第175話 ニジノタビビトの贅沢な食事
「ん、後もう少し煮込めばいいかな」
キラは鍋に黒ビールを投入しアルコールを飛ばすようにぐつぐつさせると、おたまを鍋に入れたままずらして蓋をし、火をとろ火に設定した。
本日の夕食、メインはもちろんカメルカ。副菜はモッツァレラチーズとトマト、きゅうり、ローストアーモンドを使ったマリネ風のあえ物、バケットとマカロニは両方用意してあるのでこの後ニジノタビビトにどちらがカメルカと一緒に食べるのはどちらがいいか聞いて、デザートは冷蔵庫で冷やしているものを出して……。
「もう一品なんか用意するか?」
キラはニジノタビビトの視線を感じながらも独り言を呟いて冷蔵庫を開けた。メインは肉料理、副菜の一つはチーズと野菜であとはメインに合わせる炭水化物。
悩むキラの独り言に反応したニジノタビビトがその背中におずおずと声をかけた。
「あの、キラ? もう一品だと、少し多いかも……。朝しっかり食べたし、おやつもさっき食べたし……」
「あ、そうか。朝スコーン四つ食べたんだもんな。オッケじゃあレイン、カメルカと一緒に食べるのバケットかマカロニどっちがいい? バケットはガーリックトーストにもできるよ」
ニジノタビビトはパチパチと瞬きをしてカメルカの味を思い出しながら考えた。カメルカと合わせるならマカロニは美味しそうだが、ガーリックトーストも捨てがたい。
うんうん唸って真剣に考え込む様子にキラは思わず笑いが溢れた。
「なあにレイン、どっちも食べたいの?」
「うっ、……うん。カメルカと一緒に食べたいなと思うのはマカロニなんだけど、ガーリックトーストもちょっと、食べたくて……」
ニジノタビビトはキラがそれじゃあ両方用意しようかと言いかねないのが分かっていたので言うのを少しためらったのだ。
そして当然キラはこう言った。
「じゃあ、両方作るか!」
ニジノタビビトはやっぱり! と心の内で叫んで数秒前素直に言ってしまった自分を少し後悔した。
「え、いいよ。ほら、そんなに食べられないし……ほら、面倒でしょ?」
「量は、両方少しずつ作ればいいだろ? 茹でるだけ塗って焼くだけだし、マカロニは少量なら電レンジでも茹でられるからいいよ」
「でも……」
ニジノタビビトはキラが今日の食事を朝からとびきり贅沢にしてくれているという自覚があった。朝ごはん、正確に言うならブランチだが、それはキラが朝から二種類も拵えてくれた小さめのスコーンを二個ずつ四個完食し、スープをたっぷりいただいた。そのあとはなかなかに長めの昼寝をし、起きてまたキラが用意してくれたチョコバナナを食べた。それで今日の夕食はケイト直伝のカメルカだと言うのだ。
そのカメルカに合わせるのがマカロニだけだろうがガーリックトーストだろうが切っただけのバケットだろうがそれは言ってしまえばなんでもよかった。出してくれたら感謝して美味しく食べるだけなのだ。
そりゃあ何がいいか聞いてくれたからそれには答えるが、朝から色々と自分のために用意してくれていたキラの手間をこれ以上増やすのは本意ではなかった。
「いいっていいって、元々もう一品増やそうとしてたし、そんなに気になるならレインに手伝ってもらおうかな」
「…………それなら」
ニジノタビビトはこれはキラはもう譲ってはくれないだろうなというのを察してたっぷりの沈黙の後自分が手伝うということで譲歩することにした。
あれmおかしい。自分が贅沢を言った結果のはずなのに、どうして面倒を増やされた側のキラが面倒を増やしたくない自分のことを嗜めているのだろうか。
ニジノタビビトはどこか負けた気がしながらもむん、と口をへの字にして手伝いをするために袖をまくった。