第174話 黒ビールのご登場
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした、お粗末さまでした」
ニジノタビビトはニコニコとチョコバナナを食べきった。夕食もあるので、ニジノタビビトが作ってくれたマンディアンは夕食後か明日のおやつに回すことに決めた。
「よし、晩ご飯の準備再開するかあ」
キラは立ち上がってニジノタビビトの前に置かれているからの皿を持って自分の手元の皿と重ねて左手に、自分の飲みきったマグカップを右手に持ってキッチンに運んだ。ニジノタビビトのマグカップにはまだ紅茶が残っていたのでそのままにしたのだ。
しかしニジノタビビトはハッとしたように底から三センチほど残っていた冷えてきた紅茶を一気に煽ってキラの後を追った。
「キラ、洗い物私がやるよ! さっきやってもらったばかりだもの」
「そうか? じゃあ頼んだわ」
キラはシンクに皿とマグカップ、それから先ほどチョコレートを溶かすのに使ったボウル、スプーンもシンクに置いた。あまり数がないのと、今は星に停泊していて使う水の量を気にしすぎなくていいため食洗機は使わずにそのまま手で洗うことにしたらしく、ニジノタビビトは濡らして絞ったスポンジに洗剤を吸わせた。
各星の宇宙船着陸許可地には水や燃料を補給するための機械やゴミ収集所に直結の大型のゴミ箱などがある。燃料は種類、星によって値段が異なり、水は無料、一定量まで無料、全て有料など星によって対応が異なっている。
惑星メカニカでは一定量まで無料で、すでにニジノタビビトの宇宙船は無料範囲での給水は終えてしまったが、そもそもの値段設定が高くないのでケチケチする必要はないのだ。
「キラ、今日の晩御飯は何にするの?」
「んー? なんだと思う?」
キラは両手鍋の中をかき混ぜながら楽しそうに聞き返した。ニジノタビビトはまずスンスンと匂いを確かめ、洗剤の泡で濡らした両手がシンクの外に出ないように背伸びしてなんとか鍋の中を覗き込もうとした。
「うーん、なんだろ、なんかの煮込み?」
「お、そこまではあってる。けど流石にそれで正解とは言えないな。ヒントは……これ」
キラは冷蔵庫から一つの黒い缶を取り出してカタンとIHとシンクの間の作業台に置いた。ニジノタビビトは持ち上げていたかかとを下ろして今度は膝を折り曲げて視線を低くして缶に書かれた文字を覗き込んだ。
「何これ……ビール?」
「そう、黒ビール。俺も飲んだことはないけど惑星メカニカのこの辺……セーラン地区って言うんだけど、その隣の地区で作っているやつらしいよ」
「これを、入れるの?」
「そう、なんか思いつくのある?」
「ん? うんん?」
ニジノタビビトは手に持っているマグカップを誤って落として割ってしまわないように低い位置で泡を流しながら首を傾げた。しかし少し考えても分からず、数が多くなかったこともあって先に洗い物が終わってしまったので濡れた手をタオルで拭って降参というふうに両手をあげた。
「だめ、降参」
「フフ、正解は……『カメルカ』でした! 惑星クルニの地酒じゃないし、また味は違うけど、楽しみにしててよ」
キラはフフンと得意げに笑って黒い缶のプルタブに手をかけ、カシュッを音を鳴らした。