあと、震える指で壊さないようにそっとチョコレートの飾りを持ち上げて刺した。
「うん、とっても素敵なった、ありがとうレイン。さ、いただこうか」
「……うん」
ニジノタビビトは自分が作った、と言えるほどのものではないかもしれないが、自分が描いた飾りがあることでキラが丹精込めて作ってくれたお菓子に自分も関わることができ、華になるものを添えられたことが嬉しくて心がぽわぽわとした。